67 内輪揉めをとめよう!
俺はカシコちゃんに頼んで、かなり広域サーチを現時点でも継続してもらっている。
もしも、遠距離から、攻撃呪文のような高エネルギー反応があれば、分かるはずなのだが、一向にその気配はない。
(ねぇ、カイトシェイドさん……)
カシコちゃんが何か気づいたのか、言い合いを続ける神官たちを後目に、俺の背中をつつく。
(何かあったのか?)
(そうじゃないけど……本当に緊急時なら、回復魔法くらいは使えるってハポネスを出る時に言ってなかったかしら?)
(本当に緊急時、なら……な)
(ねぇ、だったら、回復魔法を使ってあげて?)
(へ?)
(この咳……かなり重い肺炎じゃないかしら? 呼吸音もすごく苦しそうだもの)
カシコちゃんは、エルフ族特有の長い耳をぴくぴくさせて、カーテンの向こうを指さした。
確かに、この二人が喧喧諤諤やっている間も、弱々しい、ごほん、ごほん、と、湿った感じの音がカーテンの向こうから時折響いていた。
あー、例の天使様、そこに居るんだよな……一応。
(回復魔法でも構わないが、肺炎程度の病気なら『万能薬』でも十分だろ? そっちなら、道具袋に3個ほど持って来てる)
(旦那、エリクサーなんて持ってたのか!?)
ボーギルのヤツが妙に驚いているが、エリクサーの材料は『世界樹の葉』だからな。
俺の杖から毟り取った葉を刻んで煮出せば完成、お手軽万能薬である。
この杖の葉っぱ、多少毟ったところで、また生えて来るし。
ちょっと風邪っぽい時とかに飲めば一発だ。
「ほっほっほ! では、直接、天使様に伺ってみてはどうですかな? 今回の『カイトシェイド』が本物か否かを!」
そう言うと、口喧嘩のせいで唇の端から泡を飛ばしていたアブラタンクはバサッとカーテンを広げた。
玉座のような椅子に座って……いや、括りつけられていたのは見覚えのある堕天使……に、よく似た天使……?
「……え……? カ、カイト……シェイド?」
「え!? ルシーファ?」
俺がヤツの名前を呼んだ途端、深い翠色の瞳に水が溜まり出す。
「ご、ごめん……なさい、わたし……魔王城では……ひどい、ことを……」
「ルシーファぁぁっ!? お前? な、何で?」
思わず、素の声が出ていた。
いやいやいやいや!!!
ちょっと待って!?
どこからツッコめば良いんだ、コレ!?
何故ホントにお前がココに居るわけ!?
しかも、何で、翼が真っ白になっちゃってんの!?
そのうえ、子供の姿!? え? 罠? 罠なの?? コレ?
おまけに、全裸なのに、メガネと首輪と片足だけはニーソックス装備!!
変質者プレイにしても業が深すぎるぞ! お前、何を考えてんの!? マジで!?
「……ごほっ、ごほ……ごほ……」
しかし、ルシーファのヤツは、それどころではないらしく、喉の奥からゼロゼロ、ひゅぅひゅぅ、と苦し気な音を立て、肩で浅い呼吸を繰り返しているし、顔色も悪い。
あれ? もしかして、本気で体調悪いのか?
「おおお!! これは、天使様が指名した光の勇者とは貴殿だったのですね、カイトシェイド殿!」
「へぁっ!?」
だが、そんなルシーファなどそっちのけで、筋肉マッチョなマチョリダが俺の手を握りしめて熱量高く語り始めた。
「これぞまさに! 天使様と関わりのあるご様子! 『お告げの予知夢』をご覧になっているのですね!!」
「え? え……いや、その……こちらの天使様が古い知り合いに似ていたというか……えーと……おいっ、ルシーファ! これ、どういうことだよ!?」
「ふざけるなっ! 光の勇者様が『辺境の地でしか魔法が使えない』などというふざけた輩であるはずがない!! やはりこの天使は偽物だ!」
アブラタンクのヤツが、突然あの宝石ジャラジャラの杖でルシーファに殴り掛かった。
だが、マチョリダがその鋼鉄の腕で、その一撃を食い止める。
当のルシーファの方は、既に避ける事は諦めているのか、小さく身体を縮めて、衝撃に耐える姿勢だ。
今にも泣き出しそうな瞳で震えながら怯える様子からは、あの堕天使のイヤミな面影が残っていない。
……えーと……コイツ、本当に魔王軍四天王の筆頭だったんだよ、な……?
「ええい! 乱心だ! アブラタンク殿がご乱心あそばされたぞ!!」
「乱心はマチョリダ殿の方だ! 己が権力欲しさにデタラメな認定を出しておるのだ!!」
「なにおぅ!?」「なんだとぉ!?」
「アンタたち! いい加減にしなさいっ!!」
べしん! ぱしん!
「ふぉっ!?」「ンゴォ!?」
不可視の風の拳骨がマチョリダとアブラタンクを殴り飛ばした。
怒りの形相で吹っ飛んだ男どもを見下ろしているのはカシコちゃんだ。
おお……スゲー……エルフ族なのに瘴気並の威圧感だ。
「内輪揉めは後にしてっ! その子が御使いかどうかなんてどうでもいいけど、アンタたちがしていることは完全に児童虐待だわ! カイトシェイドさん! 早く薬を飲ませてあげて! ボーギルは湯たんぽ準備して! アンタたち!! この子の服と布団くらい持って来なさいッ!! 今すぐッ!!!」
カシコちゃんの怒鳴り声に、男性陣一同は思わず小さく頷いたのだった。




