10 サンドウィッチ会談
二人でリビングルームのソファセットに座り、食べながら話すことにした。
座ってすぐ、広崎はずっと気になっていたらしい疑問を口にした。
「それにしても、加山さんは何を見て腰を抜かしたんだろうね」
「言ったと思うけど、何を見たのかは問題じゃない」
「どういうこと?」
「とりあえず相手を怖がらせることが目的さ。そのために、おそらくは彼の一番苦手なもの、例えばヘビとかクモとかの幻影を見せたんだと思うよ」
「驚かせることだけが目的なのかな」
「もちろん、そういう愉快犯的な魔物もいるけど、この場合は違うだろうね。注意を惹きたかったのさ」
「注目されたかったってこと?」
「何か伝えたいことがあるんだろうね。それをこれから推理するのさ」
風太はサンドウィッチを手に取って、食べ始めた。
「うん、美味いね。カツサンド、かな?」
「そう。ちょうどドーム球場で地元のコンドルズがジャガーズ戦をやってるから、煮っ転がしのジャガイモが入った『ジャガ煮カツサンド』なんだ。シェフがダジャレ好きの人でさ。脱線しちゃうけど、元々メンダイ、つまり、メインダイニングのフランス料理のシェフだった人なんだけど、自分から志願してコーヒーラウンジに異動したんだ」
「へえ、どうして?」
「伊藤課長がメンダイのマネージャーだった頃、顧客がお子さんを連れて来て、その子がどうしてもハンバーガーを食べたいって、駄々をこねた。断り切れず、どうせなら最高級のものを作ろうと、シェフ自ら高価なヒレ肉を使って作ったらしい。それを食べた子供が何て言ったと思う?」
「そりゃあ、美味しい、だろう」
広崎は、笑って首を振った。
「逆さ。いつも行くファストフード店より不味い、ってさ」
「何故だろう」
「子供の味覚って、そういうものらしい。それがショックで、ハンバーガーとか、サンドウィッチを勉強し直すために、コーヒーラウンジに移ったのさ」
「そうか。どうりで美味いや」
サンドウィッチを食べ終え、広崎はポットの紅茶をそれぞれのカップに注ぎ足した。
「また、オバケの話に戻るけどさ、加山さんとか新井さんしか見えないのは何故だろう?」
風太はちょっと苦笑した。
「オバケか。まあ、とりあえず、その言い方でもいいよ。それで、見える人と見えない人がいる理由は、少し説明したかもしれないけど、位相が合ってるかどうかによるのさ」
「位相って、なんか聞いたことあるような、ないような」
言いながら、広崎もカツサンドをつまんだ。
「元々は数学の言葉だけど、ぼくらは少し違う意味で使ってる。簡単に言えば、テレビやラジオのチャンネルみたいなことだね。持って生まれたものもあるけど、位相は常に変化してるから、昨日見えた人が、今日見えないことだってあるよ」
「でも、ほむら丸さんの炎は、みんな見えたよ」
すると、どこからともなく「それが実体化ということじゃよ」という声がした。
広崎は驚いて周囲を見回したが、何も見つからない。すぐに「あ、そうか」とつぶやいた。
「腹話術の通訳か。でも、おれたちの話は聞こえてるんだね。近くにいるってこと?」
風太は笑って頷いた。
「ぼくが一旦ほむら丸を魔界に戻したのは、実は、魔界側からこのホテルを調べてもらうためでもある。もちろん、情報が支配する世界である魔界は、この現実の世界よりずっと複雑で、一筋縄ではいかないけどね」
また腹話術で「無窮迷路と言われておる」と続けた。
広崎は苦笑した。
「と、言われても、意味はわかんないけど。それにしても、話がしにくいね。一応、食べ終わったし、早く呼び戻してあげなよ」
「そのつもりだよ。その前に、一応確認するけど、この部屋の火災報知機は、煙感知式? それとも、熱感知式?」
言われて、広崎は天井を見た。
「えっと、この形はケムカンだね。でも、なんで」
そこまで言って、広崎の顔色が変わった。
「ま、まさか、護摩焚き、とかいうのをやるの?」
今度は風太が苦笑して、手を振った。
「ここでそんなことしたら、何式であろうと非常ベルが鳴り響くよ。ちょっとお香を焚かせてもらうだけさ。少しサイズは大きいけど」
風太はショルダーバッグから、コンパクトのような形の金属の容器を出し、蓋を開いて広崎に中を見せた。
「へえ、渦巻き型か。まるで小さめの蚊取り線香だね。でも、この分量だと煙も随分出そうだな。大丈夫かな」
「特殊なお香だから、煙はほとんど出ないし、熱もそれほど高くない。たぶん心配ないよ」
「まあ、部屋も広いし、空調も回ってるからな。あれ、この蚊取り線香、なんか文字が、いや数字かな、書いてあるね」
「これは召喚式さ。一種の微分方程式だ。式神の式は、そういう意味でもある。この式が徐々に燃えながら消えて行き、芯のところまで燃え尽きたら、ほむら丸がこちらに戻るんだ。あれっ? 痒いの?」
広崎はポリポリ体を掻いていた。
「ごめん、数学アレルギーで、方程式とか聞くと痒くなるんだ。それで、時間はどれくらいかかるの?」
「一刻、つまり、二時間だね。ただし、その後、もう一体呼び出すから、計四時間だね。慈典は、隣のベッドで仮眠してていいよ。今のうちに、少しでも睡眠をとった方がいい」
「そうか、四時間は長いな。お言葉に甘えて、そうするよ。でもなあ、結構、時間がかかるもんだね。斎条先生なら、パパパッてお祓いして、終わりなのになあ」
思わず広崎が愚痴ると、風太は、またニヤリと笑った。
「お祓いなら、できるよ」




