友情
部活見学期間が始まって、もう10日以上経っただろうか。
各パートでは、自分たちのパートに加える新入生を選ぶための審査を始めたようだ。早くも、実力のある1年生を正式にメンバーとして迎え入れたパートもあるらしい。
ウチの高校の吹奏楽部では、演奏者の少ない、チューバ、ユーフォニアム、コントラバスを一つのパートにまとめて、『低音パート』が構成されている。
低音パートのリーダーは、コントラバス奏者の剛堂先輩なので、チューバ希望のアタシは一度、
「ねえ先輩。アタシはまだ低音パートの一員として迎え入れてもらえないんですか?」
と、尋ねたところ、
「え? 私はまだ、相田がちゃんと演奏しているところを見たことないんだが」
と、言われてしまった。
そうなのだ。アタシは新入生勧誘係の仕事が忙しくて、ほとんど先輩の前でチューバを吹いていないのだ。
「すまない相田。お前に大変な役を頼んでしまって……」
また剛堂先輩の良い人スイッチが入ってしまったので、それ以降、この件については口にしないことにしていた。
まあ、同じ中学から来たアンズやモモコも、まだ自分が希望するパートに入る許可はもらえていないと言っていたからね。
モモコはともかく、演奏の上手いアンズがまだなんだから、アタシが焦ってもしょうがないや。
そういうわけで、今日もアタシは音楽室を中心に徘徊し、一人で心細そうに見学している子を見つけては、声をかける作戦を続けていた。
ただ、見学者同士で仲良くなった人たちも増えてきたので、あんまりアタシが活躍する場面も減って来たな、なんてことを思いつつ、なんとなくトランペットパートが練習している教室を廊下からのぞいてみたところ……
あっ、武者小路さんがパート練習に加わっている!
どうやら、トランペットパートの新入生第1号は、武者小路さんに決まったようだ。
よかったね、武者小路さん。この学校に入学することを、ずっと心待ちにしてたんだからね。
アタシは心の中でお祝いしてたんだけど……
パート練習を見学している1年生たちが、鋭い視線で武者小路さんを見つめている。
トランペットは人気のある楽器なので、毎年沢山の新入生が希望するそうだ。更に今年はそれに加えて、このパートには清風先輩という、カリスマ的お姉様が存在する。
実際、武者小路さんは清風先輩に憧れていると言っていた。でも、どうやらそれは、武者小路さんだけではないようで、トランペットパートは現在希望者が殺到しているのだ。
剛堂先輩とサチさんは、『トランペットパートに入れるのは4人から5人』と言っていた。パート練習を見つめる1年生の数は20人ぐらい。これは激戦だな。……みんな、チューバにすればいいのに。
アタシはその辺りをブラブラした後、再びトランペットパートが練習している教室をのぞいてみた。
パート練習は既に終わっていて…… あっ、1年生たちが吹かせてもらってる。
今、吹き終わった子に先輩が声をかけ…… あっ、1年生の子が泣いてる……
そうか…… 今は合格者を選んでるんじゃなくて、不合格者を選んでるんだ……
シビアだな。……みんな、チューバにすればいいのに。あっ、これさっきも言ったか。
その後、10人弱の1年生が、トランペットパートの練習している教室から出てきた。
みんな不合格だったようだ。
なんだか目を合わしずらい。アタシはとっさに90度右側へ視線を逃したところ……
マズイ、武者小路さんがこっちに向かって歩いて来た。このままだと不合格だった一団と鉢合わせになる。
そうか、1年生が演奏の審査を受けている間、武者小路さんは席を外してたんだ。
大丈夫かな? と思っていたら……
武者小路さんとすれ違いざま、一人の女子の、
「調子に乗らないでよね」
という声が聞きえてきた。
「調子になんて乗っていません」
毅然とした態度で武者小路さんが言い返した。
これを聞いた他の女子が、
「なによ、いっつも清風先輩ばっかり見てるくせに」
と、難癖をつけてきた。
「し、失礼なこと言わないで下さい! え、演奏が上手い方を見るのは当たり前でしょ!」
「なにさ、動揺しちゃって」
「どうせお姉様目当てなんでしょ?」
「フン、動機が不純なんだから」
武者小路さんが真っ赤な顔をして怒りをこらえている。
……ダメだ。アタシの中の何かが壊れたような気がした。でも、武者小路さんだって我慢してるんだ。アタシだって冷静にならなきゃ…… 冷静に…… 冷…… れ……
「テメエらァァァーーー!!! フザケタことヌかしてんじゃネエぞォォォ!!! まとめて地獄に送ってやろうかァァァ!!!」
……冷静になれなかった。
「いいか! アタシは武者小路さんのことならなんでも知ってんだよ! アタシは武者小路さんと秘密を共有してるんだ! 武者小路さんにそんな性癖はネエんだよ!!!」
そう、これは事実なのだ。
だってアタシは、武者小路さん家で彼女のコレクション、そう薄い本の中身を見たんだ。というか見えてしまったんだ。
その本の中にはなあ、
その本の中には…………
その中には…………………………
チンコがバッチリ、描写されてたんだよぉぉぉーーーー!!!
武者小路さんは、イケメンのイカガワしい描写が好きなんだよぉぉぉーーーー!!!
しかも、どうやら二次元専門みたいなんだよぉぉぉーーーー!!!
嗚呼、言いたい……
でも、口止めされてるから言えない……
アタシが真実を告白できず、一人でモダえ苦しんでいたところ——
「あ、あの…… ゴメンなさい……」
「わ、私も言い過ぎたって言うか……」
「つい、八つ当たりしちゃって…… ゴメンね」
そう言いながら、そそくさと女子の一団は去って行った。
去って行く彼女たちは口々に、
「秘密の共有って、あの二人、好きな男の子の名前とか言い合ってるのかな?」
「相田さんの好きな男の子って誰だろ?」
「ほら、きっとあのカッコいい谷山塁くんだよ」
などと、勝手な感想を残していきやがった。
ナニ言ってんだ、コイツら? 今重要なのは、武者小路さんが持ってる薄い本の描写についてだろ?
アタシは武者小路さんに向けて口を開いた。
「武者小路さん、アタシ、秘密を守ったよ…… って、ちょっと!」
泣きながら、武者小路さんがアタシ目掛けて突進して来た。
「ナツさん!!! あなたは…… あなたは私の親友ですわーーー!!!」
そう言って、アタシに抱きついてくる武者小路さん。
「ちょっと! こういうことしてると、また誤解されるよ?」
我に帰り、冷静さを取り戻した武者小路さん。そして——
「そ、そうですね。私としたことが、はしたない……」
「いいよいいよ。でも…… ひょっとして、アタシ、余計なことしちゃったかな?」
「そんなわけないでしょ! 私は本当に嬉しかったんですから!」
「そうなの? いやぁ、アタシって子どもの頃からケンカっ早くてダメなんだよね」
「そんなことありませんわっ! ナツさんはとても素晴らしい人です! そんな素晴らしいナツさんに…… 嗚呼、私はなんということを! 私ったら、ナツさんにあんな酷い態度をとってしまって……」
武者小路さんは、消え入りそうな声でつぶやいた。
「え? アタシ、酷い態度とられてたの?」
「まあ! 私の過ちをなかったかのように振る舞うなんて! あなたは…… あなたはなんて心の広い人なんでしょう!」
「いや、あの、本当に自覚がないんで……」
だってアタシ、バカなんだもん。
こうして今日、アタシは武者小路さんの親友になった。
アタシは以前思いついた、薄い本を借りて友情を深めよう計画について武者小路さんに話してみた。
でも、いくら親友とは言え、コレクションは貸せないんだって。
なんだよそれ? アタシはエロ本以下なのか?
「でも…… ご覧になるだけなら、また家にいらしてもよろしくてよ?」
恥ずかしそうに頬を染め、武者小路さんがつぶやいた。
「それまでに、コレクションを充実させておかなきゃ!」
いや、そういうお気遣いは結構ですからね?




