12 幕間狂言(1)
その少し前。
コーヒーラウンジでは、休憩から戻った加山が、少しイライラしていた。
店内を見回して誰かを探しているようだったが、たまたま前を通りかかった相原に声をかけた。
「ああ、相原くん。先に休憩が終わったはずの市川がまだ戻っていないようなんだが、何か知らないか?」
「はい、ルームサービスのお手伝いに行かれるとおっしゃってましたけど」
加山はちょっと舌打ちした。
「もうすぐ、なごみ会、ああ、つまり社員会が始まるんだが、今日はアシスタントの新井が休みだし、これじゃ身動きがとれないんだよ」
ちょっと迷惑そうな顔をした相原だったが、すぐにホッとした表情に変わった。
「今、戻られましたよ」
ゆったり歩いてきた市川に、加山は厳しい顔をした。
「どうしてルームサービスなんかに行ったんだ?」
「ちょっとオーダーが立て込んでるって、後輩に泣き付かれましてね。まあ、頼られる先輩ってのも、疲れますよねえ」
へらへらした態度の市川に、加山は一瞬ムッとしたようだが、ひとつ深呼吸をして自分を抑えた。
「まあ、いい。おれは今からなごみ会の職場理事会だから、小一時間現場を外す。店を頼んだぞ」
「イェッサー」
何か言いかけた加山は、言ってもムダと思ったのか、プイッと行ってしまった。
平静を装っていた市川も、さすがにフーッと息をついた。
「危ない危ない。今日は、職場理事会の日だったか。しまったな」
相原は笑いを噛み殺して、市川の話に合わせた。
「加山マネージャーって、社員会の副理事長でしたね」
「ああ。もっとも、ほとんど畑中理事長のワンマン」ちょっと苦笑し「あ、いや、ワンウーマンか、だけどね」
「畑中さんって、カッコイイですよね」
憧れを込めて言う相原に、市川はちょっと皮肉な笑みを浮かべた。
「うーん、どうかな。確かに女傑ではあるけど、少なくとも、おれの好みじゃないなあ」
相原の表情が(向こうだってそうよ)と言いたげだったが、市川は別のことを考えているようで、それには気づかなかった。
「そんなことより、今日、社食(=社員食堂)で見たドアマン、相原くんのカレだよね?」
「ええーっ、あんなのカレじゃありませんよ。ただの同期です」
相原は心底イヤそうな顔をした。
「まあ、なんでもいいけど、あいつ広崎と親しいかな?」
「そうですね。近くで働いているので、いろいろ親切に教わっているみたいですけど、それが何か?」
「よかったら、紹介してくれないか。ちょっと聞きたいことがあってね」
「ええっ、広崎先輩のことをですか。だって、キャプテンは広崎先輩と同期でしょう。直接聞けないことですか?」
市川はようやくいつもの調子を取り戻し、ニヤリと笑った。
「まあね。どうも今朝から怪しい動きをしてるんだ。伊藤課長とコソコソ話していたし、お祓いをするっていう友達が来たんだけど、二人でセミスイートに籠ってるし、なんか変だ」
「斎条先生の代わりにあのアフロヘアーの友達を雇ってもらうよう、伊藤課長にお願いしているんじゃないですか。伊藤課長と広崎さんって、仲がいいみたいですから」
「ああ、広崎は新入社員の頃、一年間しかレストランにいなかったけど、クソマジメ同士、あ、いや、伊藤課長とウマが合ったみたいで、何かと個人的に相談事なんかしているらしい。そういうこともあるかもしれないけど、それなら、セミスイートは必要ないと思う。応接室で充分なはずだ。何かある」
「でも、もし、そういう込入った話なら、玄ちゃんは無理ですよ。第一、まったく空気が読めないから、内緒事は教えてもらえないと思いますし、教えてもらったとしても、多分、理解できませんよ」
「へえ、そんな風には見えないな」
「いいえ、そうなんです。以前、あまりにモノを知らないので、たまには本でも読みなさいと言ったら、自分は究極の速読術をマスターしたって言うんです」
「え、速読術って?」
「ほら、時々テレビなんかでやるでしょう。一冊を何分で読めるとか」
「ああ」
「それが、自分は一秒だって自慢するんです」
「ええっ、スゴイじゃないか」
「いいえ。一秒見ただけで、読んでも自分にはとても理解できないってわかるから、それ以上時間を無駄にしないんですって」
市川はクククッと笑いながらも、妙に感心した顔をした。
「ユニークなヤツだな。しかし、広崎の件はどうしよう。誰に聞けばいいかな?」
「やはり、フロントのことはフロントの人に聞いたらいいんじゃないですか……」ちょっと皮肉な笑みを浮かべ「例えば、花園先輩とか」
「うーん、やっぱり、そうなるよねえ」
あからさまにうれしそうな市川に、ちょっとシェフに夜のメニューを確認して来ますと言い残し、相原は厨房前まで急いで行って、堪えきれずに吹き出した。
その頃加山は、スタッフ用のエレベーターを使って五階に上がっていた。オフィスフロアらしく、企業・団体などの事務所が並んでいる。その突き当たりに『ミーティングルーム』という表示が出ていた。
左右を見回して人がいないことを確認すると、小走りで廊下を一気に進み、ドアをノックした。
「どうぞー」
中からちょっとハスキーな女の声が応えた。
「畑中理事長、遅れてすみません」
謝りながら加山がドアを開けると、長いテーブルに座った十数名の男女が見えた。皆制服か調理用の白衣を着ている。
その一番奥に、背の高い女が一人で座っていた。スーツタイプの制服で、長い髪をまとめてアップにしている。三十歳くらいの、すこし古風な感じの美人である。
「いいのよ。忙しかったんでしょう。どうぞ座ってちょうだい」
ハスキーな声でそう言うと、空いている自分の隣の椅子を少し引いた。
「ありがとうございます」
「恐縮しなくても大丈夫。まだ、連絡事項を始めたばかりよ。ああ、それから、フロントの職場理事は来月から広崎くんに交代よ。ファミリー感謝祭の余興を担当してもらうわ」
「はあ」
加山の力ない返事に畑中は、おや、という顔をした。
「元気がないのね。従業員およびその家族の親睦に寄与するなごみ会の副理事長が、そんなことじゃ困るわ」ちょっと笑いながら「それとも、わたしの伯父が海外旅行中でお祓いができないから、幽霊にでも憑りつかれたんじゃないの?」




