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9 それぞれの同期

 一方、風太に今夜の『協力』を依頼された加山は肩を落としたまま、地下にある社員食堂に来ていた。

 忙しいランチタイムが終わってから食事に来るスタッフが多いので、この時間の社員食堂はにぎわっている。

 加山は、カフェテリア形式になっている食堂の入口にあるショーケースの前に立って、『本日のおすすめ定食』のサンプルを見ていた。A定食とB定食の間を何度か視線が彷徨さまよい、結局、食欲がかないらしく、あきらめて休憩室の方へ出て行った。

「ウチのボス、大丈夫かな」

 その姿を見て、あまり心配そうでもなく、そう言ったのは市川である。先に食事に来ていたらしく、ほとんど食べ終わっている。

 向かい合わせに座っていた相原が怪訝けげんな顔をした。

「加山マネージャーどうかしたんですか?」

 市川はニヤリとした。

「オバケ退治たいじを手伝うらしいのさ」

「え、どういうことですか?」

「新しく来たお祓いの人のご指名らしいよ。それよりさ」

「わたしも協力した方がいいですよね?」

 ずっと何か他のことを考えていたらしい市川は、一瞬、相原の言ったことがわからないようだった。

「え、あ、そうか、相原くんも見えたんだっけ。まあ、でも、いいんじゃないかな。必要があれば、向こうから呼ばれるさ」

 頃合ころあいと思ったのか、市川は「ああ、そうだ」と、さも今思い出したという様子で、内ポケットからチケットのようなものを二枚取り出した。

「実は、来週のコンドルズ対ジャガーズのチケットが手に入ったんだけど、一緒にドーム球場に見に行かないか。内野席だよ」

 相原はいかにも残念そうに「ああ、すみませーん」とひたいに手を当てた。

「来週は、同期の友達とサッカーを見に行く約束をしちゃったんです。スコーピオンズがJ1ジェイワンに残れるかどうかの、大事な試合らしくて」

 市川はちょっとうたがわしそうな顔をした。

「へえー、同期の友達って誰さ?」

 相原は少し躊躇ちゅうちょしたが、すぐに笑顔になった。

「あ、ちょうど来ました。ドアマンの玄田くんです」

 食堂の入り口から入って来た色の黒い男をゆびさした。

 男は金ボタンの付いた、ちょっといかめしい上着を着ていた。頭髪の周囲に、帽子をかぶったあとが残っている。

「玄ちゃん、こっちこっち」

 相原は手招てまねきしながら、市川に見えないよう必死でウインクをしている。

「はあ?」

 玄田はなぜ自分が呼ばれたのかわからぬ様子で、ボーッとしながらこちらに来た。

晴美はるみちゃん、目にゴミでも入ったのかい?」

 相原は顔をこわばらせながらも、自分の隣の席に玄田を呼んだ。

「玄ちゃん、今から食事なら、ちょうど良かったわ。来週のスケジュールを話し合いましょうよ」

 また「はあ?」と言いかけた玄田の足に相原が軽くケリを入れる。

「イテッ!」

「いいでしょう?」

「あ、ああ」

 二人のやりとりは、いかにも不自然に見えただろうが、自分が断られたことは市川にもわかったはずである。

 しかし、そんなことより市川は、玄田の後から入って来た若い女に目をうばわれていた。

 広崎が着ているのと同じタイプの黒のジャケットに、グレイのストライプのスカートという制服の、市川と同年輩ぐらいの女である。ストレートな黒い髪を細い首の上あたりで切りそろえている。その横顔が、ハッとするほど美しかった。

「じゃあ、お先に失礼」

 市川はさっと立ち上がって、食べ終わった食器の乗ったトレイを洗い場に出すと、相原たちには目もくれず、その女に接近した。

 満面の笑顔で女に話しかけ、すぐに内ポケットから先ほどのチケットを出し、相手にそれを見せながら説明しているようだ。

 その後姿うしろすがたに、相原はアカンベをして見せた。

 事態が飲み込めないらしい玄田は相原を見て、首をかしげた。

「晴美ちゃん、やっぱり、目にゴミが入ったのかい?」

 相原はあきれたように小さく「バカ」と言った。

 玄田は気付かなかったようだ。

「ああ、そうだ、来週の約束ってなんだっけ?」

 相原は、今度はハッキリ聞こえるように「バカッ!」と言った。

「はあ?」

「はあ、じゃないわよ。あたしがアンタみたいなバカと、デートするわけないでしょっ。虫よけのためよ」

「え、虫いたっけ?」

 玄田はあたりを見回した。

「人間の話よ。ああっ、もうっ。あっちに行って!」

「ええーっ、晴美ちゃんに呼ばれて来たんだけど」

 さすがに自分の身勝手みがってさに気付いたようで、相原はちょっと赤くなった。

「一緒に食事するんなら、早く注文して来なさいよ」照れかくしのように言う。

「あ、そだね」

 玄田はうれしそうに料理を頼みに行った。

「ま、仕方ないか」相原はめ息をついた。


 風太に用意された部屋は、小さめのスイートルーム(=寝室とリビングが分かれている部屋)に変わっていた。

「悪いなあ、こんないい部屋を使わせてもらって」

「気にしなくていいよ、どうせハウスユース(=社用で客室を使用すること)だから」

 ドアを開けると、正面に花瓶かびんがあり、直角に曲がってすぐの右のドアを開けるとリビング、左のドアを開けるとバスルーム、さらにその奥のドアを開けるとツインベッドの寝室になっている。

 喜んでいる風太を見て、広崎は少し申し訳なさそうな顔をした。

「まあ、斎条先生のときは、もっと大きなスイートだけどね」

「ぼくには充分すぎるくらいさ」

 加えて伊藤からは、今のうちに部屋で軽く食事を取ってはどうか、と提案されていた。

 自分だけでは食べにくいからという風太のリクエストで、広崎は二人分のサンドウィッチと紅茶をルームサービスに注文した。

 久しぶりに大学時代の思い出話などをしていると、ドアのチャイムが鳴った。

 広崎がドアを開けると、そこに立っていたのは市川だった。

「やあ」

 広崎は意外な相手に驚いた。

「どうしたの?」

 市川はニヤリと笑った。

「ご注文のサンドウィッチをお持ちしました、ってことさ」

「ああ、ありがとう。でも、今はもうルームサービスの担当じゃないだろう?」

「ちょっと様子を見に来たのと、お前に知らせたいことがあってね」

「知らせたいことって?」

「実はフロントに異動いどう内示ないじがあった」

「え、いつから?」

「来月さ」

「へえー、急だな」

「まあ、そういうことだから、これからよろしく頼むよ、センパイ」

「あ、ああ」

 市川は、ワゴンに乗ったサンドウィッチと紅茶を部屋に入れ、ちょっと中の様子を覗き込もうとしたが、そこからは死角になって中まで見通せない。残念そうな顔をしたが、去りぎわにまたニヤリと笑った。

「そういえば、社食で花園さんとちょっと話したよ。おさそいは断られちゃったけど、チャンスはこれからいくらでもある。フロントに異動するのが待ち遠しいな」

 へへへっと笑いながら、戻って行った。

 市川が部屋を出たのと入れ違いに、風太がリビングから顔を出した。

「どうしたの、知り合いかい?」

「ああ、同期のヤツだけど、ちょっと苦手にがてなタイプさ。まあ、いいや。とりあえず、食べよう」

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