55 【魔王side】そのころの魔王城⑤
――時はわずかに遡る。
ぐしゃっ! ぐしゃっ! ぐしゃっ!!
何度目か。
魔王・サタナスは、すでにズタボロになった堕天使の残骸を踏み潰す。
よりにもよって、あのカイトシェイドの方がシシオウより数倍も役立つ、とまでぬかしたのである。
「見下げはてたヤツめ……! 貴様など、四天王でもなんでもないわ」
苛立ちの余り、生きたままバラバラに引き千切り制裁を加えたやったが、それでもこの腸が燃えるよう怒りの炎は消えることがない。
そもそも、サタナスは、何を言っても僅かに不快そうに眉をよせるくらいで、飄々とマイペースに仕事をこなすあの小男が大嫌いだった。
先代魔王の孫、と言うだけで、ダンジョンの外ではたいした戦闘能力も無いくせに、先代の四天王達からは大いに可愛がられていた。
本来ならば、魔王の息子である自分の方が後継者に相応しいはずである。
母も純血の高位魔族の娘であり、攻撃・破壊スキルの数、魔力量共に他の追随を許さないレベルだ。
それが、先代魔王の血を引くとはいえ、タダの人間が産んだ出来損ないの半魔娘。
さらにその半魔娘と、どこの男とも知れない輩との間のガキが、カイトシェイドである。
比べられること自体が、身を焦がすような屈辱感を味わわされる思いだった。
そんな男を有能と評価したあの堕天使は万死に値する。
サタナスはもっとも古くから四天王として仕えているマドラを指名した。
「マドラ! 代わりはお前がやれ!」
と。
……一方、当のマドラは、カイトシェイドを探し出して連れ帰る、と計画したは良いが、具体的にヤツがどこに居るのか、一切分からないため、魔力反応の高そうな所を適当に飛び回っていた。
「ふーむ……カイトシェイドの奴め、どこに隠れた?」
マドラ自身、探索だの管理だのと言った細かい作業が苦手である自覚はある。
だが、その苦手を克服しよう、などという気はさらさら無い。
むしろ、そういう分野は別のヤツに任せて、自分はさらに力を追及すべきだ、と考えている節がある。
戦いの華は肉弾戦だ。純粋な力と力のぶつかり合い、そして、圧倒的なパワーで相手を叩き潰す。
それこそが戦いの醍醐味だ。
そんな時に、腕のウロコの下に埋め込んでいた魔道具から、複数ばら撒いた邪竜眼が『破壊された』ことを示す合図が届いた。
「ふむ? 珍しいこともあるな……?」
これはそれなりの力がある者でないかぎり、簡単に壊せるような代物では無いのだ。
誰だかわからないが、それでもこれが壊せるということは、一定以上の強さがある証拠である。
マドラは、カイトシェイドの探索中ということを忘れてペロリと唇を舐める。
その唇の形は三日月のような弧を描いており、もし、その姿を見る者が有れば、明らかに彼は楽し気に興奮しているのが見て取れただろう。
「ふむ……コイツは、ハポネスの街付近の輩に預けたものか」
誰に渡したのか、もはや記憶の片隅にも無いが、これだけの遠距離だ。
そんな地の果てに高位魔族が居るはずがない。
たぶん、そこそこ見どころのある人間か亜人辺りに渡したものだろう。
あえて問題をあげるとするなら、ここからハポネスの辺りまではかなり距離がある点だろうか。
往復にはそれなりに時間がかかってしまう。
魔王城の方は、多少トラブルがあったところで、不祥事はシシオウに擦り付けるようになっているし、カイトシェイドさえ捕らえて連れ帰れば、ヤツがひーひー言いながら原状復帰をするはずだ。
「そう考えると、少しぐらい荒れていた方が良いか?」
彼は、都合のよい言い訳を自分自身に対してかける。
要は、興味が湧いたから魔竜眼を壊したヤツと戦ってみたいのだ。
「ふっ、よかろう。少しばかり、揉んでやるとするか」
その選択が、人生の大きな岐路となることを、彼はまだ知らない。