第二話 宇宙人の名前
夕食を食べた後、私は宇宙人を連れて自分の部屋へ入った。
「は〜、うまかったで!」
と、黄色い宇宙人は大層満足したらしく、ちいさなお腹をさすっていた。よく見ると、この宇宙人、空中をふわふわと浮いている。さながらソフトボールが、宙を漂っているみたい。
「それは、おそまつさま。……はぁ、沙織さんも何考えてるんだか……。そういえば、あんたの名前、聞いてなかったね。私は、星島五月、さっきの伯母さんは陽川沙織。」
「五月か! よろしくな! わてはピコピコや!」
黄色い宇宙人、ピコピコは、机の上に座って、シュッと小さな手首を上げて言った。その名前を聞いた瞬間、思わず吹き出してしまった。
「な、何や!? 何がおかしいんや!?」ピコピコは心外だ、と言う顔をした。
「だって、ピコピコって! あはは! 変な名前っ!」
と、私が散々笑ってやると、ピコピコはムッとした顔つきをして、明後日の方を向いてしまった。流石に、これはワルイと思った。
「ごめん、ごめん。と、とにかく、沙織さんがああいうんだから、しばらくは一緒に暮らすんだし、仲良くやろうよ。」
そう言って、私がピコピコの小さな手を握って握手すると、少しは機嫌が直ったみたい。
「こんど、もっとおいしいもの作ってあげるから。」
「よし、わかった!」
「そういえば、どうしてピコピコは、地球にやってきたのよ。」
と、私が尋ねると、ピコピコは急に深刻な顔をした。いや、ピコピコには悪いけど、そういう顔は似合わない。
「それは、トップシークレットっちゅうやつや。五月がどんなに美味いメシを作ったとしても、そら話せへん。わてが星系連合のてきになってまう。」
「ふ〜ん。ねえ、その星系連合って何なの?」
「星系連合とちゅうのは、この広い広い宇宙の星と星を結ぶ共同体や。星間戦争を止めさせたり、宇宙の環境を守ったり、貧しい惑星に支援をしたりするために、各惑星が加盟しているんや。銀河系はまだ殆ど加盟惑星がないんや。地球もしかり。」
「へ〜、国連みたいなものね。」
「だいたい、わてはこの星の生き物と接触するつもりはあらへんかったんやけど、大気圏を抜けるとき、宇宙船のエンジンにトラブルが起こってな、そのまま墜落してもうてん。いきてられるだけ、幸せや。」
「ねえ、さっきから気になってたんだけど、どうしてピコピコは関西弁を喋るのよ。ホントは、大阪の人が作った万能ロボットなんじゃないの?」
「五月は、つくづく失礼な奴やな! わてらは、みんな地球の言葉を喋れるわけやあらへん。せやから、始めに適当に地球人の脳から、そういった情報をコピーするんや。」
「ふ〜ん。じゃあ、最初にその情報って言うのをコピーしたのが、たまたま大阪の人だったってわけね。前言撤回。やっぱロボットじゃないわ。きっと、マシュマロ星人ね。」
「なんや、そら!?」
「だって、こんなに柔らかいんだもん!」
そう言って、私はニコニコしながら、ピコピコの頬に触れてみた。
「まあ、ええ。とにかく、わては、とある任務を帯びてるんや。地球の言葉で言うなら、『えーじぇんと』っちゅうやつやな。せやから、そのNASAとか、UMA学者とかに捕まるわけにはいかんのや。」と、真剣な眼差しで私に言った。
「わかってる。さすがに、解剖とか嫌だもん。」
「ほな、よろしくな!」
よろしくな、といわれても、一介の中学生には限界がある。私は、家庭の事情で家を出て、伯母さん、つまり沙織さんのところに居候をしている。沙織さんは私が小さい頃から、よく面倒を見てくれて、仲がよかった。だから、家を出て私は沙織さんを頼った。沙織さんは、私に料理さえ作ってくれれば、いつまででも置いてやる、と言ってくれた。でも、私としては、本来お世話になるべき人じゃない人に頼っている、と言う負い目がある。いい加減な性格してるし、三十が秒読みに入っても、いまだ浮いた話もない。でも、そういう沙織さんのことを少しは尊敬しているし、好きだから、なおさら負い目がある。でも、そういうことを沙織さんに言えば、きっと、沙織さんは怒ると思う。だから、いつか大きくなって、沙織さんに絶対恩返しをしようと思っている。いやだって言ったって、絶対してやろう。だから、よろしくって言われても、私にも限界があるのだ。
でも、その反面で、十四歳にして宇宙人に出会えたことは、とても嬉しかった。私は未確認生物とか、UFOとかに興味がない。でも、この何処まで続いているかも分からない星空の向こうから、ある日見知らぬ星の生き物と出会えたと言うことは、とても幸せなことだと思う。そんなことを考えていたら、昼間、あんなに不機嫌でムシャクシャしてたのが、ウソみたいな気がしてきた。
宇宙人は、寝ながら飛ぶ。
その夜は、ピコピコと一緒に寝ることにしたのだけど、ピコピコは私のちょうど真上にふわふわ浮かびながら、眠っていた。へんな奴。
宇宙人は、寝息が聞こえない。
小学校の修学旅行で、同室になった大人しい女の子が、可愛い寝息を立てていたのを覚えているけど、ピコピコは全く、寝息を立てていない。へんな奴。
宇宙人は、早起きである。
次の朝。ちょうど六時ぐらいに、耳元で大きな声をされて、目を覚ました。ピコピコがニコニコしながら、私の前に居る。私は低血圧だから、ひどく寝起きが悪い。
宇宙人は、朝から大飯ぐらい。
七時ぐらいになってやっと、頭がはっきりしてくると、私は沙織さんを叩き起こして、朝ごはんの支度を始めた。すると、ピコピコは食パン四枚を、ペロリと平らげた。沙織さんに「食費がかさむよ。」と言うと、沙織さんはニコニコしながら。「いいじゃない。」と言った。
なんとなく、学校へ行く前から、ちょっと疲れてしまった。いや、別にピコピコが悪いわけじゃない。どんな生き物も、住む環境や習慣が違えば、ものの考え方や尺度が変わってくる。そういうものの価値観の違いについて、一応の理解はあるつもりだけど、私としては、少し疲れた。でも、ピコピコが可愛い宇宙人だから許せる。これがいわゆる、頭が大きくて真っ黒で大き目が付いていて、肌が青白い「リトル・グレイ」という、例の一般的な宇宙人の格好をしていたら、多分許さなかった。う〜ん、私って、結構ひどい奴かも。でも、人間なんてそんなものだ。
「おはよう、五月。今日は機嫌がいいみたいだね。」
と、香織が教室に入ってくるなり、私の席までやってきて言った。
「何ソレ。まるで、私がいつも不機嫌みたいじゃない。」
と、言い返すと、香織はクスクス笑いながら。
「ごめん、ごめん。でも、確かに、昨日の小池沢の奴はひどかったよね。」と言う。
ちなみに、小池沢というのが、私の不機嫌の原因を作った体育教師。もう、四十過ぎなのに、その嫌味で皮肉ったらしい性格が災いしてか、独身のオジサン。
「ま、昨日のことは昨日のこと。あんな奴、いちいち相手にしてらんないよ。」
といって、私は少しだけ笑った。そうしていると、突然音もなく、ぬ〜っと、人影が私たちの前にやってきた。
「わっ! びっくりしたぁ! 何よ、光野!」と、香織。
「ほ、星島さん。」おどおどした喋り方で、光野君が私に言った。
「……き、昨日、サークルで天体観測してたんだ。そ、ソレでね……。」
「あ〜! そのまだるっこしい喋り方止めなさいよ!」
と、香織があからさまに嫌そうな顔をする。当の、私も半分絡まれるのはごめんだと思った。
「つ、月沢さんには、かんけいないよ。」と、光野君が言うものだから、香織は怒ってしまった。
「で、でね、変な光を観測したんだ。流れ星とは違う、変な光をふたつ……。」
「で? それと、私がどういう関係があるの? 私は天体観測なんか興味ないし、そんな光にも興味がない。天体部へのお誘いなら、いつも断ってるでしょ!?」
と、私がちょっと強い口調で言うと、光野君はますますおどおどし始めた。
「で、でも、星島さんは、星が好きだって……。」
「そりゃ、好きだよ。でも、ソレとこれとは話が別でしょ。大体、真夜中に眠りもしないで星を見てるなんて、不健康よ。」
「ひ、ひどいや……。」
とうとう、光野君は半分泣きそうな顔をして、自分の席へもどっていった。
「なに、あいつ……。」香織が半分呆れ顔で言った。
そうこうしていると、担任が朝のホームルームのためにやってきた。
変な光……。まさか、ピコピコのUFOが墜落した光じゃあ……。
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