葬遇《そうぐう》
「おっそーい!」
駅前のバスプールに到着するや、マヤが不機嫌そうに叱責する。
「五分前。問題無いだろ」
「いろいろ打ち合わせしたいじゃん!」
「だったら集合時間を早めろよ…」
楽しいことを目の前にすると、思慮が足りなくなる節がある。今回のように、言ってないことに対しても『それくらい察して行動しろ』と言うようなこともしばしばだ。まぁ、その対象はタケトだけなのだが。
雛坂トンネル。県の開発事業によって買い取られた山奥の村。そこに通じるトンネルなのだが、不況により事業停止でトンネルも封鎖。何もない場所に通じる何もない場所。であったのだが、いつしか不良の溜まり場となり、存在しない死亡事故の噂が飛び交い、肝試しの場となり、おまけに謎の失踪者まで出た。などなど数年でいろいろ曰くが付いた場所なのだ。バスは彼らを降ろすとそのまま走り去る。他に降りる人はいない。県道沿いのバス停からちょっと歩いた丁字路の先の緩やかな上り坂。この上に問題のトンネルがある。幸い月明かりがきれいで、歩くには問題なさそうだ。
「しんどい…」
4月の夜はまだ肌寒い。それほど標高が高くはないので雪が無いのが救いだ。
「文句言わないの。これくらいの坂、肝試しのチャラい連中だって余裕で行ってるんだから!」
(そんな連中が余裕で往き来してるなら大丈夫かな…?)
そういえば、どこかの学者さんが「心霊スポットになるには廃墟の他に交通の利便性が不可欠」とか言ってた。徒歩で険しい山道を何時間も歩くなんて場所なら、たしかに誰も寄り付かない。ある程度の安全が保証されているからこその心霊スポットなのだ。と、なるべく良い方に考える。意気揚々と先を歩くマヤの背中が微笑ましい。が、そんな希望は淡くも消え去ってしまう。
「おい、なんか… ちょっとヤバくね?」
トンネル奥から発せられる霊感皆無の彼らでも感じる不穏な空気。なんというか、本能が生命の危険を知らせているような。だが、
「こ、今回は当たりね。間違いない。ついに本物にご対面。ね。行くよ!」
彼女も間違いなく感じている。しかし、長年の願いがついに叶うかもしれないのだ。そっちの興奮のが若干勝ってしまった。こうなっては彼には止められない。いつでも逃げられるように。それだけを思い、気を引き締めて進む。
ネットでの情報によると、トンネルは50m程の距離だが右に緩くカーブしており、入口から出口は見えない。恐る恐る懐中電灯を照らし前に進む。コツ… コツ… と二人の足音だけが聞こえる。半分くらいは進んだだろうか。ふと、マヤがタケトの腕にしがみついた。
「おかしいよ。もう半分は進んだのに、まだ出口が見えない…」
タケトはハッとする。
(そうだ。ここは長さ50mの緩いカーブのはず。月も出ていた。なのに…)
ドサッ!
そう思った瞬間、目の前に何かが落ちてきた。それはゆっくりと起き上がる。人のシルエットではあるが、明らかに人ではない。懐中電灯で照らす。二人は息を飲む。叫び声も出ない。異形。一瞬、模様かと思ったそれは身体が捻れて出来たシワであり、それは全身に及んでいた。頭も口意外の部分は捻れていてこちらが見えているのかもわからない。身体中が捻れている人のようなモノ。それは逃げるという選択肢すら与えず、タケトの左腕と頭を両手らしきモノで掴んだ。
「ぐ… ぎゃあぁ…」
掴まれた場所から身体が捻れていく感覚。逃れられない死を直感した。
「ニ… ゲロ… ハヤクッ!!」
最後の力を振り絞って叫ぶも、マヤは恐怖のあまり声も出せずに硬直していた。
(くそっ… なんとか… しなきゃ… ああぁぁ…)
捻れが侵食していき、しだいに意識が薄れていく。
(ま… もらな… きゃ… 俺があああ)
「…ァアアあああー!!」
バチンッ!!
何かの音がして化物がその腕を放す。しかし、それはほんの一瞬で化物は再び襲いかかろうとしてくる。やはりダメかと諦めそうになったその時、ヒーローは登場した。
「伏せろ!!」
その声に二人は何よりも優先して反応した。マヤは頭を抱えるようにしゃがみこみ、タケトは後ろに倒れるように身を低くする。一閃。鋭い光が化物ごと闇を切り裂く。
「キアアアーッ!!」
口から上下に切り離されたはずの化物の叫び声が響く。
「うるさいよ」
そう言うと、残りの部分もバラバラに切り裂き、小瓶を口にして何かの液体を霧状にして吹き掛け、何やら呪文を唱えた。化物は音もなく消滅していく…
「よく耐えたな」
呪いが解けたようだ。霧が晴れると共に出口が現れ、月明かりが差し込んでくる。その光はヒーローの姿をはっきりとさせる。
「叔母さん!!」
長身でライダースーツ姿。長い黒髪をなびかせて、死神を思わせる大きな鎌を構えていた。二人はその姿にときめき、そして直ぐに恐怖した。叔母さんの表情は先程の戦闘状態のまま、彼らを睨み付けている。
「あ… の、ごめん、なさ…」
マヤが謝罪をしようとすると
「おい、タケ! お前、大丈夫なのか?」
叔母さんがそう言って鎌を向けてくる。
(大丈夫か? そういえば身体が捻れる感覚はあったけど、今は痛みもないし…)
と自分の左腕を見る。
「ナンダ… コレ…?」
マヤの悲鳴が聞こえる。タケトもわけもわからず絶叫した。左腕はあの化物と同じように捻れており、それは肩にまで及んでいる。左頭部は掴まれた場所を中心に髪が逆立ち渦巻いており、左目を含む頭の1/3程に捻れ模様が付いていた。