64 ヴァンパイア・プリンセス
「ネーヴェリク、俺が不在の間はお前をこのダンジョンの責任者に据えさせてもらうぞ」
屋敷に戻った俺は、コアを戻した主寝室にネーヴェリクを呼び出した。
「ハイ、カイトシェイド様」
大人しく頷くネーヴェリクだが、その表情は冴えない。
普段のハの字眉毛をさらに押し下げて、ぺっそりとした様子だ。
「……デも、ネーヴェリクは心配デス……中央神殿までは人間の足で何日もかかるんデスよね? そんなに長時間、カイトシェイド様お一人で、ダンジョン外の活動をするなんテ……」
「安心しろ。まぁ、ボーギルもカシコも居るし、俺はどうとでもなる。それよりも心配なのはこっちのダンジョンだ」
そう。流石にここまで大きくしたダンジョンを壊されるのは、ちょっと痛い。
とはいえ、まだコア・ルームが孤立できるほどのレベルではない。
一応、超遠距離からの攻撃魔法が得意なルシーファは、俺をおびき出すために中央神殿とやらで罠を張っているからこっちには来ないだろう。
だが、一回撃退しているマドラから情報が洩れれば、マドラだけでなく、サーキュやシシオウもハポネスへ来る可能性が有る。
「ネーヴェリク、俺が居なくても自動的にダンジョン・ポイントは増えていくはずだから、新規防衛施設は作っても構わん。そろそろセーブ・エリア虫も湧くだろうから、気を付けてくれ」
「ハイ」
「この街の人口は全て取り込んだから、ポイント増加速度は一定のはずだ。ああ、俺が『奥の手』を発動させた時は、ポイント増加速度が半減するはずだから、特に大きな人口の流出が無いのに半減した場合は気にしなくていい」
ネーヴェリクは真剣な眼差しで頷く。
「で、今以上にポイント・ブーストをかけるなら外部から人や魔物を呼び込む必要性が有る。一応、俺も魔物や魔族を見かけたらスカウトするようにはするが、この街の性質上、人間を呼び込むのが最も効率が良い」
「そうデスね……それは、確かに……」
「そこで、ベータのヤツは、人間のネットワークを広げるのが得意みたいだから、その辺はアイツに聞きながら進めてみてくれ。もちろん、ゴブローさんやアルファと相談して、ダンジョンの地下をもっと深くしてくれても良い」
「かしこまりマシた」
「人手が足りなければ人間の奴隷を買って治療して使え。」
「えっ……で、デモ、ネーヴェリクは、人間の治療は……苦手デス……」
「うん。だから、今ある全ポイントを使ってでも、お前をできる限り強化する」
「!!」
ネーヴェリクは俺の部下として唯一、あの魔王城でさえ管理の補佐をしてきたのだ。
ぶっちゃけ、俺が居ない時でも、ダンジョンを維持・成長させる方法を最も熟知しているのが彼女だと言って過言ではない。
ここで彼女を強化しておけば、今後の運営がかなり楽になるだろう。
ヴァンパイアは霧化や蝙蝠化といった己の身体を分ける能力がもともと備わっているから、「ダンジョン・クリエイト」無しでも「分身体」を生み出せるスキルを身につけられる可能性がかなり高い。
また、人間と密接につながる種族であるため、高位になれば回復魔法や治癒魔法も習得可能だ。
俺は、残りのダンジョン・ポイントを確認する。
うーん……一気にヴァンパイア・クイーンまで育てるのは難しいが、俺の残り魔力も併せて考えるとヴァンパイア・プリンセスならギリ手が届く。
やっぱり、夕食時に飲んだ魔力回復薬が効いているぜ。
本当はヴァンパイア・ロードまで一気に持っていければ、人間の「回復」ではなく「眷属化」が習得できるのだが、クイーンやプリンセスだと、眷属化してもレッサー・ヴァンパイアよりもさらに下級のサーヴァント・ヴァンパイアくらいしか創れない。
流石に、そのレベルだと、人間のまま回復させた方がポイント的にも美味しいし、使い勝手も良い。
だが、このプリンセスレベルまで育てておけば、戦闘能力面ではかなり強くなる。仮にサーキュと一騎打ちになったとしても、ネーヴェリク一人で互角に戦えるはずだ。
「ネーヴェリク、胸を出せ」
「ハイ」
彼女がいつものメイド服を脱ぎ胸元の魔核を露出させる。
俺はその魔核にやさしく触れると、すべてのダンジョン・ポイントと俺の魔力を注ぎ込む。
「はぁ、はぁっん……あぁっ……っ、ふぁっ!?」
ネーヴェリクは少し苦し気に瞳に涙を浮かべ顔を歪ませる。
進化する時、最初は少し違和感があるかもしれないけど、直ぐに身体に馴染んでゆくはずだ。
「おーい、カイトシェイドの旦那さんよぉぉぉぉ!?」
その時アルファのヤツがノックもせずに主寝室の扉を開けた。
ーーばたんっ!!
と、思ったらスゴイ速度で閉じられた。
「え? おい、どうした? 何かあったのか!?」
ネーヴェリクの進化は途中で止めることができない。
アルファがこっちに呼びかけた理由がダンジョン・ポイントを要するような緊急事態だったらヤバいぞ。
「すまん、ネーヴェリク! ちょっと急ぐからキツイかもしれんが耐えてくれ!」
俺は残りのダンジョン・ポイントと魔力を一気に注ぎ入れた。
「ひぐぅっ……! そ、そんなに……イッパイ……ィィイッ!! くぅぅ!」
とっさに逃れようとする華奢な身体を押さえつけて、ポイントと魔力を押し込むと、ぽん! と彼女が無事に進化したことを告げる音が響いた。
【名前:ネーヴェリク 種族:ヴァンパイア・プリンセス】
よし! 成功だ!!
それを確認すると、急いで扉を開けてアルファの影を探す。
……と、探す必要性もなく、すぐそこで、何故か顔を朱色に染めて正座しているアルファの姿があった。
「おい、何があったんだ!?」
「い、いや……ッ! その、た、たいしたことじゃねぇよ……シスター・ウサミンが夜食に、ココル・プディングを作って来てくれたから……その……わ、悪かったな! 邪魔して!!」
なんだ……よかった。そんな話かよ。
「いや、もう済んだから大丈夫だ」
「も、もう済んだッ!?」
アルファのヤツ、何をそんなに驚いてんだ?
ちなみに、無事、進化させた後に食べたココル・プディングはとても美味しかった。




