8 現場検証
今にも泣き出すのではないかと思うほど顔を歪めている加山に、風太は慰めるような柔らかい笑顔を見せた。
「大丈夫ですよ、加山さん。先ほど応急処置はしましたから、今のところ危険はありません。すみませんが、時間が惜しいので、現場検証を始めましょう」
出入口の向こう側で聞いていた広崎が、風太に質問を投げた。
「ねえ、さっきから、時間が時間がって言うけど、オバケが出るのは夜じゃないの?」
オバケという言葉に加山がビクッと反応したのを見て、風太は「言い方が直接的過ぎるよ」と苦笑した。
「詳しく説明する暇はないけど、時間の経過による残留思念の薄まり方を調べたいんだ」加山に向かって「それでは、昨日の動きを再現していただけますか?」
「は、はあ」
覚悟を決めるように一つ深呼吸をすると、加山は出入口の手前まで歩いた。
「ラストオーダーの確認が終わって、ホールに戻ろうとした時、そこに」一番奥のテーブルを指して、ブルっと体を震わせ「お客さまが座っているのが見えました」
歩きだそうとした、加山を風太が止めた。
「すみませんが、そこで止まってください」
風太はショルダーバッグから小さく丸まった物を取り出した。巻き尺のようだ。
中途半端な体勢で立ち止まっている加山のところに行き、出入口からの距離、テーブルまでの距離、窓からの距離などを調べると、尻ポケットから出した手帳に書き込んだ。
「では、テーブルの前まで歩いてください。ただし、できれば昨日と同じ歩数でお願いします」
「え? あ、はい、わかりました」
加山はぎこちなく手足を動かし、テーブルの前まで歩いた。それだけで、汗びっしょりになっている。
「はい、そこで止まって」
また、細かく距離を測ると、「昨日と同じ角度でお辞儀をしてください」と注文を付ける。
加山はグッと頭を下げた。
「こ、これくらいだと思います」
「そのまま、そのまま」
風太はメジャーをバッグにしまうと、代わりに大きな分度器を出して、加山のお辞儀の角度を、あらゆる方向から測った。
それらの数字をメモし終わると、頭を下げ続けている加山に「ありがとうございました。もうお仕事に戻られていいですよ」と告げた。
「はあ、もういいんですか?」
色々聞かれるだろうと覚悟していたらしい加山は、拍子抜けしたよう顔になったが、風太の気が変わらぬうちにと、そそくさと行こうとした。そこに追い討ちをかけるように「ああ、そうだ、夜もお願いしますね」と念を押され、ガックリ肩を落として出て行った。
加山の動揺を気にするふうもなく、風太は手帳に書き込んだ数字を熱心に眺めていたが、「なるほどなあ」と呟いた。
何が何だかわからず、質問することも忘れている伊藤の代わりに、広崎がまた尋ねた。
「ねえねえ、風太、オバケのことを加山マネージャーに訊かなくて、良かったの?」
またしても直接的な質問に、風太は苦笑した。
「それは重大なことじゃないんだよ。相手は何かメッセージを伝えたかった。でも、それがわかってもらえず、怒って脅かしたんだ。その脅しがどんな内容だったかは、関係ない。問題はメッセージの方さ。うーん、一度、部屋に戻って考えるかな。そうだ、伊藤さん」
ますますわからないといった顔をして二人の会話を聞いていた伊藤は、いきなり呼ばれて、ビクッとなった。
「あ、はい?」
「この店のメニューを一部貸していただけませんか?」
「わかりました、準備します」
出入口から出て行った伊藤の代わりに、広崎が入って来た。
「あれ、さっきほど寒くないや」
「それだけ薄まったのさ。それより、ぼくの泊まった部屋って、延長できるかい?」
「もちろんできるけど、何するの?」
風太はニヤリと笑った。
「ほむら丸を呼び戻すのさ」