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2 不機嫌な依頼人

 その翌日の、午後三時を少し過ぎた頃。

 四十代ぐらいのせた男が、何度も溜め息をつきながら、同じホテルの中にある『総支配人室』と書かれたドアの前に立っていた。薄くなった髪の毛を手櫛てぐしで整えると、ためらいがちに小さくノックした。

「総支配人、伊藤です」

 すると中から、いかにも不機嫌そうな声で「ああ、今行く」と声がした。

 部屋から出てきたのは、痩せた男より年配の、でっぷりと太った男だった。眉間みけんにシワを寄せ、下唇を突き出し、不愉快ふゆかいたまらないという顔だ。

 痩せた男は頭を下げ、「すみません。応接室の方へ、お願いします」とかすれた声をしぼり出した。

 二人は同じフロアにある、『来賓応接室』との表示がある部屋に入った。

 十畳ぐらいある広い部屋の中央には、高価そうなテーブルが一台置いてある。天板は本物の大理石をみがき上げたもののようだ。その手前と奥に二脚ずつ、ゆったりしたひじ掛け付きの、革張かわばりの椅子いすがあった。

 その奥側の椅子に、二人は並んで座った。

「大丈夫なのか、そんな素人しろうとに任せて」

 太った男は、横柄おうへいな態度で、伊藤という痩せた男にたずねた。

「いえ、素人というわけではないようです。フロントの広崎くんの知り合いとかで」

 伊藤は神経質そうにハンカチで額の汗をぬぐいながら、そう答えた。

 その時ノックの音がし、「広崎です」という声が聞こえてきた。

「ああ、どうぞ入ってくれ」幾分いくぶんホッとしたように、伊藤が応えた。

「失礼します」

 入って来たのは、黒のジャケットにグレイのしまズボンの制服を着た二十代半ばぐらいの男と、もう一人、場違いにラフな格好をした若い男だった。

 その男は、白っぽいトレーナーにデニムのオーバーオールという組み合わせに、布製のショルダーバッグを肩にかけている。

 風太であった。

 先に待っていた二人の視線は、風太の髪型に釘付けになっていた。本来の頭の大きさの倍ぐらいにふくらんだアフロヘアーである。横に立っている制服の男のキチンと分け目の入った頭髪との対比で、余計よけい際立きわだって見える。

 太った男はあからさまにまゆをひそめ、(何なんだこいつは)という表情で、隣に座っている伊藤の方をジロリとにらんだ。

 伊藤はますますせわしなく額の汗をハンカチでふき、二人に座るようにうながした。

 風太は太った男の真正面ましょうめんに座り、口角こうかくをキュッと上げて笑った。

 風太が慈典と呼んでいたフロントクラークは、ひどく緊張した様子で横に立ったまま、太った男に風太を紹介した。

「堂本総支配人、彼があらかじめ伊藤課長にお話していた半井なからいです」

 紹介され、風太はポケットから出した名刺を直接テーブルの上に置いた。

【マジックパペットショーPPM ピーター半井】

 総支配人の堂本は、名刺の渡し方も知らないらしい相手に、怒るというよりあきれた顔になった。しかたなく、テーブルの上から名刺をまみ上げ、胡散うさん臭そうにちょっとながめると、そのまま伊藤に渡した。

 名刺を渡された伊藤こそ、いい迷惑である。黙っているわけにもいかず、名刺を見ながら風太に話しかけた。

「レストラン統括課長の伊藤と申します。いきなりこんなことを申し上げるのは失礼かとは思いますが、本業は芸人さん、ですか? ええと、念の為、お尋ねしますが、おはらいをしていただけるんですよね?」

「いいえ。お祓いは、しませんよ」アルカイックスマイルのまま、あっさりと拒否した。

 絶句してしまった伊藤を無視し、堂本はずっと横に立っている広崎に指を突き付けた。

「広崎くん、一体どういうつもりだね! いつもお祓いをお願いしている斎条さいじょう先生が海外旅行、あ、いや、海外視察でご不在中だから、わりにお祓いのできる人間を見つけてきてくれた、という話じゃなかったのかね!」

「いえ、あの、総支配人、説明がりず、申し訳ありません。しかし、違う形の解決方法があるそうなので、ええっと」

 うまく説明できず、広崎は目を泳がせている。

「ぼくから、お話ししましょう」

 その場の険悪けんあくな空気を気にする様子もなく、風太が笑顔で割り込んできた。

「実は、もう一種類名刺を持ってるので、そちらを出すべきでした」

 別のポケットから出された名刺は、また直接テーブルに置かれた。

【傀儡師 半井風太】

 伊藤は、完全にそっぽを向いてしまった堂本を気にしながら、仕方なさそうに名刺を取り上げ、義務的な口調くちょうで「何師と読むのでしょうか、ええと、半井先生?」と尋ねた。

「『くぐつ』と読みます。『かいらい』とも読みますが、まあ、いずれにしろ、あやつり人形のことですね。それから、ぼくの名前ですが、良ければ風太と呼んでください。ピーターでも構いませんが」

 そう言うと、風太は自分でウケて笑った。

 伊藤すら黙り込んでしまったため、じっとしていられず、広崎が説明を買って出た。

「風太、あ、いえ、半井とは東京で同じ大学にかよっていたのですが、卒業後、彼は就職せず、フリーの芸人になったんです。でも、なかなか売れず、仕事があるなら日本中どこでも行くんだ、と言っていました。総支配人もご存知のように、来月うちの社員会が主催するファミリー感謝祭がありますよね。その時の余興よきょうを半井に頼もうということになって、打ち合わせのため昨日からうちに泊まってもらっていました。ところが、昨夜の事件のことを耳にして、以前、風太と電話で近況を話し合った時のことを思い出したんです。芸人だけでは生活できないので、何か、ゴーストバスターズのような副業をしていると」

 少しでも風太をとりなそうと努力している広崎の話を、本人がさえぎった。

「いや、それはかなり違うね」

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