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7, 小さくて大きな勇気


「既に調べはついている。キーリス皇子を攫ったのはモールドル国の犯罪集団『赤ガラス』だ。裏稼業を生業とし、時には貴族とも手を組む事で有名でな」


「そいつらが、何故パルキアに?」


「キーリス皇子を追うようにこの国に入っていたのはわかっていた。だがパルキアで動いていないものを捕縛とはいかなくてな。お前に伝えなかったのはクレイス姫の事に集中させたかったからだ」


「…余計な気遣い、感謝します」


「言うようになったな。拠点は街外れの倉庫街だ。俺も同行させてもらうからな、お前は武装していけ」


「なっ!?」



言うだけ言って馬を取りに部屋から去っていく兄上の背をポカンと見つめ、慌てて我に返った。武装していけと言うくらいなのだから、剣を抜くことも考えておけということだろう。腰に下げている剣を軽く触り、深呼吸を一つ。

馬を取りに行こうとした時、部屋の扉が開いた。

驚いて振り向くと、そこには軽装に着替えたナディアが立っていた。



「ナディア!クレイス様はどうしたんだ」


「クレイスお嬢様は、まだお部屋におられます。お願いです、ルーン様!私も連れて行ってください!」


「えっ!?」



先程からなんなんだ。俺はドッキリでも仕掛けられているのか?

だがナディアの顔は物凄く真剣で、嘘には感じられない。動揺する心をぐっと押さえ込み、ため息をつきそうになるのを堪えるべく腕を組んだ。


ナディアの服装は、まるで女騎士の非常時のような格好だった。ズボンにブーツ、動きやすい半袖に手袋。腰には一本の短剣と、数十本の細長いナイフがぶら下がっている。



「…その格好は?」


「お嬢様をお守りする為に、暗殺者を仕留める訓練を受けました。その時していたものです」


「な、なるほど。それで、ついて来たいというのは」


「クレイスお嬢様の今のお姿を、見ていられないのです。心配で居ても立ってもいられないのに、衛兵やメイドの方々に囲まれて、見張られて…。キーリス様は、クレイスお嬢様のたった一人の血の繋がった家族です!」


「…バルカ国王は、家族ではないのか」


「家族ではありません!お嬢様を一人孤独に閉じ込める親など、そんなの…そんなの家族ではありません!」


「…そうか。わかった、同行を許可する。キーリス様にも、まだ聞かねばならないことがたくさんある」


「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」



何度も頭をさげる彼女に、ついてくるように指示して城を出る。

既に馬は用意させてある。ナディアに乗馬はできるかと聞けば、一通りの経験があるとのことだったので、彼女の馬も用意させた。

衛兵にはよろしいのですかと何度も聞かれたが、既に戦闘など未経験の兄上が同行すると決まっている以上、断ろうが変わりはないだろうと押し通した。


兄上と合流し、彼の従者の騎士の先導で馬をかける。

ミラエスタの街を駆け抜け、街の外れへと向かっていった。

何事かと出てくる市民には申し訳なく思ったが、今はそれを気にしている場合ではないことも承知している。

数十分ほど走り続けた頃、ようやく兄上に聞いた倉庫街へとたどり着いた。

元々ここにはガラの悪い連中が居着きやすいため、警備を厳重にしてあったのだ。だから報告が上がるのも早かったのだろう。


馬を止めると、待機していたらしい警備兵が駆け寄って着た。



「カイル殿下!ルーン殿下!」


「状況が状況だったのでな、私も来させてもらった。兵の邪魔はしないから安心してくれ。現状は」


「は、はい!只今、怪しい連中が倉庫街にて走り回っていたのを警備兵が捕獲、その根城を特定し、既に突入準備を済ませてあります。伝令にありましたキーリス・モルドリア殿下のお姿はまだ確認できておりませんが、奴らが『赤ガラス』であることはほぼ間違いなしかと」


「そうか、キーリス皇子がいらっしゃる可能性は高い。突入部隊にはそれを伝えておけ。それと突入にはこちらの兵と、ルーンが加わる。ルーン!任せたぞ」


「はい。すまないが、突入部隊の元まで案内してくれ。第三班は、兄上を警護しつつ周辺の警戒に当たれ!第一班、二班は突入部隊に混ざるように!ナディア、お前には俺の背中を任せる」


「わ、私にですか!?」


「頼むぞ」


「はい!!」



カチコチになりつつも真剣な顔つきで返事をしたナディアに、そう固くなるなと笑いかける。

盗賊退治などは何度か経験がある。自衛くらいはできるつもりだ。

夜もかなり深まってきた。早々に決着をつけたい。


突入部隊と合流し、影に身を隠しながら作戦を練る。

正面突破をするのは危険すぎる。敵がいるのはレンガ倉庫の中の一つ、人数はそこそこ入る広さだ。

用心深いことに、明かりをつけていないため、無謀な突破は逆に相手の先制を許すことになってしまう。

かといって、こういう場合によく行う火炎瓶の投入は、キーリス殿下の身の安全を考えると却下だ。


そういうわけで、倉庫の窓から突入する事となった。

俺は先駆けの部隊に混ざる。残りは窓からと、正面の扉からの包囲を敷きつつ突入する。



「これでいくぞ。準備はいいか?」


「「「はい!」」」



よし、と頷いてレンガ倉庫の壁を登る。

高さはそんなにないのだが、地上近くには窓がないのがレンガ倉庫の特徴だ。

食料保存に使われるためなのだが、最近ではあまり利用されていない。

その為この近辺には使用されていないレンガ倉庫が数多くあるのだ。

空き倉庫の屋根にお邪魔して、レンガ同士の隙間を飛び越えて目的のレンガに取り付く。

懐かしい、昔こうやって盗賊集団を捕縛した。


突入の合図を手で送り、同時に兵が窓を突き破った。


ガシャーーン!!!


と穏やかでない音が響き、瞬時に明かりがついた。



「くそ!こいつら、窓から来やがった!!」


「火をつけろ!!」



混乱しつつも応戦してくる敵に、刃を抜く。

ふ、っと息を吐いて。頭の中をぐっと集中させる。


視線を巡らせる。

壁の端に、少年が縛られて寝転がされているのが見えた。

服を見て確信する。キーリスだ。



「キーリス様!!」


「っ!?ルーン様!?ルーン様ですか!?」



よかった、無事だ。意識もある。

彼が藻搔いたのを見て、敵を払いのけながら走り寄る。

キーリスは、ぐしゃぐしゃな顔で、体を起こした。

それを助けて抱き上げ、さらに端にと移動する。衛兵たちが正面から突入して来たのを確認して、彼を床に下ろした。



「ご無事で何よりです」


「ぼく、僕のせいなんです!僕がこいつらを連れて来ちゃったんです!こいつらが言ってました!僕を攫われたとなれば、パルキアに傷がつく、姉様を連れ帰る口実ができるって!!ぼく、ぼく、それを知っていました!!でも、姉様を不安にさせたくなかった!!僕がなんとかしなくちゃって、なんとか…!!」


「キーリス様、落ち着いて。私はあなたを助けに来ました。ご安心ください。クレイス様は城にいますし、『赤ガラス』はここで仕留めます。カイル兄上があなたの証言を聞きに来ております。全てを話せば、きっとお力になってくださるでしょう」


「!!姉様を、助けられるんですか!?」


「はい」


「あいつの、バルカのところに、姉様を連れ戻されなくて、済むんですか!?」


「はい。必ず、クレイス様をお守りします」


「っ!!ありが、ありがとう、ごじゃいます…!!」



涙を溢れさせたキーリスをしっかりと抱きしめる。

戦っていたのだ。彼も。

こんな小さな体で、クレイスを守るために。

攫われて、怖かったろうに、自分よりも姉のことを気にして。


ならば俺も、負けてはいられない。

キーリスにここで待っておくように告げ、退路の確保をするべく走り出した。



++++++++++



敵の鎮圧も終わり、あとは残党狩りを残すのみとなった。

これは城の兵の仕事ではない。街の警備兵に任せることにして、親玉の居場所を聞くと。



「赤ガラスは親玉なんかいねえ。烏に親玉なんかいるわけねえだろ」



とのことだったので、事実上『赤ガラス』はパルキアによって壊滅させられた事となる。

兄上が来てくれていたおかげで、実にスムーズに事が運んだ。

だが兄上は事後処理のために来たわけではない。


キーリスを運ばせるため、馬車を呼ぶ。

それを待つ間、衛兵には少し離れた場所で待機してもらい、俺とキーリスと兄上の3人になった。



「さて、事情を聞きましょうか、キーリス様」


「…ルーン様」


「大丈夫です。カイル兄上は信用できます。少し意地が悪いですが、悪人ではありません」


「なかなかの評価じゃないか弟よ。あとで覚えておけよ」


「で、では…お話しします」



兄上が、キーリスをこの騒動の元凶といったのは、本当のようだった。


キーリスはモールドル国を出る際、バルカ国王に命令されたらしい。

『赤ガラス』と手を組み、パルキア国に傷をつけてこいと。

そしてそれを理由に、クレイスを連れ戻してこいと。


キーリスは移動中、何度も姿を眩まそうとした。だがその都度発見され、とうとう逃げ場のない船上に行き着いてしまった。そこでキーリスは己の従者と共に『赤ガラス』と取引を持ちかけたらしい。

パルキアでは、クレイス姫を攫うのではなく、自分を攫えと。そのための協力ならする、と。

だが『赤ガラス』にはバルカ国王の報酬の方が大きく見えていたらしい。

当初の計画通りクレイスを攫い、それが失敗したらキーリスを攫うと言われ、海上に逃げられた。

キーリスは何もできぬまま城に到着してしまった。


だからせめて、クレイスを見張っておこうと、着くや否や俺たちのところに来た。

そして俺が武芸を嗜んでいると知ったら、それに賭けようと決めたのだそうだ。



「私は、結局何もできませんでした。ルーン様にご迷惑をおかけするしか、もう…!」


「いいえ、良く頑張りましたね」


「反省は後です。キーリス皇子、貴方とクレイス姫の、モールドル国でのことをお聞かせください」


「兄上、キーリス様はお疲れです、これ以上は…」


「大丈夫です。お話しします」



そうしてキーリスは語り始めた。

クレイスと、己の軌跡を。



「私が生まれた後、お母様であるミレイ・カストラージは城に連れ戻されました。私は、バルカ・モルドリアの実の息子ではないのです。ですが、お母様が城に戻る際、ぼ…私をモルドリア王家の一員として迎えることを条件にしたのです。姉様は、間違いなくバルカ王の血を引く娘です。お母様は一度、まだ赤ん坊だった姉様を連れて城から逃げ出したのです。それから暫く、他国を周り、身を潜めて二人で暮らしていました。やがてお母様にも恋人ができ、その人との子供がぼ…私です。クレイス姉様はお母様によく似ているからと、バルカ王の玩具のような扱いを受け、私はお母様が様々な名目で、国のあちこちへ連れられ育てられました。この頃のことは、シャリア姉様やレティシア姉様にお聞きになられた方がよくわかると思います。僕はまだ子供だったので」


「その…玩具のような扱いとは」


「言葉通りです。僕は言いたくありませんが、とても子供にさせることではないこともさせようとしていたそうです。その度に、シャリア姉様が庇ってくださっていたそうです」


「お待ちください、キーリス様。ナディアに聞いた話だと、クレイス様は冷遇されていたと」


「冷遇していたのはバルカ王一人で、他の兄様、姉様たちはむしろクレイス姉様を庇ってくださっていました。それに怒ったバルカ王が、数年前、姉様を塔へと閉じ込めました。シャリア姉様達は、助け出すよりはこのまま目を逸らす方がいいと言って、以来姉様と会うのは僕か、ナディアさんだけになりました」


「部屋から出られないというのはそういう意味だったのか…」


「キーリス様は、お母様が亡くなられた時のことを知っていますか?」


「はい。お母様は僕の本当のお父上である男性を助けに行こうとしたのです。バルカ王は冤罪を彼にふっかけ、死刑に処そうとしたそうなので…結局刑は執行されたそうですが」



キーリスはそこまで話して、疲れ果てたように座り込んだ。

俺が慌てて手を差し伸べると、すみませんとおおよそ子供らしくない笑い方をしていた。

その顔を見て、俺はしゃがみこんで背を向けた。

驚くキーリスに、伝える。



「お疲れでしょう。俺は貴方の兄になる者ですので、弟をこんな地べたに座らせたくはありません」


「で、でも、ルーン様もお疲れでは」


「鍛えてますので」


「キーリス皇子、甘えておいていいと思いますよ。その男は体力が自慢なので」


「…ふははっ!」



笑い出したキーリスに、少しだけムッとして兄上を見る。

だがその優しげな顔に、つられてキーリスを見ると、彼はようやく年相応の笑い顔を見せていた。

彼をおぶって、ついでに俺も笑う。



「僕、おぶってもらうの初めてです!高いですね!」


「喜んでいただけて何よりです。そういえば、キーリス様はモールドル国ではなにを?」


「兄様達について回って、国のあちこちにいっていました。お母様がそうしてくれたと聞いてからは特に。僕、姉様が無事に婚姻をしたら、国を出ようと思っています!」


「えっ!?」


「おお、なかなかやりますね。お前よりよっぽど野心があるぞルーン。キーリス皇子を見習え」


「ちょっ、兄上!キーリス様も笑ってないで!」


「あはははっ!はははっ!」



馬車が来るまで、そうして3人で騒いでいた。

まるで、家族のように。

キーリスがほんの少し泣いていたのは、俺と兄上で見なかったことにしようと決まった。


馬車の中で、すっかり寝てしまったキーリスに膝を貸し、兄上と話をした。

彼らのこれまでのことについて、そして、これからのことについて。

カイル兄上はクレイスを守るという俺の覚悟に手を貸してくれるといってくれた。

そして、俺に生まれたもう一つの覚悟も。


朝日が差し込む車内で、俺と兄上は固く握手を交わした。



城に着いた時、驚いた事にナディアとクレイスが迎えてくれた。

なんでもナディアは真っ先に戻り、クレイスにキーリスの無事を伝えたのだそうだ。

キーリスを起こし、共に馬車を降りると、クレイスが駆け寄って来た。



「キーリス!ルーン様!」


「姉様!ご無事で…!」


「それはこちらの言葉です。キーリス、無事で何よりです。貴方がわたくしの為に、頑張ってくれていた事、貴方の従者にお聞きしました。ルーン様、キーリスを助け出していただき、本当にありがとうございます」


「キーリス殿下!ご無事で何よりですぅうう!!」


「わあっ、ナディアさん!?」


「このナディア、心配で心配で…!」


「ぐ、ぐるじいです…」


「ナディアっ、離して差し上げろ!クレイス様、寝巻きで外に出てはいけません!早くこれを羽織って!」


「あっはははは!!!ひーーひーーーっ!!!」


「兄上は笑ってないで!手伝ってください!!」



とまあ、騒がしい終わり方だったが、この方がいい。

この方が、パルキアにいる人々らしい。


てんやわんやしていた彼らをまとめ、それぞれの部屋に戻そうとしたがキーリスがクレイスと一緒にいたいとのことだったのでそれならナディアもとなった。

客間を用意させ、クレイスにそちらで3人、積もる話もあるでしょうと伝え。

兄上と俺は部屋に戻った。



++++++++++



そして寝た。とても間の抜けた事に、着の身着のままで。寝台に倒れこんだ。

これまでのことを思い返しているうちにぼんやりとして来て。

フッと意識が途切れ、深い深い場所で。



「ルーン様」



と、クレイスのものらしき声が聞こえた。

きっと夢だろうと思って、はい、と答える。

すると少し間を置いて、その声は再び聞こえた。



「わたくしの大切な人、とわたくしを、守ってくださって、ありがとうございました」



礼なんかいりません、と答える。



「どうしてですか?」



俺がそう決めたからです。



「そう、とは?」



クレイス様と、彼女が大切に思うもの全てを、守り抜くと


そう答えると、暫くの沈黙の後、こう返って来た。



「…嬉しい、です。でも、涙が、出てきました」



嬉しい時にも涙が出ます。嬉し涙です。



「そう、ですっ、か」



そうです。それは、いいものです。



「ありがとう、ございます」



その言葉を境に言葉は途切れ、俺は意識の深くへ、深くへと沈んでいく。

途中、温かなものに頬が触れた気がしたが、気のせいなのかどうかすらもわからない程意識が曖昧だったので、なかったこととする。



とにかく俺は、ものすごく、ぐっすり眠った。



時刻は朝の5時。今晩が婚約パーティーだなんて思いたくなかった。




寝ていたが為に泣き顔を見逃すルーン様。残念な男…。

それはさておきここでひとまず騒動は終わりました。次回からは婚約パーティー編ですね!

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