24 謎解きは夜食の前に(1)
畑中は笑顔で、「立ち話も何ですから、座りませんか?」と続け、手近な四名掛けのテーブルを示した。
「そうですね」
風太が手前に座り、畑中がその向かい側に座ると、広崎は自分がどちら側に座るべきか一瞬迷ったが、結局風太の横にした。
伊藤が気を利かせ、「相原くん、何かお飲み物をご用意して」と頼み、「すみませんが、わたしは一旦オフィスに戻らせていただきます」と告げた。
「ああ、どうぞお気遣いなく」と風太は遠慮したが、相原は、サッとオレンジジュースを三人に出した。
そのついでに、奥のテーブルの手つかずのサンドウィッチを下げようとした相原に、風太は「ああ、それはこっちに持って来てください」と言った。
「え、お食べになりますか? だったら、厨房に新しいものを頼みましょうか?」
「あ、いえ、ちょっと確認したいだけなので。それに、ラストオーダーはもう終わったんでしょう?」
「そうですね。じゃあ、どうぞ。申し訳ありませんが、わたしもこれで現場に戻りますので」
相原が置いていったサンドウィッチを、風太は広崎に「一口食べてみないか」と勧めた。
「え? おれが?」
「だって、ぼくだと証明にならないからね」
首を傾げながらもサンドウィッチを一口頬張った広崎は、「あれっ?」と声を上げた。
「どう?」
「ほとんど味がしないよ」
風太は満足げに頷き、「良かった。彼がちゃんと食べてくれたんだ。慈典はもう食べなくていいよ」と笑った。
「何だよ、おれはモルモットかよ」
二人のやり取りが終わったと見て、畑中が苦笑しながら「いいかしら?」と訊いた。
「ああ、すみません、話の腰を折ってしまって」
「それでは、改めて、伯父のメッセージをお伝えしますわ」
畑中は、ポケットからメモ帳を出した。
「そのまま読ませていただきますね。『留守中、世話をお掛けした。貴殿がどのような手法をとられるにせよ、帰国後改めて全館を浄め、二度と魔が差さぬようにする所存である。いずれにせよ、一先ず感謝する』とのことです。すみませんね、本当に偉そうな言い方でしょう? 代わりにお詫びしますわ」
畑中は頭を下げた。
「いえいえ、構いません。ぼくなんか、まだ駆け出しですから。斎条流の大家とは比較になりません」
「わたくしはまったくの門外漢で、伯父のやっていることも良くはわからないのですが、風太さんたちのやり方がとても変わっていると申しておりましたわ。何でも、数学を使うとか?」
風太は苦笑した。
「数学というより数式ですね。じっちゃ、あ、いえ、祖父の観太夫定義が始めたことで、要は、呪文の節約です」
「節約?」
「例えば、一番有名な数式と言われる、E=mc² を言葉で説明すると大変ですよね。祖父は、逆に長文の呪文を数式に置き換えたんです」
風太の横でポリポリ体を掻き始めた広崎を訝しげに見ながらも、畑中は話を続けた。
「それで、幽霊は退治されたのですか?」
風太はアルカイックスマイルを浮かべた。
「いえ、退治ではなく、納得の上で去ってもらいました。それに、幽霊の黒幕も一緒にです」
「黒幕?」
「いわゆる、河童でした」
横で聞いていた広崎が口を挟んできた。
「でも、どうして幽霊だけじゃなくて、後ろに河童がついているって、わかったんだい?」
「調べたからさ」
「式神が、ってこと?」
「いや、ネットで、溺れた高校生の記事を調べたとき、ちょっと疑問に思ってググってみたんだ」
畑中が「どういうことでしょう?」と尋ねたので、風太は水死した高校生の話をした。
「まあ、可哀想に」
畑中は手を合わせ、目を閉じた。
風太は、畑中が目を開けるのを待って、話を続けた。
「確かに気の毒ですが、食べたかったものや会いたかった人が心残りになった、というだけで幽霊になって出て来るというのは、あまり聞いたことがありません。普通はもっと激しい恨みつらみなどが原因になるものです。そこで、何か別の理由があるのではないかと思い、ドーム球場の辺りの歴史を調べました。すると、全国でも珍しい海に住む河童の伝説がありました」
広崎が感心したように、「地元のおれたちだって、そんなの知らないよ」と言う。
「そうだね。あまりメジャーな伝説でもないし」
畑中も首を傾げた。
「わたくしも初耳です。それで、その海が埋め立てられて、河童さんが怒った、ということですの?」
「直接的にはそうですね。しかし、あの海岸を最初に埋め立てたのは、もっと昔の人です」
「それは、戦前のお話ですか?」
「いえ、もっとずっと前です」
待ちきれずに、広崎が「誰だよ?」と訊いた。
風太はニヤリと笑い、「石田三成さ」と答えた。




