40【冒険者side】ボーギルとカシコ
「ボーギル、それ、ホントなの?」
「ああ、間違いない。あのカイトシェイドの旦那さん……俺の【鑑定眼】が効かなかった」
俺は、隣を歩く賢者のカシコの言葉に大きく頷く。
【鑑定眼】は、自分よりレベルの低い相手であれば、名前や種族はもちろん、ステイタスからスキルまで見抜くことができるという便利な代物だ。
この瞳で力量を見抜けなかった人間は久しぶりだ。
「それはすごいわね。ボーギルはこの街でも五本の指に入るほど高レベルなのに」
「俺より高レベル賢者のカシコ様が何を言ってやがるんだか」
俺は淡い水色髪のエルフ少女を指で小突く。
「あら? そこは、このアタシが副ギルド長をやってあげてる事に感謝すべきじゃないかしら? ……で、そんな得体の知れない人の家の庭に、このダンジョン……ね」
俺とカシコは、最近ギルドでも話題になっている初心者ダンジョンにこうして潜っている。
すでに最下層の地下5階まで到達したが、確かに、このダンジョンは不思議だ。
普通、ダンジョンと言えば、命を落としかねないような危険な罠が当たり前。
それが常識なはずなのに、ここの落とし穴は、何故か、底に水が溜まっていることが多い。
まるで『落下時のダメージを軽減してあげようね』という気遣いを受けているようだ。
本来、水が多いダンジョンと言うのは、俗に水精霊系と呼ばれ、最低でも『水中呼吸』の呪文を習得していないと先に進めないような作りをしていることが多いのだ。
もちろん、それに準じて、魔物もボーン・フィッシュやギルマン、スライムと言った水属性の魔物が多く生息している。
だが、このダンジョンの場合、徘徊している魔物は、近くの黒の森と大差無い。
唯一の水系モンスターは、クリーン・スライムだけだ。
クリーン・スライムは、ほとんど人に害を及ぼさない。衣類や食器類の汚れだけを食べるスライムとして、稀に貴族の館などで大切に保護され、飼育されている事がある。モンスターの中でも数少ない『有益種』だ。
これを生け捕りにして売るだけでかなりの金額になる。
これがこんなに大量に生息しているダンジョンなど……国内でもここだけだ。
「これは、まるで……初心者に『遊んで行ってください』と言わんばかりのラインナップよね」
「ああ。3階にあった『謎解き扉』だって間違いようが無かったしなぁ……」
俺は扉に書かれていた文字をメモして来た手帳を覗き込む。
そこには古代魔法文字で『3足す7の答えと/5足す7の答えの/大きいほうの答えの数字を/2で割った数の分だけ/ドラゴンの紋章の頭をノックしろ』と書かれていたのだ。
「そうね。むしろ表記方法と内容のギャップの方に驚いたわ」
カシコはここに来る途中に倒した黒鞭蛇の皮をくるくると振り回しながら答えた。
この黒鞭蛇がここで唯一、その毒により人の命を奪えるレベルのモンスターだ。
「……おっと、【鑑定眼】によると、ここに隠し扉があるな」
「そうね。アタシのサーチにも反応してるわ。じゃ、そこが最後の部屋?」
「『瞬間移動魔法陣』が有ればそうなる」
俺は、隠し扉の隙間に細い針金と鉄の薄い板をつっこむ。
一見、隠れている鍵部分の留め金を外せば……
その扉は、するりと開いた。




