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8, パーティーの準備

少しだけいつもより短いです。



ドタバタはあったが、本日は予定通り婚約パーティーが行われる。

姫も皇子も無事、準備もできているとなれば取り止める理由はない。

勿論めちゃくちゃ…とても疲れている身としては、休みたい。これ以上ないほど休みたい。

しかし今回は俺にとっておきの飴があるので、諦めて参加するしかない。


飴とは、他でもないクレイスのことである。

ここで勘違いしないでいただきたいのだが、女性に対してご褒美だご飯だと感じるような変態的思考でそう言っているのではない。政治的な観点だ。

クレイスはモールドル国という、そこそこ国力の高い国の姫だ。その夫になるというアピールを出来ることは、俺の名を上げるということに繋がる。

決してクレイスのドレス姿を褒めないわけではないが、残念ながら俺はそういう目で彼女を見ていない。

あくまで彼女は政略結婚の相手。恋愛感情はない。



と、目が覚めてから悶々と考えさせられる羽目になっている理由がある。



(何故!ここにいるんですか!!)



起きたら寝台の脇にクレイスが突っ伏して寝ていたのだ。悲鳴をあげなかった俺を褒めて欲しい。

慌てて己の服装を確認した。次にクレイスの服装を確認した。どちらも寝る直前に見たままで、物凄くホッとした。ホッとした!!


揺り起こそうにも、何故か物凄く照れが生じてしまって、その身体に触れられない。目が覚めたら目の前に彼女の柔肌があったのだから当然の反応だと思う。

これは困ったと手で顔を覆った。両手で。

クレイスは婚約者なのだから、普通の顔をしていればいい。婚前交渉は良い顔はされないが、全くない話ではないのだから。でも、何もなかったという方が気恥ずかしい。彼女は己の立場をわかっているのだろうか?自身の性別は?魅力は?



「んっ…」



もぞ、と。クレイスが身動ぎし、そして溶け落ちそうな瞳が目蓋から覗いた。水面のように揺れる緑色に、ギクリとし目を逸らす。彼女は数秒してから、ほんの少し驚いたように起き上がった。



「ここは、ルーン様の…」


「おはようございます、クレイス様。お身体の具合は大丈夫ですか?」



彼女を見ないようにしながらも淡々と声を掛ける。気にしてしまったら、取り乱してしまいそうだった。

クレイスは大丈夫ですと生真面目に答え、何かを探すように周囲を見回した。その様子に、ようやく彼女の方を見る。不安そうな顔に、どうしたのかと声をかけた。



「ナディアがいないので、探してしまいました。ここにいるはずがありませんでしたね。…ルーン様のお部屋には、初めて入りました」


「そうでしたか。何も面白くない部屋ですみません。クレイス様、お部屋にお戻りになられてください。着替えもですし、湯浴みも…」



早口でそう言いかけてようやく、彼女の目元が赤く染まっていることに気づいた。思わず手を伸ばし、指先でそこへ触れる。



「お泣きに、なられたのですか?」


「えっ…?」


「目元を擦ったあとが、赤くなってしまっています」


「そうですか。昨晩、少し泣いていました。ですが、問題ありません。よいものだと、ルーン様に教わりました」


「私にですか?」


「はい」



そんな会話をしただろうかと首を傾げたが、良かったとホッとした。そしてなぜ安堵したのか、再び内心で首を傾げる。別にクレイスが泣いていようと、俺には関係がないことなのに。


クレイスを部屋へと送り、待機していたナディアに事情を話して後を任せる。もう昼だ。昼食も取らねばならないし、パーティーの準備もしなければならない。忙しいのだ。

今朝の様子を頭から振り払うように、俺はやるべき事に考えを集中させた。




気にかかっていたキーリスは、気持ちよさそうに客室の床でグースカ寝ていた。

部屋に入った俺のがっくり感はどうやったら伝わるだろうか。

確か、ナディアとクレイスと、3人で寝ていたはずなのだが…。


とにかく、こんなところで寝ていては体を痛める。揺り起こしてやった。



「あれ…おはようございます、ルーン様…」


「おはようございます、キーリス様。こんなところで寝ていてはお身体を痛めてしまいますよ。それに風邪をひきます。まだ暖かくなり始めの時期なのですから」


「そうですね、起こしてくれてありがとうございます。ところで、姉様とナディアさんは?」


「二人とももう起きて、パーティーの準備に取り掛かっていますよ」



そう言うが早いか、客室の扉が音を立てて開いた。

癖で腰に手をやって身構えるが、今は帯剣していないし、入って来たのは二人のメイドだった。

若く整った見た目の、とてもよく似た二人組。キーリスに従者として着いて来た者達だ。

少し警戒してしまったことを恥じつつ、立ち上がる。

それに合わせて、二人は同時に頭を下げて来た。



「「ご機嫌麗しゅうございます、ルーン殿下」」


「ああ、そちらも。キーリス様の昼食は用意させています」


「「承知いたしました」」


「それでは、私は失礼いたします。キーリス様」


「はい!」


「「失礼いたします」」



流石は双子、なのだろうか?よく知らないのだが、彼女たちはとてもよく似ている。

やることなすこと鏡合わせで、正直興味深い人達だ。名前を聞けばよかった。

確かナディアの後輩だとか言っていたが…キーリスが。というか、なぜキーリスはナディアをさん付けで呼ぶんだろうか。双子メイドたちのことは普通に呼んでいた気がするのだが。

ナディアは勤務年数から見ると、結構ベテランになるのか…?だからだろうか?


まあとにかく、今は昼食だ。

俺は昨日の報告書を処理しなくてはならないので、自分の執務室でサンドイッチを食べた。

ついでに書類はそれだけではない。ルーンの名で収めている土地や砦、関所の報告書にも目を通さなければならない。特に関所の方には、『赤ガラス』の残党を見つける為に検問をさせているし、砦にも領や国の境を見張らせているので、その報告はしっかり確認しておかねばならない。

つまりは全て繋がりがあるのだ。こういうところが好きで、俺は書類仕事を請け負っている。


そう、好きで請け負っているのだが。

忙しい今日に全て重なるとは思っていなかった!


必死に目を通してサインをして、手紙を書いて、兄上に渡す報告書をまとめて。

そのループをしているうちに、日が落ちて来てしまった。

やばいやばいと席を立つ。招待客が到着し始める頃だ。会場の最終確認に行かなくては。

改めて兄上を恨む。これだからパーティーは苦手なのだ。忙しいし予定が狂う!

早足で自室に戻った。



「じいや、遅くなってすまない」


「ルーン様、お待ちしておりました。さあ、お着替えを」


「クレイス様は」


「着替えの最中でございます。ユイル女史が丈のお直しに時間をかけているそうで」


「すまないが、少し急がせてくれ。招待客の最終確認を簡単にでも行っておきたい」


「かしこまりました」



メイドに囲まれて着替えを済ませ、普段はしない髪のセットをする。

鏡の自分と目があった時、ふとお披露目の時のクレイスの姿が脳裏をよぎった。

素直に綺麗だったよなあ、と感慨に耽り、そしてなんとなく最初にあった時の彼女を思い出した。

瞳の色とも違う、少し流行遅れの翠色のドレス。ゆるく巻いた髪に、ピンク色の薔薇の髪飾りをつけて。

あの時彼女は、どうして夜会にいたのだろうか?本当なら、レティシア姫が来る筈だったろうに。


今更気にすることでもなさそうだが、ここまで来たら全部聞いておきたい。

あとでナディアにでも…。


そこでハッとした。

ナディアは、このことを知っているのか?キーリスが語っていた、クレイスとその兄や姉の関係を。

いや知らないはずがない。ではきっと、最初に俺が誤解をするように語ったのは。



「成る程、さんを付けたくもなるな…」


「?どうなさいました?」


「いいや、なんでもない」



ナディアはたくましい。その強さが、クレイスを守る為にあったことを、俺は感謝しなければならない。

今度何か贈り物でもしよう。



++++++++++



着替え終わったクレイスと顔を合わせた時、俺は思わず後ずさりした。

眩い。控えめだと思われる彼女の容姿が、これでもかと飾られている。お披露目の時より格段に美しくなっている。紅い唇に思わず目が奪われそうで、明後日の方を見た。



「お、お綺麗です」


「ありがとうございます。ルーン様も立派ですね」


「ありがとうございます」



受け答えはいつも通りでホッとした。やはりクレイスはこうでなくては。

こうでなくてはとはなんだ。自分でツッコミを入れてごほんと咳払いをする。

最近なんだか、彼女の前だと調子が狂ってしまう。


二人で控えの部屋に移動し、招待客のリストを確認する。

この人がこう、この人がこうと、うろ覚えかつ付け焼き刃な説明をクレイスにする。

彼女は生真面目に頷き、脳に刻み付けるように復唱していた。

その中でも、特にパルキスタン家と懇意にしている貴族を繰り返し説明した。



まずは、王都ミラエスタに次ぐ大都市アレイスを治める、エリルド公爵家。第一皇子であるアレス・パルキスタン・クロアの結婚相手、メリア・エリルド様のご実家だ。アレス兄上は無口な上朴念仁なのだが、メリア姉上とは幼なじみで仲が良く、彼女にはよく話す。仲の良い夫婦として国でも有名だ。次期国王であるアレス兄上の婚姻相手である公爵家とは仲良くしておくに限る。


次に、港町を治め、他国との貿易に深く関わっているユールシア侯爵家。カイル兄上と同い年で仲の良い、ベン・ユールシアがいる。彼もまた頭の回る人で、幼い頃はよくカイル兄上と結託して悪戯をしていた。近頃貿易相手の国のご令嬢と御婚礼をなされた。


そして忘れてはならない、隣国キルスチアの王家。今回はカイル兄上の婚姻相手であるキャンディス・キルスチア姫の兄が出席する。彼らは非常に頭が回る。些細なミスでも見逃さずに指摘してくるだろう。

この方々が何よりも厄介なのは…。



「とても…揶揄うことがお好きです…」


「からかう、ですか」


「姉上のキャンディス様もですが…非常に笑い上戸且つからかい上手でして…私も非常に困らせられました…」


「わたくしは、からかわれた経験がございません。ご満足いただければよろしいのですが」


「揶揄われることを前提にしてはいけません!あれは例外なのです!いいですか、何を言われても受け流すのです。そうして入ればそのうち飽きていただけるでしょうから」


「わかりました。何を言われても受け流します」



真顔で頷かれたが、それはそれで問題がある…のだが、気にしないことにした。

何か失礼なことを言われたら、その場で俺がなんとかすればいい。

とにかく、一番注意しておくべきは以上の家の出席者。

エリルド公爵家からは、現当主であるグラン・エリルド公爵。

ユールシア侯爵家からは、次期当主である長男のルイ・ユールシアご子息。

王家キルスチアからは、次男のカーベラル・キルスチア殿下。

彼らには優先的に挨拶をしておかねば、体裁が保たれない。


よいですかと再三確認し、クレイスもその度にわかりましたと頷いていた。

頷きすぎて首が痛くなってしまってはことだ。入場の時間までまだ少しある。

その間、話をすることにした。



「目元の赤みは、化粧で隠されたのですか?」


「はい。ナディアが手を尽くしてくれました。ユイルさんも、ドレスにとても気を使ってくださいました」


「確かに、自然な仕上がりです。クレイス様は、このようなドレスは着慣れていらっしゃるのですか?」


「いいえ、ドレス自体、そんなに着た経験がございません。ルーン様のお誕生日に出席した際は、母の古いドレスをナディアに仕立て直してもらいました」


「ああ、それは聞いた覚えがあります。ナディアはなんでもできますね」


「はい、ナディアはすごいです。私が知る中で、一番器用で、そして優しくて、強い女性です」


「それは同意できます。彼女は逞しい」


「わたくしは、ナディアにとても助けられてきました。わたくしの身の回りのものは、服なども全てナディアが揃えてくれました。わたくしの為に、何度も出かけては本を買って来てくれたりしました」



クレイスの目元が柔らかくなった。

そういえば、クレイスが最初に嬉しいと思ったのは、ナディアに本をもらった時だったか。

話を聞くに、クレイスもナディアに対してはかなりの恩義を感じているようだ。



「ならば、クレイス様。ナディアにお礼をしてはいかがですか?」


「おれい、ですか?」


「はい。日頃の感謝を込めて、何か贈り物をするのはどうでしょう。モールドル国ではあったかわかりませんが、この国ではお世話になっている人に贈り物をしてお礼をする、というのはよくある習慣です」


「ナディアに…贈り物を…。それは、良い考えだと思います。ですが、わたくしには、贈ることが出来るような物がありません…」


「今度、ミラエスタにまた行きましょう。私もナディアには何か贈ろうと思っていました。二人で選ぶというのはいかがですか?」


「よいのですか?では、お願い致します。ナディアに喜んでもらえるような物を選べるように、尽力いたします」


「はい、よろしくお願い致します」



真顔で目を輝かせる様子は、なんだか幼子のようで微笑ましかった。

その他、キーリス達とは話せたか、昨日の晩お互い何をしていたかを話しているうちに、最後の招待客の入場が終わったとじいやが告げて来た。



「では、参りましょう」


「はい。よろしくお願い致します、ルーン様」



手を差し出し、クレイスがそれを迷いなく掴んだところに、なんとなくこれまでの苦労の成果が現れているような気がして、少し救われた。


二人で主催者の入場する扉の前に並び立つ。

いいですか、と呟くように聞くと、大丈夫ですとはっきりした返事が返って来た。

それに少し笑って、そして気を引き締める。



「お待たせいたしました!モールドル王国第四皇女、クレイス・モルドリア様!並びに、パルキスタン王国第三皇子、ルーン・パルキスタン・クロア様!ご入場でございます!」



二人で、開かれた扉の向こうへと、足を踏み出した。









始まってしまう婚約パーティー。傷んでいくルーン様の胃。クレイス様は無事に社交デビューを終えることができるのか。次回、ルーン様の奮闘、お楽しみに。

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