37 ゴブリンと話そう!
「よーし、一旦水抜きしたから、『分身体』を使って一気に書くかー」
あー、何か、懐かしいな~……この地味な作業。
俺は、魔王城に居た頃にくらべると、凄く簡易的になっている魔法文字をサクサクと書き込んで行く。
この程度の作業量は朝飯前だ。
「さて、書けたな。じゃ、水を戻すか」
俺はダンジョン・クリエイトで落とし穴にしっかりと水を戻した。
これで、見た目的には、以前の地下5階最奥部屋と変わりがないが、ルートは6階に繋がることになる。
俺は、一仕事終えると、6階、7階に住み込んでくれたゴブリンたちの元へと『ダンジョン内瞬間移動』を発動させた。
「これは、主様、我々にこのような過分なご配慮を賜り感謝申し上げます。我が名はゴブリン・ロードのゴブローと申します」
一族の長らしきゴブリン・ロードが俺の前へ進み出て跪く。
「いや、気にするな。俺の方こそ、このダンジョンの住人になってくれて感謝する」
俺は、ゴブローさんを目の前の椅子に座るように勧める。
ここはダンジョン6階の、俗にいう『バックヤード』に当たる部分の会議室だ。
ダンジョンには、「侵入者」も「住人」も通れるルートと、「住人」のみの行き来ができる『バックヤード』の2種類がある。
ここに住み込んでくれているゴブリン達は、強さでいうと、最強クラスのゴブローさんでも、精々中級魔族よりちょい上程度。
あのボーギル殿のような強者が、群れを成して襲いかかってきた場合、全滅の憂き目を見ることは明らか。
それでなくとも、せめて、大切な女子供は安全地帯で守りたい、と思うのは魔族でも共通の認識だ。
だが、成長し、戦いを欲する戦士たちについてはその限りではない。
むしろ、強敵との命の鍔迫り合いこそ生きがい、みたいな血気盛んなヤツが多いのもゴブリン族の特徴だ。
そこで、彼等へ提示する住環境は「安全に女を守り子供を育てることが出来るバックヤード」と「腕試しをいつでもできるダンジョン内回廊」の二つだ。
「……一応、基本的な環境は整えたつもりだが、これを渡すのを忘れていた。スマンな」
俺は、時空袋から赤黒い塊のようなモノを取り出した。
「これは……まさか、魔肉サボテン!?」
魔肉サボテンとは、その名の通り魔肉で出来たサボテンのような生き物だ。
ダンジョン内に植えて置けば、ダンジョンの魔力を吸い取って勝手に成長する。
その肉は美味であり栄養価も豊富。
流石に、これ一つでゴブリン達全員の食糧には満たないが、いざという時、手元に飢えを凌ぐ為の食糧が確保されているのは精神的な安心感が違う。
「おぉ……こ、この御恩、このゴブロー、決して忘れません!」
「それで、これから数日の間にダンジョンは一旦完成する。これからは、人間の冒険者たちがやって来る事が有るだろう」
「そ奴らを血祭りにあげれば良いのですな?」
「うーん……そうだな、そこに関しての判断はお前たち自身に任せる」
流石に、殺戮こそが生きがいのゴブリン達に「冒険者を殺すな」とは言えない。
ま、6階の入り口に警告文でも書いておいてやるか。
『ここから先は命の保証はありません、進むなら自己判断で』的なヤツだ。
それを無視して殺されるようなら、あとは自業自得。
俺が知った事では無い。
「だが、強者に背を向けたからと言って恥ではない。俺にとってはお前たちの命の方が大切だと心得よ」
「は! 勿体ないお言葉でございます」
「それと、黒の森で狩りをするのは構わないが、森では人間を襲わないように心掛けてくれ」
「はぁ……? それは問題ありませんが、何故でしょうか?」
ゴブローさんの疑問はよく分かる。
「この街の人間達は基本的に俺のものだ」
このゴブリン達も人間達も大事なダンジョン・ポイントを生み出す大切な生き物たちである。
だが流石に、この街と森の両方を一気にダンジョン・エリア化するだけのポイントは溜まっていない。
それが……何が悲しゅうて、ダンジョン・エリア外でお互い潰し合わねばならないのか……!
死ぬならウチで! うちの敷地内で!!
これはもう、生きとし生けるものの合言葉にして欲しいくらいである。俺としては。
同じ殺戮なら、ここまでやって来た不注意な冒険者で済ませて欲しいのだ。




