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21 【奴隷side】執事・ベータ氏曰く


 我々の主、カイトシェイド様は底が知れない。


 ここでの私の名は『ベータ』

 奴隷になる前の名前は既にはく奪されているので、元の名前を名乗る事は出来ない。


 しかし、私も元は由緒正しい貴族家に仕える名門執事の出だ。

 元の主は、大変慈悲深く、純粋で、純朴で、他人の善意を常に信じ……そして、人の悪意に気づけない愚かな人だった。


 最後の最後まで、己の命を奪う原因になったはずの悪党の事を心配しながら息を引き取った。


 私がその悪党を毒殺したことに後悔は一切無い。

 それは、犯罪者の刻印を刻まれ、奴隷に落とされてからも変わりは無かった。


 元より、主に仕えることを優先するあまり、家族は持たなかった私だ。

 唯一の心残りは、元・主の墓にもう花を手向けられないことだろうか……我ながらつまらない人生だったものである。


 私は、完全に何もかもを諦めていた。

 そんな私を購入したい、と言い出した変人が今の主であるカイトシェイド様だ。

 私だけではない。

 他にも、病気だったり、大怪我をしていたり……同じ犯罪者だったり……


 そんな者達を一度に14人も買い入れたのである。


 正直、私には……いや、買われた者の誰もが、一体どんな目的で彼が奴隷を買い集めているのか分からなかった。

 常識で考えたら、自分達のような『不良在庫』の行く先は実験奴隷一択だ。


 それが屋敷に運び入れられるなり、かの人は「お前たちを治療しよう」と宣言したのだ。

 当然、その言葉を誰もが信じられなかったに違いない。


 だがカイトシェイド様は、その凄まじい魔法力で病魔に侵された者達の治癒のみならず、欠損した肉体の再生までやってのけたのだ!!


 それも、一気に14人を、である。


 まるで中央神殿の大神官様や聖女様のような凄まじい『回復魔法』である。


 しかも、そんな神の御使いの如き聖人が「私にはお前たちが必要だ」と慈愛の眼差しで仰っていただけたのだ。


 私は、カイトシェイド様の中に、慈悲深く素朴で純粋で……そして、人の悪意を知らない無垢な魂を見た。

 まるで以前の主が生まれ変わって、私を迎えに来てくれたかのように。

 

 そうだ! 前の主が、私をカイトシェイド様の元へと導いてくださったのだ!

 そうとしか考えられない。


『私の代わりに、世間知らずな彼に誠心誠意、仕えてあげておくれ、セバスチャン……』


 亡くなった前の主の声が聞こえたような気がして、年甲斐も無く目頭が熱くなった。

 だが、私の忠誠心をあっさりと掌握してしまったカイトシェイド様の器は、そんなものではなかったのだ。 


 カイトシェイド様は「この辺りの出身ではない」と仰っていたので、少し事情を尋ねたところ……実に気さくに話してくださった。


 「あー……そうだな、俺とネーヴェリクは、とある王国で王に仕えていたんだが、現王より『無能』の烙印を押されてな? そのまま国内に留まるには命の危険があったから、その国から逃げ出して来たんだ」


 ……とのこと。


「でも、本当は違うんじゃない?」「そうよね、あんなスゴイ『回復魔法』を行使できる方が無能?」「うちのご主人様が『無能』なら『有能な人間』なんてこの世に誰一人いないよ」「本当は王子様だったりして……だって、気品があるわよ?」「第一王子では無いのに有能すぎるから、お家騒動を避けたってことか?」「……まさか……だって、王子様が荷馬車を自ら牽く?」


 共に購入してもらった仲間達も、カイトシェイド様の話は単に完全に本当のことは話せないだけ、と感じたようだ。


 確かに、カイトシェイド様やネーヴェリク様は、その物腰や姿勢、食事の際の食器の扱いなどを見るに明らかに上流階級のお生まれであることに間違いは無い。


 それに、日常的に温かいお湯を豊富に使う入浴を好むところも、金銭に対する執着の弱さも、そういったものに対して苦労をしたことが無い人間特有の思考回路だ。


 その反面、我々奴隷と全く同じ食事を共に取り、労働者に交じって労働し、荷馬車を牽くことすら厭わないのは、少々……私の理解の範疇を超えている。

 そのうえ、私のような元犯罪者の言葉を素直に聞き入れていただけている。

 これは決して主を悪く言うわけではない。


 こんなに器の大きい人間が『タダの貴族』である、というのがにわかに信じがたいだけなのだ。

 

 さらには、先日、私の目の前で庭に畑を一瞬で創り上げてしまったのだ!!

 その様は、まるで大古の超魔法文明で失われた『創造魔法』を目の当たりにしているようだった。

 私の目や頭がおかしくなったのかと、何度、瞳を擦ったことか!


 恐らく、「元の国内に留まると命の危険がある」という部分は本当なのだろう。

 

 であれば、私にできることは一つだ。

 誠心誠意お仕えし、かの方へ危険が及びそうになったら、早急にお知らせし、対策を練ること。

 その為にも情報の収集は必須だ。


 幸い、カイトシェイド様より養蚕に関する全ての権限は私に委譲されているし、男性奴隷の半数は経験があるようだった。

 僅かとはいえ、シルーク売買のネットワークはカイトシェイド様のお役に立てるはず!


 カイトシェイド様はこの私に対し、ハポネスの情報や常識といった知識面の補佐を望んでいるのは明らかだ。


 私は、そのやりがいのある仕事に、喜びを噛みしめた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ベータの前の主は悪人じゃなかったのか なんか勘違いしてた
[一言] 執事と言えばセバスチャンですね
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