74 【ハポネスside】サキュバス襲来②
「こら、オメガ。初対面の女性に『おばちゃん』はいけませんよ」
「……は~い、ごめんなさい……えーと、なんて言えばいいのかなぁ……?」
気まずそうに眉を下げて首をかしげる様子に悪意はない。
だが、その態度こそが、より一層サーキュのプライドに傷をつけた。
まだ挑発や嫌味で放たれた言葉なら切り返しようもあるものの、素の発言に対してブチ切れたりしたら、逆にこちらの負けだ。
そんなサーキュの心など知らない無礼な魔族共はコソコソとさらに傷口に塩を塗りたくるような発言を繰り広げている。
「『おばさま』か『おばさん』で良いんじゃねーのか?」
「アルファ……ご、40代くらいの絶妙なお年頃のご婦人であれば『奥様』か『マダム』が妥当ですよ」
コイツ、50代と言おうとして、気を使って40代にしたな?
「へ~……今度から気をつけるねぇ」
「……でもさ、あの格好だぜ?」
赤い髪の青年魔族がサーキュの格好を見て眉を顰める。
それは、サーキュのトレードマークでもある豊かな胸元と引き締まったウエスト、そして女性らしいボディラインを強調し、素肌の色を際立たせる色っぽいボンテージファッションだ。
まともな性欲を持った男なら、よだれを垂らし、己の聖剣の勢力を拡大させるはずの衣装である。
ただ、彼女は気づいていない。
最近はちょっとだけぽっこりと下っ腹が出て、色んな所のお肉が重力に逆らえなくなり、肌も髪もくすんでいることに。
「『奥様』とか『マダム』って感じじゃねぇんじゃねぇか? ……ホラ、あんだけトウの立ったの独身女に『奥様』なんて呼びかけて、違ったりすると、よりヤバくないか?」
……ピキッ……
青筋が弾けて飛ぶかと思った。
「そうですね、では『レディ』が最も無難でしょうね……」
話がまとまったらしく、3人の内から、執事のような恰好をした壮年の紳士がゆっくりと近づいてくる。
「……ウチの者が失礼いたしました、レディ。お見受けするに、どうやら私たちと同じ魔族であると推察いたしますが、このハポネスにどのようなご用件でしょうか?」
「……ッ!?」
あっさりと変身を見抜かれ、思わず一歩、その足が後ろに下がる。
(くッ……コイツ等、アタシの【魅了】が効かないとでも言うの!?)
サーキュは、自分から数メトル以内に入り込んだ異性を自動的に【魅了】するための魔法を常に使っている。
流石に子供は対象外だが、この執事くらいの壮年紳士であれば、例え魔族であっても、自分の魅力にハマって然るべきだ。
「我が主の計らいで『高位魔族』の方が、この街に侵入した場合、こちらに強制移動させられるようになっておりまして……」
しかし、その穏やかな口調から、どうやら、こちらを完全に敵とみなして排除しようとしている様子は無い。
「『むやみに敵対しない場合は、ポイント的に美味しいので、入れてやってくれ』と主より言いつかっております」
「……は、はぁ……?」
ポイント的に美味しい、とは意味が分からないが、ここは何とかして煙に巻いて街の中へ入り込むべきだ。
そもそも、サーキュ自身、単体での攻撃能力は、さほど高く無い。
最近は、ゆったりと風呂に浸かって疲れを取っていないから【魅了】の効果が薄れているだけで、普段の自分であれば、こんな雑魚魔族はイチコロのはずである。
「あー……もしかして、アンタ、健康促進・疲労回復・魔力回復・老化回復用の風呂を探してんのか?」
「ッ!? お、お風呂、有るの!?」
「ええ、ネーヴェリク様が住民の生活向上のために、公衆浴場をおつくりになられたんですよ。これは、街の外からお見えになった方でも利用料金さえお支払いいただければ、入浴できますよ? 我が街の観光名所の一つとなればと考えています」
「っ……!!」
サーキュは葛藤していた。
本来ならば、こんな雑魚魔族は一瞬で下僕にし、その入浴施設まで案内させるのが、サキュバス・クイーンとしてのあるべき姿だ。
だが、サーキュ自慢の【魅了】の力……この一連のやり取りの中で、相当弱まっていることを認めない訳にはいかなかったのだ。
突き付けられた現実に思わず歯噛みする。
しかし、彼女に残ったほんのわずかな理性が、ぐつぐつと腹の中で煮えたぎる怒りをギリギリで押さえつけた。
「……そ、そうなの。良い、お風呂があると……人間の中で、噂に、なっていて……」
「なるほど、そうでしたか」
壮年紳士風の魔族は、にっこりと微笑むと、サーキュの手にポン、と『入場許可』と書かれた朱印を押した。
結果として、サーキュはそのズタズタに引き裂かれたプライドと引き換えに、ハポネスの街に潜り込むことに成功したのだった。
(許さないわ!! この屈辱ッ!! アタシがお風呂に入って元の力を取り戻したら、百万倍にして返してやるんだからッ!!)