1-A
妹と同居――同棲? いや兄妹で同棲はおかしいな。
そうだな、2人暮らし。うん、2人暮らしが適切な表現だろう。
妹と2人暮らしを始めたのは、別に何か難しい事情があったわけじゃない。
親が死んだとかでは全然ない。いわゆる不幸な事情は全くもって何もない。
俺が一念発起して購入したマンションが、妹の大学から徒歩15分のところにあったからだ。
ちなみに実家からは1時間半かかる。往復3時間。なかなかキツい。
なので、理由としては本当に単純で気楽なものだ。
10歳年下の妹が大学を卒業するまで面倒を見るという、ただそれだけのことだ。
「……? なに、お兄ちゃん?」
引っ越し業者のトラックを表で見送った後、俺は何となく妹を見つめた。
大学生だから、身体的にはすでに大人だ。
ただ産まれた時から知っているだけに、いくら大きくなっても「幼い」という印象が抜けない。
「え、え。なに、私の顔に何かついてる?」
妹は、ぺたぺたと自分の顔に触れていた。
俺が何も言わないものだから、ゴミでもついているのかと思ったのだろう。
何もついてないと言ってやれば良いものだが、しかしそれを言うとだ、見つめていた理由を説明しなけれりゃならなくなる。
それはちょっと、いやかなり面倒くさかった。
「あ、ちょっと。どこ行くの?」
「…………管理人さんとこ」
「あ、ご挨拶? 置いてかないで~」
小走りに俺の後を追いかけてきて、服の肘あたりを指先で掴んできた。
妹の非難めいた視線は無視して、エントランス横にある管理人室のカウンターを覗いた。
管理人は真面目にも競馬新聞など読んでいたが、俺の顔に気が付くとこちらを向いた。
そして俺の背中から体半分を出してぺこりと頭を下げた妹を見て、どう思ったのかは知らないが。
「やあ、こんにちは。そちらの女性は……ははあ、奥様ですかな?」
と、そんなことを言った。
それが冗談だったのか本気だったのか、確かめる術も意味も無かった。
問題は俺でも管理人でもなく、もう1人の方だった。
これは俺だから気付けることだが、隣の妹から実に悪戯な雰囲気を感じたのだ。
正直、嫌な予感がした。
「そうでーす! 新婚ですっ」
そしてそれは見事に的中してしまった。
妹は俺の腕に抱き着いて、実にイイ笑顔でそんなことを言ったのだ。
これは面倒なことになる。管理人のニヤニヤした顔を見て俺はそう確信した。
天を――もといエントランスの天井を――仰いで、俺は実に深い溜息を吐いたのだった。
真面目に1万字くらい書こうと思ったんですけど、とてもそんな時間はなかった。
なので早々に諦めて、短いのを重ねていくことにします。