57 闘技場の完成!
「どうだ? できたか?」
「ハイ、できマシた~」
「出来た、けど……ボク、もう、腱鞘炎になりそう……」
オメガのヤツがぐったりした様子で右手をふるふる振っている。
例の横長の瞳孔の瞳に一切光が無い。
しかし、魔力が尽きた、じゃなくて腱鞘炎とか言えるあたり、やっぱり、コイツ才能あるわ。
ネーヴェリクは慣れたものだが、オメガも初めてとは思えない完成度だ。
「オメガちゃんも、ここまで書けるなんてすごいデス」
「よーし、じゃ、ちょっと試運転してみるか」
「試運転……?」
オメガが不思議そうに首をかしげる。
俺は早速、結界を発動させた状態で、すぽぽぽぽ~ん、と四方八方に魔力弾を打ち込む。
だが、それらの力の塊は、結界に触れた瞬間、音も、衝撃も、何も立てずにすん、と消えた。
よしよし、成功だ。
しかし、オメガの方は、あの魔力弾にどれだけの力が有るのか、イマイチ実感がないのだろう。
少し眠そうなぼんやりとした顔で「おー……すごいね~」と、「とりあえず称賛しとこう感」満載で手を叩いている。
「オメガ、良かったらお前、あの闘技場の壁を殴ってみろよ」
「へ? ……うん。……あれ? んっ……んんっ!」
壁に近づこうとすると、まるで磁石の同じ極を近づけあった時のような反発を感じているのだろう。
壁の少し手前でじたばたともがくオメガ。
流石におかしいと気づいたのか、一旦、離れてから再度、壁にぶつかろうと駆け出すが、同じように空中で停止してしまう。
これが物理攻撃無効化の効果だ。
俺がその結界を解除すると、ごく自然に壁をぽこぽこと殴りつける事ができた。
「……すごいねぇ……」
今度はしみじみと呟くように壁を撫でていたから、実感できたのだろう。
と、その時、見慣れた姿が闘技場の観客席部分に現れた。
「旦那様、お食事をお持ちいたしました」
「おー! ベータ、悪いな、サンキュー……って、アルファやシスター・ウサミンもご一緒だったんですね」
今回は結構細かい作業の連続であるうえに、消費魔力量の多い日だったから、分身体を全部引っ込めて、俺本体が動いている。
そのため、自宅脇の診療所は休診日にさせてもらったのだ。
「あ、あの、カイトシェイド様、この辺に住んでいた貧民区の住人達は……? それに、この大きな舞台は一体……?」
「シスター・ウサミン様、旦那様はこの辺りの土地を買い上げ、新たな産業を発達させようと計画中なんです。」
「まぁ……!」
ベータの言葉に目を丸くするシスター・ウサミン。
「旦那様、旅芸人を取りまとめる『芸人旅団』とは連絡が取れました。それに、冒険者ギルドのギルド長からも手紙を預かっております」
「ああ、ありがとう、ベータ」
うん。その部分、実は、ほとんどベータの発案だけどな?
俺は「是非やっちゃってくださいベータさん!」と頷いたに過ぎない。
「貧民区の住人の皆さんも、このような娯楽施設があれば、このまわりで出店をだしたり、簡単な軽食の商売も可能でしょうから、今よりも活気づくのではないかと思いますよ」
「素敵です、カイトシェイド様……! 嗚呼、光の精霊スゴピカ様に感謝を……!」
何か、シスター・ウサミンが感激してうるうるしているが、とりあえず、ベータからの手紙を懐にしまい込む。
見れば、オメガとネーヴェリクの視線は三人が持って来てくれた弁当に注がれている。
二人もそれなりに疲れているのだろう。
「ダラしねぇなぁ、シャキッとしろよテメェら…」
「つーか、アルファ……お前、ちょっと良いか?」
俺は、アルファをこっそり皆から離すと、あちら側には聞こえないような小さな声で怒鳴る。
(お前、コアはどうしたんだよ!?)
(安心しろ、持って来てる)
ぽん、と俺の手の上に、今日はこれを守っておいてくれ、と頼んだはずのコアを乗せた。
……持って来ちゃったのかよ……まぁ、屋敷に置きっぱなしにして来られるより良いけど……
俺は、コアを大切に胸のポケットに仕舞う。
(何で、お前まで来ちゃったんだよ?)
(いや、だって、今日のメシはあのシスターが作ったんだぜ? ベータのヤツは他にも色々調整が有ったし……コレ、無いとテメェの腹心が困るだろ)
そう言って、俺に手渡してくれた水筒の中身は、献血で得た血液だ。
(あー、サンキュ、そういうことか)
……そうだった、コイツ、何気にこういう介護能力が高かったっけ。
「ホラ、弁当だとよ。テメェら、感謝して食えよ」
アルファは、皆の元へ戻ると、持ってきた弁当を手渡す。
「わぁ、ピクニックみたいデスねぇ……」
「そうだねぇ~」
ネーヴェリクとオメガが楽しそうに笑っているが、そろそろ日差しがきついので、観客席の日影側に移動して、昼食を取る事にした。
だが、その時、突如、空に暗雲が立ち込める。
「な、何だぁ?」
アルファの声に、一同の視線が空に浮かぶ一人の人影に集中する。
うわぁ、マジか……!
めっちゃギリギリだったんだな!
この闘技場やら結界やらの準備……!!
そう。この闘技場の真上に居たのは、あの魔王軍四天王が一人、魔竜王マドラ、その姿だった。




