81 【ハポネスside】サキュバスの企み
ーー時は少し遡る。
「くそっ! そんなどこの馬の骨とも知れない男が異常に民衆の支持を集めているだと!?」
「ええ、そのとおりですわ、ダーイリダ様」
ハポネス領、領主代行であるダーイリダは、ダンダンダンと執務机の角を叩く。
まるで、苛立ちを必死に押さえつけているようだ。
「フンッ! 凄腕の回復術師として、多少は名が知れているから、中央神殿の呼び出しに答えてやったというのに!! なんとツラの皮が厚い……ッ! さらには、このハポネスを乗っ取ろうとしているのか!? そのカイトシェイドと言うヤツは……!!」
「左様ですわ。そのために、貧民街と呼ばれる北外街の土地を買い漁り、住民たちに媚びるために公衆浴場、闘技場などを勝手に建設しているのは周知のとおり……」
ダーイリダは、への字に曲げた口をさらに歪ませて自分の目の前に立つ色っぽい女に目をやる。
……ごくり。
本来、不愉快な事実を告げられているはずなのに、彼女の容姿を見ると、ついつい己の欲望がそそり立つような気がしてならない。
年のころは30代……いや、20代後半だろうか?
緩やかにウェーブした薄紫色の髪、色気を増すような目元の泣きぼくろ、豊満なバストにくびれたウエスト。
ダーイリダは、今が仕事中でなければ、この場で押し倒してしまいたいほどのイイ女だ、という思いを生唾と共に飲み込む。
(ふふふ……かかったわね……! カイトシェイドに、あのバカ魔族共!! アタシがお風呂に入って調子を整えれば、こんなチンケな街、掌握するのは簡単よ!)
妙に色気のある女……サキュバス・クイーンのサーキュは、自身の【魅了】の効果に満足気な笑みを浮かべた。
実際は、ネーヴェリクが新たに創り出した公衆浴場の中でも、特に「50歳以上でないと入浴できない」と謳われているお湯を堪能したが故の効果なのだが、そこはもうそんなに心配をしていない。
なぜならば、一度でも【魅了】を取り戻せれば、あんな出来損ないのクズヴァンパイアを捕えることなど容易である、と疑いもしていないからだ。
勝ち誇った笑みを浮かべたサーキュは、さらに秋波を送りながら、ねっとりとした甘やかな声で囁いた。
「さらにあの男の屋敷の庭には、『生きたダンジョン』が発生しているとか、冒険者ギルドで噂になっているようですわ」
「ああ、その話は冒険者ギルド長のボーギルより聞いている」
生きたダンジョンは、通常のダンジョンと違い、桁外れに強い魔族が住み着くこともある為、全てが全て喜ばしい訳では無いが、ボーギル・カシコ両名による調査の結果、危険の少ない優良ダンジョンの認定が下りている。
実際、そこのダンジョンからの主な産出物である『魔法石』は均一で質が高く、魔道具等の燃料としても他の街との交易品としても、かなりの利益を上げている。
さらに、珍しい有益モンスターである『クリーン・スライム』や、排泄物を肥料に変えてくれる『スカベンジャー・スライム』等が生息しており、時折、生け捕りにされているとも聞いたことがある。
もちろん、それなりに危険はあるようだが、それでも多くの資源を生み出す有用な『鉱山』に当たると言って良かった。
「まぁ! 流石、ダーイリダ様! 領主代行だけあって情報通でいらっしゃるのね」
「ふむ、その程度は、な」
好みの美女に褒められて嬉しくない男はいない。
ダーイリダはようやく叩き続けていた机の端から手を放し、自分の口髭をゆっくりと撫で上げた。
「でしたら、そのダンジョンは、当然ダーイリダ様が管理すべきですわよね?」
「なっ!?」
「ふふふ……そうすれば、ダンジョンから出る資源は全てダーイリダ様のもの」
ダンジョンの管理者……つまり、『ダンジョン・マスター』と呼ばれるダンジョンのヌシ。
確かに、ダンジョン・コアと言われる心臓部にあたるアイテムを入手さえできれば、マスターになることができる、という伝説は聞いたことがある。
ゆったりと近づいてくる美女の甘い言葉に、ダーイリダの頬が熱くなった。
「いや、だが……それは」
「現在の主を倒さないとダメ、とお考えですのね?」
「違うのか?」
そっと、サーキュの白魚のような白く柔らかい手がダーイリダの首筋を撫でる。
「……うふふ、カワイイ人。でも、問題ありませんわ。実は今、あのダンジョンを管理しているのはネーヴェリクとかいう出来損ないのヴァンパイア娘ですの」
「な!? ヴァンパイアだと!? そんな高位魔族が我が街に巣食っていたと……!?」
「ご安心なさって? あの娘、攻撃能力も吸血能力も乏しすぎて魔王城から追放された欠陥品……」
サーキュはその柔らかい唇をそっとダーイリダの耳元に押し当てて、吐息交じりの小さな声で呟いた。
「……ですが、ダンジョンを管理する能力だけは有るようだから、あのカイトシェイドに雇われているらしいんですの。そこで、わたくしが彼女を引き取りに上がったところなの。……同じ魔族として、ね?」
「!?」
適当に言葉を並べ立て、ダーイリダがその言葉の意味を理解するよりも早く、サーキュの唇が、領主代行の口を塞いだ。
「ん、んんッ!?」
サキュバスのキスを受けて抗える男は居ない。
「お願い、信じて欲しいの。魔族は悪い者だけではないの。わたくしは、あの娘を連れ戻しに来ただけ」
(ふふふ……魔王城のジャグジーさえ完璧なら、カイトシェイドなんて、後でシシオウを【魅了】してプチっと殺って貰えばいいし、何なら魔王様自身を焚きつけたっていいわ)
己の力に絶対の自信を持っているサーキュは、そう考えながら、領主代行の男の手をそっと自分の豊満な胸で包み込むとゆっくりと撫で上げた。
「もちろん、ここのダンジョンになんて興味は無いわ。ダンジョンはダーイリダ様が管理すべきですわ。だって、ダーイリダ様はここの領主になられる尊いお方ですもの」
「わ、わしが……」
ここ、ハポネスの正式な現領主は、まだ年端の行かない少女である。
彼女が生まれて間もなく、両親は流行り病により急逝。
唯一、残った一人娘が領主となったのだが、当時、齢1歳の幼女に仕事が務まるはずも無く……
領主代行として約10年、ハポネスの運営を手掛けてきたのはダーイリダだ。
「ええ、領主様もあと数年もすれば妊娠が可能なお年でしょう?」
そうなったら好きに犯して孕ませてしまえば、領主の座は自然と転がり込んで来る。
ダーイリダは、美女からそう言われているような気がして、思わずニヤリと笑みを浮かべた。
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