サックスのプリンス
部活見学期間が始まって、早くも10日ほど経ったある日。
サチさんから指示書が届いた。なんでも3年生の先輩から極秘情報を入手したらしい。
『新入生にサックスの経験者がいる。名前はタスク。なんでも父親がプロのサックス奏者なんだと。中学生の頃は吹奏楽部に所属せず、父親に教わりながら、音楽教室でもレッスンを受けていたそうだ。勧誘よろしく』
盲点だった。そうか、吹奏楽部に所属しなくても、楽器を習ってる人はいるんだ。
そのタスクという男の子とは違うクラスだったので、お昼休み、アタシは早速その子の教室へと行ってみた。
それで、そのタスクっていう人物が言うには、
「吹奏楽部? レベルの低い高校の吹奏楽部なんて、僕は興味ないね。僕はプロの演奏家を目指してるんだ」
だってさ。
「あっそう」
アタシには無理だ。こういうタイプは無理だ。5秒で諦めた。モモコにでも任そう。
「おい、諦めるのが早いだろ!」
「は?」
「君がどうしてもって言うんなら、まあ、見学ぐらいは行ってあげなくもないよ」
よく見ると、タスクの席の横にはデッカい楽器ケースがある。
「なんだよ。やる気満々じゃん」
「こ、これは学校が終わってからサックスの教室に通うために持って来てるだけだ!」
「あっそう」
「なんだその態度。よしわかった。じゃあ、今日の放課後、楽器の演奏で勝負だ!」
「なんでそうなるのよ。 それに、なにがわかったんだ? もう…… そういうの、いらないから。たぶん、そのうちモモコってヤツが来ると思うから。じゃあ、アタシはこれで」
アタシはサッサと自分の教室に戻ることにした。今週から午後の授業も始まってるんだ。また遅刻したら担任の…… えっと、名前忘れたけど、とにかく担任の先生に怒られるじゃないか。
放課後。アタシが音楽室に行ってみると……
「そこの女子! 勝負に来たぞ!」
タスクが音楽室で待ち構えていた。ちゃんとサックスも持って来ている。オマエ、これからサックスの教室に行くんじゃなかったのかよ……
なんだか張り切っているタスクとは裏腹に、周囲からは、
「えー、あの子、また来たの?」
「自慢したいのよ、自分のサックスの腕前を」
「吹奏楽部に入りたいなら、素直にそう言えばいいのに」
という声が聞きえてきた。
「あれ? コイツってば以前にも来たことあるの?」
アタシは近くにいたアンズに尋ねた。
「ナツ、知らなかったの? そうか、ナツは最近、いろんな新人さんを個別に連れて、各パートリーダーさんのところを回ったりしてたからね。全体練習はあんまり見学してなかったんだ」
アタシの横にいたモモコも、アンズの発言に続く。
「アイツってば、自分が上手いからってスっごく態度がデカいの。先輩達、嫌がっちゃって、ホント迷惑してるんだよね」
サチの野郎…… 何が極秘情報だよ。また面倒くさい仕事をアタシに押し付けやがったな。
「おい、オマエら何やってんだ?」
おっと。心の中で悪口を言ってたら、ちょうど性悪サチさんのお出ましだ。
人相と態度と言葉使いと…… とにかく、いたるところが悪いサチさんを見てビビるタスク。
「ぼ、僕は勝負しに来ただけで…… その……」
恐る恐るこれまでの経緯を話すタスク。
「ふーん、そういうことか。じゃあ、ナツ、勝負してやれよ」
まったく、この人はまた突拍子もないことを……
あっ、タスクの野郎、ニヤニヤしてやがる。
コイツめ…… アタシに演奏で負けるわけないと思ってるな。
「おいナツ。オマエ、殺し屋みたいな顔しるぞ? まあ、ちょっと落ち着けって。おいタスク。勝負するのはいいけど、お前が負けたらどうするつもりだ?」
「フッ、そんなわけないだろ」
「じゃあ、もし負けたら、なんでも言うことを一つ聞いてもらうぞ。いいな?」
「ひょっとして、腕相撲勝負とか言って、僕を騙すつもりじゃないだろうな?」
「安心しろ。ちゃんと楽器を演奏して行う勝負だ」
「フッフッフッ…… アッハッハッハーーー!!! いいだろう、なんでも言うことを聞いてやるよ! いいか! 僕は3歳の頃からサックスを吹いてるんだぞ!」
ここで3年生の、清風涼先輩が、剛堂誉先輩と一緒に現れた。
清風先輩って、実はちょっと天然であるということが、つい先日判明したのだ。
しかし、それでも超絶美人でカッコよく、トランペットの演奏技術が高校生のレベルを遥かに超えているスゴい人であるということに変わりはないのだ。
その清風先輩がタスクに一言。
「タスク、レディに対する礼儀がなってないぞ?」
「す、涼さん、わざわざボクのために来て下さったんですか?」
「いや、誉に連れて来られただけだ」
淡白な答えを返す清風先輩。
「確か、清風は、この新入生と同じ音楽教室に通ってたんだな」
という、剛堂先輩の問いに対し、
「フッ、昔のことさ」
と、男前に答える清風先輩。
「それにしても、音楽で勝負などとは……」
清風先輩が不満を口にする。
その時、サチさんが剛堂先輩の顔を見て、ニヤッと笑った。
「まあ待て、清風。ここは久保田に任せてみよう。何か考えがあるようだ」
サチさんの視線から、剛堂先輩は何かを感じ取ったようだ。更に、剛堂先輩は話を続ける。
「なあ清風、お前も相田には興味があるんだろ?」
「ああ。ボク達の演奏を聴いた夏子の感想。先生が仰った通り、ボクも夏子はとても感性が豊かだと感心したよ」
「まじっスか? 単にギューンとかバーンとか言ってただけじゃないっスか?」
あきれ顔のサチさん。
どうやらサチさんには、芸術肌の天然であられる清風先輩のことがよく理解できないようだ。
「じゃあ、相田の演奏を一緒に見ていこうじゃないか」
「わかったよ。誉がそういうなら私も見届けよう」
「それなら、先輩2人もちゃんと見てて下さいね。オマエ、名前はタスクだったな。じゃあタスク、いいか、オマエから勝負を挑んだんだ。だからこっちの土俵で勝負させてもらうぞ」
サチさんがタスクに耳元で 、
「レディの扱いに気をつければ、清風サンの印象もよくなるだろうな」
と、悪魔のようにささやくのが聴こえてきた。直後、タスクの鼻息が荒くなった。
どうやらタスクは清風先輩のファンのようだ。
ああ、そうか。コイツは勝負とかなんとか言いながら、実は自分のサックスの腕前を、清風先輩に見せたいんだな。なんだよ…… ひとこと言ってくれれば、協力してやったのに。
「よし、その勝負受けてやろう、なんたってボクはレディの扱いは日本一だと評判の男だからな。どうするんだ? 速さと正確さで勝負するかい? 初見の楽譜を見て、どちらが正確に演奏できるか競うのもいいな。なんなら芸術点を評価してもらってもいいぞ?」
ちょっと…… この人やる気満々なんですけど。でもこれって、勝負するのアタシなんだよね?
「ちょっとサチさん。ナニ勝手なこと言って——」
「マーチング勝負だ。音楽室前から向こうの突き当たりまで、廊下を演奏しながら往復してもらう。長く演奏を続けた方が勝ちだ。
『ニヤッ』
アタシが笑う。
『ニヤッ』
サチさんも笑う。
「あ、ナツとサチ先輩が悪い顔になった」
と、モモコもつぶやきながら、悪い顔で『ニヤッ』。
フッフッフ、流石アタシの姉貴分サチさんだ。アタシのことをよくわかってるじゃないか。アタシはマーチングの名門ナジ校に入るため、中学生の頃、クッソ重いチューバやマーチング用のスーザフォンという楽器を吹きながら行進する練習に明け暮れていたのだ。
「待ってくれ。夏子は重量楽器のチューバを吹くんだろ? それじゃあフェアじゃないぞ」
清風先輩が待ったをかけた。
「んー、ナツなら大丈夫だと思うんスけど。じゃあ、フェアに行きますか」
サチさんはそう言うと、2年生の友達に、運動部に行って筋トレ用のオモリ借りて来るよう頼んだ。
その後、借りて来たオモリをタスク 両手につけ準備完了。
「曲は自分の好きなものでいい。じゃあ、始めるぞ。ヨーイ、スタート!」
サチさんの号令のもと、アタシとタスクは演奏を始めた。
しかし……
タスク、わずか5mでダウン。腕が上がらなくなった。この人、吹奏楽部に入ってなかったそうだから、きっとマーチングなんてやったことないんだろうな。
「流石相田だ。余裕じゃないか」
「夏子は感性が豊かなだけじゃなく、筋力も豊かなんだな」
3年の先輩方にもご満足いただけたようだ。
勝負終了後——
「俺も男だ、なんでも言うことを聞いてやるよ」
なんだか余裕の表情のタスク。たぶん『吹奏楽部に入って欲しい』とか言われると思ってんだろうな。
でも、サチさんがそんなこと言うわけないよな。
悪い顔をしたサチさんが口を開いた。
「オマエ、今日からあたしの奴隷な」
「え?」
「聞こえなかったのかよ、オマエは今日からあたしの奴隷だ」
「そんな! せ、せめて涼さんの奴隷にしてください!」
清風先輩はじめ周囲の女子がドン引きしている。
「おい、タスク。清風サンが、まるで汚物を見るかのような眼差しでオマエを見てるぞ…… なあ、お前、吹部に入らねえんだろ? じゃあ、奴隷ぐらいしか使い道ねえじゃん」
「入ります、吹奏楽部に入ります。いえ、ぜひ入部させて下さい。お願いします!」
「そんなに吹奏楽部に入りたいのかよ?」
「はい、心から入部したいです!」
「じゃあ、剛堂サン、とりあえず仮入部ってことでどうっスか? 態度が悪かったら入部お断りってことで。その時はオマエ、即、あたしの奴隷だからな」
「はい、誠心誠意、真心込めた吹奏楽部員になります!」
どうやらサチさんの思い通りになったようだ。サチさんってば、普段はバカなくせに、こういう腹黒ことを考える時だけは天才になるんだよね。
何はともあれ、これで一件落着かと思われたその時——
「でもサチのやり方はスマートじゃないな」
と、清風先輩が不満を漏らした。
そんな清風先輩を宥めるように、剛堂先輩が口を開く。
「まあ待て清風。タスクは本心では吹奏楽部に入りたいと思っていたんだろ? 他の部員はタスクの態度に困っていたけど、たった今、タスクの態度が改まったじゃないか。結果を見たら誰も損をしていないんだし、みんな幸せになったんだから、これで良いことにしようじゃないか」
「まあ、誉がそう言うんなら、そういうことにしておくよ。じゃあ夏子、またね」
そう言うと、清風先輩は、ぶわっ、とスカートをなびかせて音楽室の中へと消えていった。
「チッ、いけ好かねえ野郎だ」
サチさんが小声でつぶやいた。そして——
「まあいいや。おい、タスク。オマエは奴隷じゃなくても後輩なんだ。先輩のいうことはちゃんと聞けよ」
「はい、喜んで!」
こうして我が吹奏楽部に、とても礼儀正しい1年生が入部することになった。
それにしても、サチさんと清風先輩は、あんまり仲良しじゃないんだな。変わり者同士、仲良くすればいいのに。あっ、そう言うアタシも変わり者か。




