第四話 天田くん
ピコピコが住むようになって、私の部屋に謎の機械が増え始めた。私は、そんなに機械音痴のつもりはない。伯母さん……沙織さんが、パソコンが好きなので、私もちょくちょくいじっている。でも、ピコピコが私の部屋に何処からか持ってきた機械は、私の理解の範疇にはなかった。しかし、この機械。私の部屋の半分以上を占めていて、邪魔になる。そこで、沙織さんに何とかしてほしいと言ったのだけど、「まあ、いいじゃない。」と笑顔で返された。いや、全然良くないんですけど。でも、沙織さんがなにも言わないものだから、ピコピコは何処からか、沢山機械を持ってくる。そのどれもが、地球のものとは思えなかった。
私は、そんなピコピコに、あまり外へ出るな、と言った。
それと言うのも、一週間前、フラフラっと外へ出たピコピコが、クラスメイトの光野君に見つかってしまったからである。光野君は、陸に上がった金魚みたく、口をパクパクさせて、目の前の信じられない光景に驚いていた。私は、ピコピコを捕まえて後ろに隠しながら。
「これは、ぬいぐるみっ! 私、ぬいぐるみを作るのが趣味なの!」
と言ったけど、光野君は相変わらず口をパクパクさせながら。
「でも、動いてたよ! 喋ってたよ!」と、反論。
私一人だったら、上手い事いい含めて、光野君を黙らせることも出来たけど、ピコピコが私の手を離れて、光野君の前に飛び出したものだから、もう、おもちゃだって言っても、通じるわけがない。
「よ! 少年! わてはピコピコや! お前、五月のボーイフレンドか?」
と、ニヤニヤしながらピコピコが言うものだから。
「バカっ!」
私はピコピコを殴り倒して、ひときわ怖い顔を作って、光野君をにらみつけた。
「……、光野君……、ピコピコのこと喋ったら、殺す!」
と、脅してやった。べ、別にそれが私の本性じゃない! 私はもっと、品行方正、才色兼備でおしとやかな、女の子……。
「自分で言うな!」ピコピコがツっこむ。
「いいでしょ、自分で言うくらい!」
でも、とにかく「脅し」で、何とか光野君を黙らせることに成功した。
光野君は、それで何とか黙ってもらえた。だけど、それは、相手が光野君だったからで、他の人だとそうはいかない。だから、私は、ピコピコに外へあまり出るな、と言った。
私は何かに一生懸命な人は、素敵だと思う。それは、自分自身がそんなに夢中になるものがないからかもしれない。でも、そういう考えは私以外の人も同じみたい。だから、やっぱり、何かに一生懸命な人は素敵なんだと思う。
「天田! シュートだっ!」
雲ひとつない青空の下、さわやかな風に乗せて、掛け声が響いた。そして、間髪居れずに、バァンっと、ボールを蹴る音がした。
「ゴールっ!!」ホイッスルと同時に、歓声が上がる。
放課後のグラウンド。サッカー部の練習試合に生徒が集まっていた。私たちはグラウンドの隅に座って、観戦していたのだ。私は、ピコピコがお腹をすかせてるだろうから、急いで帰ろうと思ったのだけど、香織が私を引きとめた。
「今日の練習試合で、天田君がセンターででるんだって! 応援に行こう!」
と、半ば無理やり連れて行かれた。私は、サッカーにあまり興味がない。それは、香織だって同じだと思う。要するに、香織の目当ては天田君なのだ。
天田君は、サッカー部のエース。中学二年生で、すでに高校生クラスの腕前を持っているともっぱらの噂。結構ハンサムで、かっこいい。でも、そのことを鼻にかけるでもなく、とてもさっぱりした性格もあってか、女子生徒の憧れの的になっている。私も、別に天田君のことが嫌いなわけじゃない。でも、香織みたいにはなれない。
「やるなぁ! 天田。これで、今年の全国大会も頼むぜ!」
と、先輩に声をかけられている天田君を、私はなんとなくボーっと見ていた。光野君とは正反対の人だ。
「僕がどうかしたの?」
ぬっと、私の後ろから光野君が現れた。私はびっくりして、一歩後ずさりした。
「びっ、びっくりさせないでよ! 光野君も、練習試合を見に来てたんだ。」
そういいながら、なんとなく、光野君に絡まれたくなくて、香織を探したけど、香織たちはキャー、キャー言いながら、部室へ帰る天田君を追いかけていた。
光野君は、ちょこんと私の隣に座ると、私に話しかけてきた。
「みんな集まってるから、なんだろうなって思って、来たんだ。それよりも、ねえ、僕がどうかしたの?」光野君がきょとんとして言った。
「べ、別にどうもしないわよ。」
「ふ〜ん。……ねえ、ピコピコ君はどうしてる?」と、光野君が尋ねた。
「いきてるわよ。」私は、そっぽを向いて素っ気無く答えた。
「いや、それは分かってるよ。げんきにしてるかなぁって……。」
「それは、光野君には関係ないことでしょ!? 光野君はただ、ピコピコのことを秘密にしてくれたらいいの!」ピシャッと、言うと光野君が泣きそうな顔をした。
「ひ、ひどいや。」がくっと、肩を落として、光野君がつぶやくように言った。
そんな光野君を見ていたら、なんとなく言い過ぎたような気がしてきた。ひとまず、私と光野君は共有の秘密を握っている。もし、光野君がばらせば、ピコピコは解剖実験されてしまうのだ。立場的に弱いのは私のほうなのだ。
「……ったく、しかたないなぁ! そんなに気になるんだったら、うちへ来れば? 直接会えばいいじゃない。」
と、私が言うと、光野君は急ににっこり笑って。
「うん! わかった! 今度の日曜、星島さん家へいくね!」
といって、校舎のほうへ走っていった。私の家の住所さえも聞かないで。でも、そんな光野君がちょっとおかしくて、私は少しだけ笑ってしまった。
「おい! 星島! お前、サッカーボールを体育倉庫へ片付けてくれ!」
その一言は、私を不機嫌にさせた。光野君が帰った後、私もそろそろ帰ろうかな、と思って立ち上がったところに、サッカー部顧問にして、私をもっともむかつかせる男、体育教師の小池沢がやってきて、私に命令した。
体育倉庫は、グラウンドの端のほう。ずいぶん遠い。しかも、私はサッカー部のマネージャーではない。
「どうした、ぐずぐずするな!」と、小池沢が急かす。
ふざけるなーっ! って、叫びたかったけど、小池沢は有無を言わさず、私にサッカーボールの入ったカートを片付けさせるつもりだった。
「分かりました……。倉庫の鍵をください。」と、私がしぶしぶ言うと小池沢はニヤニヤして。
「何だ? ずいぶん嫌そうだな、先生の言うことが聞けんのか?」
と、嫌味を言い始めた。私は光野君以上に絡まれたくない相手だと思って、小池沢から鍵を引っ手繰って、重いカートを体育倉庫へ運び始めた。あぁ、ムカツクったらありゃしない。
しかし、カートは案外重いし、グラウンドの乾いた土に、車輪が取られて上手く運べない。私は力があるほうじゃないから、こういう仕事はつらい。そう思っていたら、ますます不機嫌になっていく。
そのとき、ふいにカートが軽くなって、私はびっくりした。
「ごめんな、マネージャーでもないのに星島さんに、手伝わせちゃって。あとは、俺がやるよ。」
みれば、天田君がカートを押してくれていた。そして、私ににっこりと笑いかけてくれた。それは、光野君のような笑い方じゃなくて、とてもやさしい笑い方だった。
その笑顔を見て、私はドキッとしてしまった。
「いいよ、小池沢に頼まれたから、最後まで持っていかないと、あいつに何言われるかわかったもんじゃないから……。」
「あいつ、くちうるさいもんなー。俺たちも、あいつが顧問で嫌気が指してるよ。」
と、天田君が苦笑交じりで言った。
「そうなんだ、天田君たちも困ってるんだ。」
「そう、あいつ、ろくにサッカーが出来ないクセして、俺たちのプレーをみて、あーしろだとか、こーしろだとか難癖つけてくるんだ。こっちは、いい迷惑。それにしてもさ、関係ない、星島さんにまで、雑用させるなんて、あいつの嫌味にもますます磨きがかかってきたなあ。」
「わたし、あいつに嫌われてるのよ。問題児ってやつ?」
私が、ちょっとだけ自嘲気味に言うと、天田君は笑い始めた。
「そんな! 星島さんが、問題児だったら、俺たち、不良だよ! しょっちゅう、あいつの悪口言ってるし、時々、あいつの命令を無視することだってあるんだ。」
「でも私、たしかに、あいつに嫌われてるよ。」私が小首を傾げると、天田君は少し微笑んで、私に言った。
「でも、星島さんは優しいじゃない。」
私は、そういわれて、顔を真っ赤にしてしまった。そう言われたのは初めてだったからもあるし、天田君の言い方が嘘っぽくなかったからでもある。その後、体育倉庫へカートを片付けるまで、私の胸はドキドキし続けていた。
「そういえば、天田君と話すの、初めてだよね。」
と、体育倉庫の奥にカートを押し込みながら私が言った。
「そうだね。同じクラスになったことなかったからなあ。でも、星島さんのことは知ってたよ。ずっと前、部活でケガしたとき、すぐ助けてくれたことがあったじゃない。覚えてない?」
そう、天田君は言ったのだけど、不覚にも、私は覚えていなかった。
「そうなんだ……。あれ? そういえば、香織たちが天田君を追いかけて行った筈なんだけど。」
そういいながら私は、体育倉庫に鍵をかけた。
「ああ、逃げてきた!」そう言って、ニッと天田君は笑った。
その仕草がなんとなく可笑しくって、私は天田君と一緒になって、笑ってしまった。
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