7 残留思念
一瞬真顔になりかけた市川は、苦笑した。
「おいおい、おれのマネをするなよ」
「違います、ウソじゃありません」
暗に自分がウソつき呼ばわりされていることにも気づかず、市川は不安そうな顔になった。
「本当に見たのかい?」
相原は怯える様子もなく、キッパリとうなずいた。
「昨夜は少し早くあがらせてもらったので、深夜まで開いてるレンタル店でDVDでも借りようと思って、裏口を出てから表通りの方に回りました。つい習慣で、外から店内の様子を覗いたんですけど、普段なら遅い時間にはお客さまを入れないはずの奥の席に人が座っているのが見えたんです。コンドルズの野球帽を被った若い男の子でした」
「あ、コンドルズと言えばさ」
市川の話が横道に逸れかけた時、四~五人のゲストが来たため、相原はその案内に行ってしまった。
一方、風太たちは、サラダバーより奥側を塞いでいる間仕切りの前に来た。仕切りが目立たぬよう、背の高い観葉植物で隠されている。
「こちらから中を通って行きましょう」
伊藤はサラダバー手前の出入口から先に入って行った。
風太、広崎と続き、躊躇っていた加山も、諦めたように溜め息をついて中に入った。
入ってすぐに、店舗と平行にパントリー(=配膳の準備などをする場所)とデシャップ(=料理が出て来るカウンター、ディッシュ・アップが訛った言葉)があり、その奥が厨房である。
一行は、デシャップ前の狭い通路を通り抜け、奥側の出入口からホールに出た。
「すみません。暗いでしょう」伊藤が申し訳なさそうに言う。
外から覗かれないよう、道路に面した窓側には遮光カーテンが引かれ、照明も必要最小限に絞られているのだ。
「なんだか、ちょっと寒いですね」
広崎がブルっと体を震わせたのを見て、風太は感心したように「へえー」と声をあげた。
「慈典って、霊感があるんだね」
「え、え、どういう意味?」
「魔界の存在にも色々あるけど、自前のエネルギーを持たない存在、すなわち、陰の魔物たちは、こちら側に越境するとき、周囲のエネルギーを奪うんだ。簡単に言うと、気温が下がる。それが、ゾッとする、ということなんだけど、今は本体がいないようだから、温度は下がっていない。にもかかわらず、慈典が寒く感じるのは、残留思念に反応しているからさ」
「じゃあ、風太も寒いの?」
「全然。ぼくには霊感がないからね」
「ええっ、どうしてさ」
「必要がない、というより、あってはいけないんだよ。慈典だったら、花粉症の人に杉の木の伐採を頼むかい?」
「でも、それじゃ、どうやって調べるの?」
風太はニヤリと笑った。
「そのための知識と技術を持ってるさ。それに、優秀なアシスタントもいるしね」
そう言いながら、ショルダーバッグをポンポンと叩いた。
「なるほど」
「とにかく、そういうことだから慈典は厨房の方に戻った方がいい」
「わかったよ」
幾分ホッとしたように出入口に戻る広崎を見て、加山は訴えるような目で風太の様子を窺った。
風太は、キュッと口角を上げて笑った。
「ああ、加山さんはごめんなさい。もうしばらく中に居てください」
ガックリ肩を落とした加山を、伊藤が「もう少しの辛抱だから」と慰めた。
だが、追い討ちをかけるように、風太が「加山さん、今日は何時までの勤務ですか?」と訊いた。
「は、はあ、二十二時半、あ、いや、午後十時半ですが」
風太は飛び切りの笑顔になった。
「良かった。昨夜と同じ時間に、もう一度現場検証にお付き合いくださいね」