17 見える者、見えざる者
「それは、どういう意味だね?」
そう尋ねたのは伊藤だった。
相原は、ちょっと恥ずかしそうに頭を下げた。
「すみません。広崎先輩のお話が聞こえたので、つい、出すぎたことを」
そのまま帰ろうとする相原を、風太が「待ってください」と止めた。
「詳しく聞かせてくれませんか?」
相原は顔を真っ赤にしたが、すぐに覚悟を決めたらしく、きっぱりと「はい」と答えた。
「昨夜、早めに上がらせてもらって、表通りの方を回って帰ったんですが、外から店内を覗いたら、遅い時間なのに奥側のテーブルに人が座ってるのが見えたんです」
「どんな人でした?」
「コンドルズの野球帽を被った男の子でした。たぶん、高校生ぐらいだと思います。変だなあ、って思っていたら、加山マネージャーが……」
ベッドに腰掛けていた加山の体が、ビクッと震えた。
「どうぞ続けてください」風太が笑顔で促す。
「はい。加山マネージャーが、その男の子に近づいて何か話しかけ、お辞儀をして、顔を上げると同時に後ろに倒れたんです。そこへ市川キャプテンが駆け寄って、加山マネージャーを抱き起こしました」
「その時、男の子は?」
「加山マネージャーの方に気を取られて、ハッと思った時には、もういませんでした」
風太はニヤリと笑った。
「ありがとうございます。実は、昨夜と同じ時間帯の現場検証をまもなくやるのですが、よろしければ、立ち会ってもらえませんか?」
相原は許可を求めるように伊藤を見た。
「ああ、きみさえ良ければ、わたしからもお願いしたい」
「わかりました。それでは下にいますので、いつでもお声をかけてください」
部屋から相原が出て行くと、伊藤は少し心配そうな顔で風太に訊いた。
「本人の前では言い辛かったのですが、危険、ということはないですよね?」
「ご心配なく、と言いたいところですが、まったくない、とは言い切れません。ただし、彼女自身、かなりのパワーがあるようなので、まず、大丈夫でしょう」
横で聞いていた広崎が「へえ」と声を上げた。
「そうなんだ。相原くんも、霊感があるんだね」
風太は少し首を傾げた。
「いや、それとは、ちょっと違うような気がするけど」
「違うって、どういう意味?」
だが、風太はそれには答えず、ベッドサイドの時計を見た。
「話は下でしよう。そろそろ、野球帽の彼のお出ましの時間になる」
そのまま出て行こうとしたが、風太は「ああ」と言って、加山の方を振り向いた。
「引き留めて、すみませんでした。もう、大丈夫だと思います。自宅でゆっくり休まれてください」
加山は、心底ホッとしたように、「ありがとうございます」と頭を下げた。
一足先に下に降りた相原は、さっそく市川につかまっていた。
「へえ、それじゃ、広崎のダチが、一発で加山マネージャーの熱を下げたのか。見かけによらず、大した陰陽師なんだな」
いちいち訂正するのも面倒になり、相原は「そうですね」とだけ言った。
「あ、そうか。相原くんも霊能者だったね」
さすがに「違いますよ」答えたところへ、伊藤を先頭に三人が降りて来た。
「ああ、市川くん、今から奥を使わせてもらうよ。ゲストの入りは、どうかね?」
「はい。今日は珍しく、ノー宴(=全会場とも宴会が入っていないこと)なんで、ガラガラです。今は、えっと、入口近くの一組だけですね」
「わかった。これから、ゲストが来られるようなら、なるべく手前に頼むよ」
「イエッサー」
伊藤に続いて風太が入り、最後に、男の子のパペットを持った広崎が入ろうとしたところで、市川がニヤニヤ笑いながら「頼むぜ、ゴーストバスターズ」と声をかけた。
後から追いついて来た広崎の仏頂面を見て、風太が「笑顔、笑顔」と言った。
「だってさ、一々言い方がカンに障るんだよ、あいつ」
「ぼくが代わりに謝っとくよ」
風太が頭を下げたので、広崎は驚いた。
「え? どうして風太が謝るの?」
「彼がぼくと同じタイプだからさ」
「はあ?」
「まったく霊感がないんだ。だから、何が起きても冷静に対処できる。彼のような人が入口に居てくれるのは、実にありがたい」
「そんなものかなあ。あ、でも、あいつ、怖い話が好きで、別の意味で女の子をキャーキャー言わせてるよ」
「もちろん、それは本人がまったく怖くないからさ」
二人でしゃべりながらも伊藤に先導され、昼間と同じように、サラダバーの手前からバックヤードに入り、デシャップ前を通り抜けた。
ホールに出ると、風太が広崎に「どう? 何か感じる?」と訊いた。
「うーん、いや、全然」
風太はニヤリと笑った。
「よし。それじゃ、準備を始めよう」




