69 【魔王side】そのころの魔王城⑦
「はぁ、はぁっ……くそっ!」
魔王城へ強制的に転移させられたマドラは逆鱗の傷を抑えて呻いた。
何だ?! あのふざけた魔人共は……!
直接攻撃が得意な鬼龍人があんな辺境に居るなど、今まで聞いたことが無い。
そのうえ、夢魔など、ここ、魔王城でも滅多に見かけることがない種族である。
そしてあの魔人……力ある魔導書を召喚し、それで物理的にぶん殴る、という滅茶苦茶な攻撃など、前代未聞だ。
この三体の魔族達さえ居なければ、カイトシェイドなど簡単に捕らえる事が出来たはず。
それが、思いのほか、タイムロスをしてしまった為に、カイトシェイドに魔力弾を練り上げる時間を与えてしまった。
それにあの雑用係……魔王城に居た時とは魔力量の絶対値がかなり違う。
ぼがんッ!!
思わず、マドラは近くの壁を怒り任せに殴りつける。
壁は、大きくえぐれている。
その手の甲に小さな紙片がくっついていることに気づいた。
すっかり存在を忘れていたが、以前手に入れていた瀕死の際はダンジョンへと強制帰還するための魔道具だ。
このおかげで命ばかりは助かったものの、そのプライドはズタズタだ。
「あら、マドラ? ふふふ、何よ、その酷い有様は」
「ふんっ……!」
こんな状態を他の魔族に見つかるだけでも屈辱的なのに、よりにもよって、性格のねじ曲がり具合はこの魔王城でも五本の指に入るサキュバス・クイーンに見つかるとは……
「こんな傷、大したダメージでも無いわ」
「でも、力自慢のあなたがココまでやられるなんて……珍しいわね」
マドラは蔑むような視線のサーキュを無視してその隣を通り抜けようとした時だった。
「……もしかして、あの雑用係のカイトシェイドにやられたの?」
バッ!
思わず、マドラ自身も驚くような眼差しでサーキュを睨みつけてしまった。
これでは、何も言わずとも答えを告げているようなものだ。
「幻惑魔法・【記憶覗見】!……うふふ……そう、ハポネス、ね」
「……ちっ」
サーキュは楽しそうに笑うと、今、マドラが一番聞きたくも無い言葉を投げつけて来る。
「ああ、そうそう、マドラ。……魔王様がお呼びよ。精々、しっかり釈明することね」
「余が何故、貴様をここに呼んだか分かるか」
「……はっ」
マドラは、玉座にふんぞり返る魔王の前で平伏し、脂汗を流す。
「……分かるか、と聞いている」
「……」
マドラはただ口を閉じる事しかできない。
「分かる」と言えば、己の失態を認めねばならず、「分からない」と言えば己の無能さを認めなければならない。
そして、そのどちらもが、この不機嫌な魔王様の前では死刑宣告となることを十分以上に承知していた。
「答えられぬか。ならば、貴様の口など、必要が無いな」
「!? お、お待ちください! 魔王様!!」
「待て、だと? 何を待つ必要がある? 待てば貴様は余の満足する答えを出すのか?」
「そ、それは……」
徐々に……いや、急激に膨らむ威圧感は、巨大な魔竜であるはずのマドラの身体の芯までも瞬時に冷やして行く。
ヤバイ。これは、ヤバイ!
生存本能が、直ちにこの場から逃げろと警鐘を鳴らしている。
「余の部下に無能は必要ない」
それが、魔竜王と呼ばれた男がこの世で聞いた最後の言葉となった。