94 【魔王side】そのころの魔王城⑧
「何処に行くつもりだ……シシオウよ」
魔王サタナスに呼び止められ、少し不機嫌にその尻尾を揺らしながら、シシオウは振り返った。
「……何じゃ、ワシがそなたの配下になった際に、行動の自由は保障されておったはずじゃが?」
だが、それを聞いた魔王サタナスは、その言葉に肯定も否定もせず、ただ、何を考えているのか分からない瞳でシシオウを見つめている。
……一呼吸、二呼吸。
小さなため息をついて沈黙を破ったのはシシオウだった。
「……気分転換じゃ。最近、魔王城の空気は澱んでおるからの」
よく見れば、魔王城の通路のいたるところに小さなヒビが入っており、生者の気配はおろか、アンデッドの気配すらない。
シシオウがここに来る前まで『魔王軍四天王』と呼ばれていた側近の姿もすでに無い。
四天王筆頭と呼ばれていた堕天使ルシーファと№2の魔竜マドラをその手で殺し、雑用係と蔑んでいた妖魔カイトシェイドには逃亡され、淫魔サーキュは数日前から行方不明。
当然、彼等がまとめていた配下の魔族達も、ある者は魔王サタナスの怒りを買い冥界送りにされ、またある者はサタナスからの八つ当たりの恐怖で姿を消し、またある者は住環境の悪化により病に倒れ……
もはや魔王サタナスが呼んだところで、御前に現れる事ができる者の方が少ない。
「……東方火仙・ミーカイルの所に報告に戻るのか? 白天虎・シシオウよ」
にやり。
サタナスのその言葉を聞いたシシオウの唇が弧を描いた。
どうやら、お互い、発せられた言葉に大した衝撃は受けていないようだ。
「何じゃ、気づいておったのか」
「無論よ。恐らくそなたの狙いは、余の配下より魔力量の多い輩を連れ出す事……」
シシオウは、す、と瞳孔を細めて眉間に皺を寄せた。
「ふふふ……それに気づき、自ら部下を排除したとでも言うつもりかのぅ?」
「くくく……」
肯定のつもりなのか、シシオウの言葉に、小さく肩を震わせる魔王サタナス。
「だとしては、少々愚かじゃったな、魔王サタナスよ。その結果がこの廃墟と今の現状じゃとしたら、選んだ方向性が誤りであると言わざるを得んのぅ」
「……余のスキルは『ソウル・イーター』……その意味を知らぬ訳はあるまい?」
『ソウル・イーター』別名・スキル喰い。
この能力は、倒した相手を喰うことで、相手のスキルや能力、魔力等を取り込むことのできる能力だ。
魔族としては、割とメジャーな能力である。
しかし、わざわざ倒した相手を『喰う』必要性があることから、このスキルそのものが、直接戦闘時に置いてそれほど脅威、という訳ではない。
それであれば、戦闘中に相手を弱体化し、本人は強化される『吸収系』の能力の方が厄介である。
むろん、このスキルを持つ魔族が、多くの獲物を喰って育った状態であれば、これ以外に複数のスキルや多くの魔力を持っている為、危険度は跳ね上がるので油断はできない。
実際、サタナスと戦って敗北のふりをした時、彼が使っていたのは直接的な攻撃スキルが主だった。
それに、シシオウは、魔王サタナスが、この能力を持っていることをこの場でアピールする意味が分からない。
「その能力は聞き覚えがある。西の魔王は貪欲で暴食なヤツじゃ、とミーカイル様からも伺っておる」
「このスキル、案外融通が利かず厄介でな? 事前に相手にこの力を持っていると知らせておかねば、使えぬ技も有るのよ」
その瞬間、世界が変わった。
「!?」
「その代わり、必ずしも殺して喰う必要性は無いのだがなぁ?」
ゾルッ!
「なっ!?」
自身の影から湧き出て来た漆黒の触手のようなモノがシシオウの全身を拘束する。
「ぐっ……くっ!?」
まるで竜族の筋肉のようなしなやかさと弾力と高い魔力防御性能。
そのうえ、魔力操作を妨害しているのは、何らかの空間操作能力か。
「さて、さて、さて……」
魔王サタナスは、見た事も無いような爽やかな笑みを浮かべた。
「貴様の鳴き声はたっぷりとミーカイルにも届けてやろう。ああ、ちなみに、その責めに耐えられず死んだとしたら、それは単に貴様が弱すぎただけ、ということよ」
そして、目の前の影から同じような触手で出来た玉座のような椅子を創り出すと、どかり、と腰をかけて、その長い足を組む。
「同様に光の守護天使を犯した時は、心を壊すまでに5年以上かかったが、なかなか心躍る楽しい時間だったぞ? 時々、思い出しては繰り返し体験させてやる程度には、な? ……東方の雄である貴様が恭順なイヌになるまで何年持つか……」
まるで、これから始まるショーを観戦するかのような態度に、シシオウの背筋に冷たいものが走った。
「では遊興を始めるとするか? ……存分に、余の目と耳を楽しませるが良い」
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