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呪人《カースマン》  作者: さばみそ
第一章
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浄蠧《じょうと》

一夜が明けた。疲労のせいか恐怖のせいか、あれから二人とも気を失ったらしい。タケトはその場で叔母から対呪詛の治療を施され、バイクの荷台に二人まとめて巻き付けられて家まで運ばれたらしい。愛車の隼の後部座席を改造して作られた荷台、それは彼ら二人をくくりつけるのに十分だったようだ。タケトが目を覚ました時にはマヤの頭が若干変形していたが、そちらは呪いのせいではないようで安心した。

「ひとまずは無事みたいで何よりだよ」

自分の身体だという感覚は確かにあるのだが、どうしても違和感がある。捻れた頭部と腕には包帯が巻かれており、一見、普通に怪我をしたようにしか見えない。が、その包帯の内側には呪文が細かく書き込まれており、強力な封印を施すものだと言われた。

「さて、先ずは一部始終を聞かせてもらおうか。なるべく詳しくな」

もはや脅迫に近い圧を感じる。しかし、自分たちに拒否権はないし、むしろ全部聞いてもらいたい。タケトとマヤは必死に思い出すかぎりを話す。お互いに足りない部分を補いながら…


「なるほどな… あれは譲渡型の凶霊だったか」

凶霊。専門家の間で特に決まりは無いが、叔母さんがわかりやすいように呼び分けしている言葉。放置すると一番ヤバいランクの悪霊がそれである。

「うそ!? だってノートには『D』ってデッ!?」

言い終わらないうちに強力な拳骨がマヤの頭頂部に落とされる。彼女はその場でうずくまってしまった。

「この『D』はDestroyのDだ。即討滅対象、最高ランクの危険等級なんだよ!」

(なるほど。こっちの勝手な解釈で自ら危険に飛び込んでしまったのか… 迂闊うかつ過ぎたな…)

その代償がこれ。呪いによって捻れた頭部と腕。呪いはタケトの身体に刻み込まれ、霊感の無いマヤでもはっきり確認出来る程である。もう人前で包帯を取ることは出来ないだろう。この姿を晒す勇気は無い。一生大怪我をした風を装っていかねばならない。そんな苦悩で頭が重くなる。そんな彼らを見かねてか叔母が提案する。

「よし。タケ、お前は今日から私の弟子になれ。修行して呪いを克服しろ。それが一番可能性が高いし手っ取り早い!」

その言葉に二人は顔を上げて希望の目で叔母を見る。

浄霊師 一尺八寸かまつかヒジリ。日本でも五本の指に入ると称されている腕の持ち主だ。その彼女が言うなら、きっとそうなのだろう。絶望のドン底にいた彼らに希望が与えられた。が

「あの、普通に除霊的なやつじゃダメなんですか…」

と、そもそものことを聞く。

「無理だな。そいつは完全に同化している。無理に消そうとすれば、お前の身体ごと消えるだろう。腕はともかく、頭が消えたらアウトだ」

どうやら修行をして、僅かな可能性に賭けるしかないようだ。こうなっては仕方ない。

「まぁ、私の修行は厳しいらしくて、だいたいのヤツは一月待たずに逃げ出したからな。その辺は覚悟しとけよ?」

そして再び絶望を与えられた。



「あの、叔母さん。質問があるんですが…」

タケトの言葉に反応し、ヒジリがギロリと睨む。

「タケ、今日から私のことは師匠と呼べ。こういうことはきっちりしないとだ」

自分には霊感が無いはずなのだが、明らかに今までとは違う圧を感じる。呪いのせいだろうか? タケトは自分の化物の部分に改めて恐怖するが、ぐっと抑えて質問を続ける。

「師匠、質問があります。さっき言ってた『譲渡型』というのは何ですか?」

「うむ。呪いを与えてくる悪霊にも数種類いてな、代表的なのが『伝播型』と『譲渡型』だ。伝播型は呪いの伝達条件が弱く簡単に撒き散らせる。が、条件が弱い分呪いの力も弱く、その辺の術師でも祓える場合が多い。肝試しの集団が頭痛や吐き気、急に泣き出すなんてのは良く聞くだろ。そして譲渡型。これは伝達条件が複数だったり複雑だったりするんだが、その分強力で条件を満たしたら最後、呪いは全て譲渡され人の姿すら保てなくなる場合も多い」

タケトは自分の左腕に視線を落とす。

「自我は崩壊していて、呪いを擦り付ける相手を常に探している。理由はわからんが、お前さんはその条件にはまってしまったんだな。譲渡の途中に滅したおかげでその程度で済んだ。ということだろうな」

そしてヒジリは一枚の写真をテーブルに置く。

「ヤツの歯を採取して馴染みの機関に鑑定させた。結果、私が依頼を受けて探していた人物のDNAと一致したよ」

何処にでもいるちょっとやんちゃそうな青年。数週間前に友人たちと肝試しに出かけ、そして行方不明になった。友人たちの話しは支離滅裂で、今でも精神科で治療を受けている人もいるらしい。

「噂話から生まれた妖怪の類い。本来はこんなに強力な化物になるなんてあり得ないんだがね。場所が悪かった」

それはどういう… 二人が疑問に思うのは当然と、ヒジリはそのまま話しを続ける。

「どんなに強い怨念が集合した悪霊でも、どんなに信仰を集めた神でも、日が浅ければ生まれて間もない赤ん坊みたいなもんだ。力の使い方を知らなければ問題ない。問題など起こせない。雛坂ってな、旧名を『捻裂ひねさき』と言ったらしい。あの先にあった村の古文書に『捻裂峠の鬼伝説』ってのがあった。土着信仰の化物と都市伝説が融合し、面白半分にやって来た人間の一人がはまってしまって鬼の再誕ってとこだろう。今まで何人が犠牲になったかは知らんが、化物は滅したし、土地は浄化したからもう問題ないだろう」

ネットには載っていない、古い文献にのみ残る歴史。霊脈や龍脈と呼ばれる気の流れ。霊道と言われる通り道。血生臭い事件や伝説。それらを示すような古い呼び名。誰かが受け継いで、そして守っていかなくてはならない。同じような犠牲者を出さないためにも。高名な霊能力者の本で修行をするのだから、そういうことのためにこそ頑張れ。自分のためにだけ、それは呪いを助長させかねない。そうヒジリはタケトに説いた。そして、タケトも共感し、そう誓うのだった。

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