6 調査開始
「やだなあ、あんまり脅かさないでよ」
少し震えながら笑う広崎に、風太もニッと笑い返した。
「うん、それでいい。なんかヤバイな、と感じたら、とりあえず笑うことだよ。笑顔というのは一番基本的な防御法なんだ」
「防御って?」
「魔界の存在に対して、のさ。仏像って、ほとんど笑顔だろう。あれは、そういう意味もあるんだよ」
広崎が笑顔を凍らせていると、倒れたままのパペットから声がした。
「心配めさるな。今回の件は、時間と場所が限定されておる。今の時間なら、恐らく差し障りありませぬよ」
パペットの存在を忘れていたらしい伊藤がビクッと身を引いたが、広崎は別のことに気づき、「あれっ」と声を上げた。
「風太、今のは、もしかして」
「ああ、腹話術だよ」
広崎は、風太の口が微かに動くのを見たらしい。
「なんだあ、それじゃ、さっきの一幕は全部?」
風太は苦笑した。
「違うよ、フェイクじゃない。ぼく程度のマジックの腕じゃ無理さ。ほむら丸を一旦魔界に帰してしまったから、思念だけをこちらに送って来たんだ。でも、それじゃあ慈典に聞こえないだろうから、声をマネして通訳したんだよ」
「式神をこっちの世界に戻せないの?」
「もちろん戻せるさ。だけど、ちょっとした儀式が必要だから、今は時間が惜しいんだ」
風太はテーブルの上のパペットをバッグにしまうと、伊藤に「さあ、行きましょうか」と声をかけた。
三人がエレベーターで一階に降りると、伊藤が先頭に立ってコーヒーラウンジの入口に向かった。
「厨房の方からも入れるのですが、先に加山にお引き合わせしたいので」
一方の加山は、伊藤と広崎に連れられて来るアフロヘアーの若い男を、訝しそうに見ていた。
「加山くん、お疲れさま」
「お疲れさまです、伊藤課長。ええと、そちらのお客さまは?」
言葉遣いは丁寧だが、加山の表情は警戒心の塊のようになっている。
「こちらが、広崎くんの紹介してくれた、半井せん、あい、いや、半井さんだ」
さすがに、風太さん、とは言い辛いようだ。
「半井風太です。よろしく」
ニッコリ笑いながら、風太は左手を差し出した。
(あれ? 風太ってサウスポーだったっけ?)と広崎は不審に思った。
一方の加山は、戸惑いながらも何か理由があるのだろうと、自分も左手を出して握手した。
「ああっ!」
加山は、何か熱いものに触れたように叫んで手を離し、すぐに「し、失礼しました」と風太に謝った。
風太は笑顔で首を振った。
「いえ、こちらこそ失礼しました。今度は、こちらで」
そう言うと、右手を差し出した。
怯えた表情の加山は助けを求めるように伊藤を見たが、逆に「いいから」と促され、渋々風太の右手と握手した。
今度は何ともなかったらしく、加山はホッとしたように手を離した。
「そ、それでは、中を案内させていただきます」
幸いゲストの少ない時間帯で、妙な取り合わせの四人が入って行っても、好奇の目で見ているのは従業員だけである。
昨夜と同じように入口近くに立っていた相原は、市川に尋ねた。
「フロントの広崎さんと一緒にいるアフロの人は何者ですか?」
「さあね。加山マネージャーがオバケを見たって言うから、お祓いの人を呼ぶって話だったけど、そうは見えないなあ」
「えっ、オバケが出たんですか?」
市川は嬉しそうに、ニヤリと笑った。
「それがさ、野球帽を被った高校生のオバケだってさ。笑うだろ?」
しかし、相原は笑わなかった。
「その人なら、わたしも見たかもしれません」