22 手打ち
ほんの一瞬だが、広崎は、本当に恐ろしいのは幽霊でも河童でもなく、風太ではないのか、という気がした。
意外な申し出に、河童は迷っているように見えたが、結局、首を振った。
「人間の言うことなど、信用できるか!」
それでも、先ほどより幾分かトーンダウンしている。
「わかってるさ。代わりの住処を用意するのは、ぼくじゃない」
風太は、後ろにいる式神の方を示した。
みずち姫が、ガーッと大きく口を開き、「何じゃと!」と叫んだ。
「もしや若君は、蝦夷地のことを申しておるのか?」
「そうだよ。少しぐらい、いいだろ?」
「いやじゃ、いやじゃ!」
河童が「わしらにもわかるように話せ!」と割り込んできた。
風太は、みずち姫を「今から説明するから、少し静かにしてて」と宥めると、河童たちに笑顔を見せた。
「きみたちは、最初、溺れた若者の後押しをしてやるつもりで、ここに来た。しかし、そこに絶好の隠れ家を見つけた。こちらの世界に存在しない、42号室だ」
広崎は思わず、「どういうこと?」と訊いてしまった。
風太は広崎に、「今から説明するよ」と笑顔を向けた。
「魔界はこちらの世界と表裏一体、しかも物質より情報が優位の世界だ。情報の欠落は、そのまま空間の隙間になる」そこまで言って、逆に広崎に「ええと、客室階があるは何階だっけ、慈典?」と尋ねた。
「五階から十四階だよ。つまり、十部屋分の42号室があることに、いや、ないことになる、のか」
風太は再び、河童の方に向き直った。
「今ここにいるのが、きみたち全員かい?」
最初の河童が首を振った。
「女子供を合わせると三十名ほどになる」
「十部屋じゃ狭いだろう?」
「それは無論だ。しかし、次々に埋め立てられる浜辺よりはマシだ」
「しかし、これから家族が増えても、部屋数は増えないよね」
「うむ。仕方あるまい」
風太は、再び、ニヤリと笑った。
「42番の欠落が魔界で空間の隙間になるのなら、いっそ、番号そのものがないところがあれば、無限に広い別の空間が手に入る、と思わないかい?」
「あるのか、そんなところが?」
それまで黙って聞いていたみずち姫が、「わらわが見つけたのじゃ」と言った。
「わらわが一族の住処を探しておるとき、蝦夷地に番号のない土地があると知った」
広崎が「あっ、いわゆる、番外地、ってやつだね」と合いの手を入れた。
「わらわが魔界に回って調べてみると、そこにほとんど無限と言っていい隙間があったのだ。しかし、あそこは蛟のものじゃぞ!」
風太は「いいじゃないの、広いんだから」と笑い、再び河童に尋ねた。
「どう? 姫はああ言ってるけど、そこまで本気じゃない。本気ならとっくに魔界に帰ってるさ。同じ水妖だし、なにしろ広いから、お互いに干渉しないように気をつければいい。このままここに居ても、追い払われるだけだよ。この辺で、手を打たないか?」
最初の河童は仲間の方を振り向き、何やら相談を始めた。
一方、風向きが変わったのを察した式神二体は、それぞれのパペットに隠形し、ほむら丸は広崎のところへ、みずち姫は風太のところへ戻った。
みずち姫のパペットは風太の手に収まるなり、口を開いた。
「番外地に河童を住まわせてやってもよいが、若君に一つ貸し、じゃぞ」
風太は笑って、「おお、怖っ」と言ってパペットの頭を撫でた。
ようやく河童の方も話がまとまったらしく、最初の河童がこちらに来た。
「今さら恩讐を言いたてても詮なきこと。承知した」
広崎が「え? どういう意味?」と訊いたので、風太は「文句は言いません。よろしく、ってことさ」と教え、改めて河童に笑顔を向けた。
「それじゃ、後の段取りは、向こうでみずち姫と話してね」
「うむ。それで、見返りは、何が欲しい。と、言っても、珊瑚や真珠などの財宝なんぞ、持っておらぬぞ」
「そんなものはいらないよ。たった一つ、溺れた少年をきみたちの呪縛から解き放つだけでいい」
「容易いことだ」
「よし、じゃ、手打ちだ」
風太は、パーンパーンと柏手を打った。
その瞬間、すべての河童は消え、広崎の腕の中のパペットはグニャリと力を失った。
「え? 風太、何したの?」




