5 交渉成立
パペットが堂本の方に向きを変えると、さらに炎が大きくなった。
「先ほどより黙って聞いておれば、若に向かって無礼千万! 半井流傀儡術第十八代宗家、風太夫定理さまの御前であるぞ!」
しかし、これには風太の方が苦笑して手を振った。
「よしてくれ、ほむら丸。恥ずかしいじゃないか。それより、こんな場所で鬼火を燃やしちゃいけないよ。強制送還だ」
そう告げると、風太は、パンパンと柏手を打った。
その刹那、青白い炎が消え、パペットもその場にパタリと倒れた。普通の炎ではなかったらしく、パペットの細い髪の毛すら燃えていない。
これもマジックの続きなのかと広崎が尋ねる前に、堂本が口を開いた。
「今のは、式神か?」
意外な質問に広崎も伊藤も驚いて堂本の顔を見た。先ほどまでの苛立ちが消え、冷静な表情になっている。
風太はまたニッと笑い、「よくご存じですね」と言った。
「ふむ。以前、斎条先生に一度だけ見せてもらったことがある。いいだろう。この件を任せよう。ただし」堂本はニヤリとズルそうな笑みを浮かべ「報酬は、成功した場合のみだ。いいな」
「かまいませんよ」風太もアルカイックスマイルで応えた。
「後の段取りは伊藤と話してくれ」伊藤に向かい「後は頼んだぞ。明日、結果だけ知らせてくれれば、それでいい。わしは忙しいんだ」
それだけ言うと、堂本はさっさと席を立ってしまった。
堂本が応接室を出ると、伊藤は額の汗を拭きながら、広崎に「きみも座りたまえ」と声をかけた。
広崎が自分の横に座るのを待って、伊藤は風太に頭を下げた。
「どうも失礼しました。わたしから伝えるより、直接総支配人に会っていただいた方が、話が早いと思いましたので」
風太は笑いながら手を振り、「どうぞ、お顔をお上げください。それで良かったと思いますよ」と応えた。
「ありがとうございます」
広崎は好奇心を抑えきれぬように、すぐに割り込んできた。
「ねえねえ、風太。シキガミって何さ?」
「簡単に言えば、魔界に関するアシスタントだね。一般的には、陰陽師が使役する魔物として知られている。斎条流のことは良くは知らないけど、確か陰陽道の流れを汲む一派で、式神をよく使うと聞いている。まあ、ぼくとほむら丸の場合は、もっと親しい関係だけど」
「風太がやってるのは、オンミョウなんとかとは違うの?」
「陰陽師というのは、そもそもはお役人さ。庶民が、こういう類いの頼み事をするには敷居が高い。一方、傀儡師というのは、元々漂泊の民で、あらゆる芸能の祖と言われている。詳しいことはいずれ説明するけど、古来から人形を魔界の依代として使う業があったらしい。そのため、いつの頃からか、魔界の存在が絡む現象に庶民が巻き込まれた際には、ぼくらの方にお鉢が回って来るようになったそうだ」
「ふーん、でも、風太がそういう家の子だって、知らなかったな」
「だって、誰にも言ってないし、言っても信じてはくれないさ。それに、ぼくも後を継ぐ気なんかなかった。でも」
風太は、ちょっと首を振り「脱線し過ぎだな」と笑い、伊藤の方を見た。
「それより、そうと決まれば、早速仕事を始めましょう。伊藤さん、とりあえず、現場を見せていただけませんか?」
「かしこまりました。ついでに、加山も呼びましょうか?」
「ああ、そうしていただくと、助かります」
今にも席を立ちそうな二人に、慌てて広崎が、「おれ、あ、いや、自分もいいですか、伊藤課長?」と訊いた。
「わたしの方はかまわんが、フロントの仕事はいいのか?」
「はい、今日は夜勤明けなので」
すると、横で聞いていた風太が、真面目な顔で広崎に告げた。
「慈典、寝不足なのか。それだと、ちょっと危険だな。魔物に憑かれる惧れがある」