魔王。僕は貴方をスカウトする!
――初めに期待されたのはいつだろう。初めに裏切られたのはいつだろう。
遥か昔、遠い旅路、俺は永久に帰らぬ者なり……。
人間とは分かり合えないとされる魔族。彼らを統べる者であり、人間界に悪影響を及ぼそうとしている存在・魔王。
打倒魔王を掲げ、立ち上がる役割を持った人間・勇者。
その戦いが今、始まる。
「さあ勇者よ、最後の戦いをしよう。その絆とやらが如何に脆いか、お前にも教えてやる」
頭に二本の角を生やし、膨大な禍々しい魔力を発する男が玉座から見下ろす。パーティーの先頭、一際目立つ金髪の騎士を眼光鋭く見つめた。真紅の瞳がギラリと光る。
「ああ、魔王。僕はおまえを」
勇者は碧眼で真っ直ぐに見上げ返した。もはや彼に、恐れというものはない。
沈黙の時。緊迫感が増し始める。
ようやくこのときが来たのだと、パーティーメンバーの僧侶はゴクリと息を飲み込み、戦士は再度気合いを入れ、盗賊はチャンスを伺ってニタッと笑う。唯一、魔術師だけが不安そうな表情を浮かべた。
勇者は大きく息を吸う。
宣戦布告、いざそのとき――。
「僕はおまえ……いや、貴方をスカウトする!」
「……何だと?」
その戦いは、始まらなかった。それどころか、変な方向に進んでしまったらしい。
メンバーは一同絶句である。魔王が何かをする以前に、場の空気は氷点下レベルだ。心なしか吐く息が白い気さえする。
冷徹さを持つ漆黒の魔王城の空気が、これでもかというほどに凍りついた。
「さぁ、僕と一緒に平和な世界で暮らそう!」
「アホなのかお前は?」
唯一、言葉を失わなかった魔王が口を開く。吃驚しかけたが、その後は呆れしか浮かばなかった。
「いや、僕は本気だ。前からずーっと一緒に成し遂げたいと思っていたんだ」
「何を?」
「貴方との刺激的で優雅な生活さ! きっと素晴らしいものに違いない!」
「アホだな、本物の阿呆だ」
とんでもない。久々に期待した勇者であったのに、期待も空気感も台無しだ。
これ以上ないであろう呆れ顔で、これ以上ないであろう溜め息を漏らす魔王の心中が、勇者パーティーの面々にも察される。
にも関わらず、ここまでの空気を作った張本人がそれに気付く様子はなく、なぜか少し緊張した様子で懐から一枚の紙を取り出し、瞬時にそれを鳥の形にすると魔王へ向けて飛ばした。
勇者の突飛な行動には、一周回って感心してしまう。なぜそこまで無邪気な顔をするのか、我らの勇者はこんな奴だったろうか……?
一同は考えるのを止めた。
「どうかな、どうかな?」
初めての自信作を親に見てもらう子供のような顔で、勇者は反応を待つ。埒が明かないので仕方なく、魔王はその紙を開いて読むことにした。
「…………」
何が書かれているかは書き主と読んだ者しか知らない。他の面々が内容を気にしてうずうずとする中、魔王はそれを薄気味悪い黄緑の炎で焼却してしまった。
「否、これが良いわけなかろう」
「違うよ! 良い悪いじゃない。さあ一緒にやろう。僕たちならきっと叶えられるはずだ!」
「やらぬ。たとえこちら側に墜ちたとて、俺はお前と一緒にはやれぬ」
「うーん。よし、僕の力を証明するよ! ここは実践あるのみ! そうすれば認めてくれるはずだ。この僕となら一緒に上手くやれるとね!」
「止せ。世の理はそう都合良く変えられぬわ」
「いや、僕は諦めないぞ。できるから、たぶん」
「……やめておけ」
「まあ見ててくれ!」
勇者はここで聖剣を抜いた。その聖なる輝きに当てられ、魔王は顔を顰める。
それを視認して勇者は、地面に魔法陣をさらさらと書き始めた。最も間違っている聖剣の使用例がここにある。
「よーし、今のうち今のうち……っと。ひとまず、色々と引っ繰り返さないとね……よし、こんな術式だったかな。それ!」
「おい、適当にやるのは止……」
魔王は制止しようとして動きを止めた。魔法陣を見て首を傾げる。
次の瞬間、魔王城が巨大な白い光に包まれた。