命は何処かで笑ってる
夕方ですがおはライノル
今回はほぼシリアスですので
お気をつけてお読みください
本日も読んでいただきありがとう
ございます。
それは簡単にクリア出来て報酬の良いクエストを発注してくれるNPCの下に向かっている途中だった。
俺達は15、6才の女の子が目から血を流し走るのを目にした。頬に赤い滝をつくり地面に赤い水滴で自ら辿った道筋を記していく少女は何か怪談の1ページを覗いている気分にさせられた。
「あの子危ない…」
耳に届いた邪神ちゃんの言葉に思考を回復させ、ゲームにこんなイベントがあるなんて情報は持っていない。何が起こっているか理解出来なかったがラスボスと邪神とバグってる奴がいるなら何かしらの助けになるだろう、とお節介をやき少女を追いかけた。
少女は走るのを止めない。どうやら目的地は無いようでデタラメなルートを必死に進んでいる。埒が明かない。これ以上周囲に奇異の目で見られるのも勘弁したい。
少女が民家と民家の間に入った所でアイテムボックスに放り込む。ログにフィリアと乾笑蛇の毒の入手を示す文字が流れる。赤い涙は毒のせいだったかと納得した。
渇笑蛇の毒、それは森の奥地に生息地がある浅瀬のエリアボス【渇き笑いのカラカラヘビ】のドロップアイテムだった筈だ。ここの世界観だと毒に神経毒だとか出血毒だののカテゴリーはなく、毒=HPに時間経過でダメージを与える異常状態という扱いだ。
渇笑蛇の毒ならばこの町の冒険者なら一時間もあれば殺しきる。何故毒を治療してくれる教会に行かずデタラメに走っていたのか理由が分からない。迷子という訳でもないだろう。何はともあれ話を聞いてみよう。
そう判断し、アイテムボックスから少女を排出した。少女は自分の状態を確認し、膝をついて今度は声もなく透明な涙を流し始めた。
「事情は分からないが、毒は抜けたぞ。」
「…嘘だ。兄さん…兄さんが死んだなんて嘘だ。あの場所に戻ればきっと…」
虚ろな目で少女は歩き始める。キャラメル色の髪をフラフラ揺らしながら進む。俺達の事など眼中にないのだろう。
邪神ちゃんが少女の肩を掴んで首を横にふった。
「望まれてない…」
無表情の中にゾッとするような何かが潜んでいる。少女は腰の抜けたようにその場に座り込んだ。
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少女から事情を聞いた。混乱の中で紡いだ言葉は辿々しく要約に時間がかかった。彼女の兄は少女を庇いカラカラヘビ左目に剣で一閃を入れた後、殺されてしまったらしい。浅瀬には滅多に出てこないモンスターだが絶対ではない。丸一日それを目的に探し回れば浅瀬でも見付けることは可能だ。
兄の振り返らずに走れという言葉のままに逃げだした彼女は足を止めて事実を再認識することを恐れて毒に犯される体をそのままに走り続けていたらしい。
「悪かったな、勝手に助けちまって」
心に燻る罪悪感、俺が起こなったのは人助けではなく事情を知らないお節介だ。命を救うという事は正しいとは限らず、彼女は兄のいない世界で生きていることになった。
「いえ、兄が死ぬことを望む筈ないのは分かっていたの…。その方が楽だから死を選ぶなんて…止めてくれてありがとう。」
彼女はそう言って懐から金銭を俺達に手渡そうとした。
「毒の治療代とお礼に。お金なんて詰まらないもので悪いわね。」
「礼はいらない。お節介は結果に自己満足出来ればいいんだ。」
手を出さずキザな台詞が口から出る。ただ後ろめたさに受け取れないだけだが、それを言っても彼女を困らせるだけだ。
「……本当にいらないんだ。」
受け取る気が一切ないことを悟った彼女が金銭をショルダーバックにしまう。彼女の目は依然として年頃の女性らしい輝きに戻らない。
「それじゃ、お礼も無しに悪いのだけど色々とやることがあるから。」
少女は足早にこの場から立ち去った。チロリとラスボス様の視線が俺を撫でる。
「どうするつもりです?彼女は左目が斬られた蛇の元に行くですよ?代わりに蛇を殺してあげるですか?それとも見殺しにするです?意図的かそうじゃないかは分からないですが、命を奪うことを避けてるですよね?」
「見殺しは何と言うか趣味じゃないな。」
ボックスに入れてはい終わりという甘いお話じゃない。彼女は蛇の死体を見るまで蛇を探し、いつの日か当然の如く運悪く死ぬ。カラカラヘビが森の奥地にいるモンスターだという事は森の近所にあるアウロラの住人なら知っているだろう。
森の奥地は蛇達のテリトリーだ。運良く生き残れたとしても、別の運の悪い日に殺されるのは火を見るより明らかだった。
だが、アイテムボックスというやろうと思えば誰も彼もを不幸に出来てしまう力がある以上、食べるという目的以外の殺し方はそれの一歩になりかねない。枷が外れて解き放たれるのはエゴの化物だ。
思考に囚われきる前に彼女の後ろ姿を追いかけた。
到着したのはボロボロの一軒家。随分と前に建てられたのか老朽化が酷かった。後をつける最中に彼女がこちらに気付くことは無かった。
「んー、ちょっと見付からない所から見張りたいから二人ともアイテムボックスに入っててもらっていい?ノアは毛玉か綿ボコリに見えるかもだけど、チャレンジしとく?」
「殺すです!ぜってぇ、てめぇを殺してやるです!再びの毛玉呼びに綿ボコリという最悪な蔑称!もはや生かしておけぬです!!」
「どうどう…落ち着いて…。アイテムボックスに入れちゃっていいよ…でも、進展があったら教えて…」
邪神ちゃんの許可を頂いたのでアイテムボックスへと二人を収納した。それから体を上と下から収納してギリギリ外が見られるだけの僅かな隙間を残し家を監視する。
この状態を誰かに見られたら都市伝説になること間違いなしだが、本当に目を凝らさないと見えないので人の気配を感じたら逃げれば問題ないだろう。
「殺す…絶対に兄さんの仇を取るんだ。」
見張りを続けていると時折そんな声が家の中から聞こえてきた。
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貧しくてお腹が減るような毎日だったけど、この家族のの下に産まれた事に感謝するくらいに大好きな日常だった。
そんな日常に戻れなくなったのは三年前、両親が共に病に倒れてしまった。母が死んだ数日後に父も追うように死んでいった。
とても悲しかったけれど生きていくことが難しくなってずっと泣いている事は出来なかった。兄は私を養うために冒険者になった。この選択以外に私達二人が生きていく様なお金を得ることは出来なかった。
私はどうにか頑張って小さなお店の従業員になった。ほとんど同情で雇ってもらえた様なものでお給料はほんの少しだった。そのお店の経営状態を見れば文句なんて言えなかった。
兄さんが命を懸けている間、私は閑古鳥の鳴くお店で掃除をしている。それに気づいたのは二年も経ってからだ。愚かとしか言い様がない。兄さんが何時も私の前では笑っていてくれたから気付くのが遅れたのかもしれない。いや、これはあまりに不様な言い訳か。
やがてそんな事実に堪えられなくなって私も冒険者になると兄に伝えた。兄は今まで見たことの無い顔で「止めてくれ…お願いだから」と沈んだ声で私を止めた。お腹の奥の方がグッと痛くなった。私は兄がどう止めようとこの痛みを絶えることは出来なかった。
遂に兄が折れたのは暫く経ってからだ。「俺と一緒に行ける時だけだ…お前は俺が家に帰す。」
私は兄が死ぬ時には一緒に死ぬつもりだった。もっと言ってしまえば私より先に兄を死なせるつもりは無かった。私が囮になってでも兄には家に帰ってもらい、私の為じゃない生き方をしてもらう気でいた。
喉をズタズタに引き裂いて嗚咽が漏れた。私はこんな恐ろしい事を兄にしようとしていたのか。自分の為に家族を見捨てさせようとしていたのか。
私は馬鹿だ。今すぐに死んでしまいたい。だけど、兄の命を奪った蛇の姿が頭から離れない。殺す、絶対にアイツを殺す。助けて貰った命だ。無駄にはしない。今出来るだけの準備をしてあの蛇が潜む森へと向かう。
シリアスなんて書くつもりは無かった筈です
武器とか防具とかRPG要素出してくぜぇ!
とか考えてた筈です。
ですが、こいつ武器使わないじゃん。
と、気付きましてね。防具は必要だけど
地味じゃんと、気付きましてね。
という訳で血の涙を流して疾走する
少女の話となりました。
気付いたのが遅れましたが、ブックマークして
くれた方がいらっしゃるんですね!
ありがとうございます!