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26, わたしがここにいる理由 その3




テーブルの上に広げられたチェス盤を囲むように座った俺たちは、一人立ったままのクレイスを見上げた。



「まず始めに、わたくし達の最終目的である『バルカ・モルドリア王を失脚させ、王の座を奪う』ことを、具体的に三つに分けてそれらを目標に据えます。

一つ、王都の奪還。二つ、バルカ王の捕縛。三つ、バルカ王に与する勢力の排除。」



「まずは王都の奪還です」と言いながらクレイスの手がチェスの駒をさっと並べる。

駒の少ない方が反乱軍──王家のほとんどが参加しているけれど──であり、それに対するのがバルカ王に与するバルカ軍だ。その駒の多さにげんなりするけれど、事実なのだから仕方がない。

クレイスが言った目標は順番に並んでいる。最初が最難関なのも事実。目が死にそうになるが、事実だ。


「モールドル国王都、カレドデリシアは高い壁に囲まれている城塞都市です。正確には山を壁としているので、その高さ、厚さは破壊不可能な堅牢さを誇ります。攻めるには正面突破しか方法がありません。そのため、バルカ軍の展開は正門を守る事を前提としたものになります。物資、規模、そして地の利。戦力差は歴然ですが、戦闘力に関してはこちらが若干優勢と言えます。国や城仕えの兵士は数こそ多いですが、個々の戦闘力は微々たるもの。特にこの数年で補充された兵士は戦闘経験がほぼないに等しいため、王家に仕える騎士の戦闘力にはとても及びません」


説明されつつチェスの駒が動く。

バルカ軍は王を再奥に、ポーン達を門に見立てたマスの前に縦三横三に並べ、その他の駒を王の周りを囲むように配置した。

うん、まあそうなるだろうな。



「しかし戦闘力が優っているとしても、数の暴力にさらされてはひとたまりもありません。こちらの戦力は少しの余裕もないので、真正面から全勢力で突撃することは不可能です。その為、この兵士達を分断し対処可能な数になるまで減らします。わたくしの予想では、配置される人数は3〜4万。騎士の人数から考えると、最低でも2千ずつに小分けするしか勝機がありません。ですがそれは殲滅をしようとするならのこと。ただ足止めをするだけであれば、5千ずつに分断するだけで十分でしょう。よって、最初に陽動を行います」



駒が動く。しっかり集合していた駒が、左右と、門前に。


こちらの駒も動き、三箇所に一つずつ駒がすすんだ。

負担が半端ないように見えるが、向こうはポーン。こちらはナイト。ちょっといけそうに思える。

そしてクレイスがナイトの横にルークを置く。多分俺だ。…なんで城?



「門前の兵達が狙い通り分断されたのを確認次第、ルーン様は正面へ向かう騎士達に混じり、王都内へ侵入してください。道は騎士が作ります」


「わかりました。私は先行して王都の兵を叩けばいいということですか?」


「はい。バルカ王は城と門にのみ重点して兵を配置するでしょう。王都の街を押さえてしまえば、外側の兵へ高所からの攻撃が可能となり、門の軍はほぼ全滅させることができます。そうでなくとも、降伏する兵士は多いでしょうから…ルーン様の殲滅が素早く終われば、被害も少ないはず」



わりやすくていい。正直、俺はこういった戦では先陣を切って暴れる方が向いている。

ふと、昔のことを思い出した。何度も死にそうになって戻る度、強くなっていったことを。

この時のために、あの時があったのだとしたら…悪くないなあと思う。

人を切ることに躊躇いはない。クレイスがそう決めたのなら、俺もそうしよう。


了承の意を込めて深く頷くと、クレイスは小さく深呼吸をして、ルークを進ませた。



「王都に展開される兵は、せいぜい千人程度だと予測できます。それも即席のまとまりのない軍。隊長を撃破すれば即座に瓦解するでしょう。なので、ルーン様の行くべき場所は、カレドデリシアの広場、町の中心に位置するところです」


「素人ばかりだと、奥に頭があったら末端に情報が伝わらない…からかしら?」


「その通りです。レティシアお姉様にも覚えが?」


「…あるわ。政治でも同じことだから…いつだって上の立場は風当たりが強いのね」



そう言ってため息を漏らすレティシア姫は経験者なのだろう。

トップが有能でも、それが末端まで伝わらないのでは意味がない。それは戦いでも同じこと。

戦況が把握できず混乱させれば、瓦解させるのは容易い。


つまりは潜入後、さくっと頭を押さえてしまえばこちらのもの。若干前向きすぎる考え方だが、難易度等々を考えてもこれ以外いい作戦はなさそうだ。

まあ若干心配なのは、俺が一度も王都(カレドデリシア)に行ったことがないことだが。

それについてもクレイスは先回りをするように付け加えた。



「王都の侵入には、案内人としてナディアも参加してください。わたくし達の中で最も適任です。危険は伴いますが…」


「ご心配ありませんお嬢様。見事務めを果たして参ります」


即答である。さすがナディア。勇しすぎてかっこよく見える。

それに対し、クレイスも頷き返した。


「はい、信じています。王都の軍が混乱すると同時に、門を抑えていた騎士達を突入させます。降伏した兵士は広場に集め、最小限の監視を。それ以外の全勢力を持って、門の前の兵士を掃討します」



コロコロと駒が転がり、王城が丸裸になる。

こうなれば突入は正面からでも十分効果的だ。




……ただし、これはあくまで相手が普通の戦術を選択した場合の話である。



「──それでは、もう一つの可能性と、その場合の攻略を説明いたします」



クレイスの指が、再び駒を動かした。



++++++++++



場所は変わり、崖の城。雨がやんだことで、その尊厳な外観が谷の絶景に映え美しい。

その城の中からのんびりそれを鑑賞する人物が一人。クレイス達に見せていた冷徹で皮肉屋な態度から打って変わり、ソファにだらしなくもたれながらスケッチをしている。


その背後に、二つの影が歩み寄る。

カーベラルは振り返ることなく、若干鼻歌まじりに問いかけた。



「それで、ルーン皇子達は?」


「もうすぐ正式な宣戦布告があるかと」


「やっと雨がやんだからね。もっと短期決戦にする予定だったが…いやはや自然というのは恐ろしい。リヴァル皇子は間に合うだろうか」


「心配には及びません。先程移動する彼らを斥候が発見しました。合流もたやすいかと」


「最近は有能な皇子が多すぎるな。ありがたい話だ。これでキャンディスからも怒られなくて済むかな」


「すでにお手紙が届いております」


「え」



ギョッとした顔で振り返るカーベラルに、無言で封筒が手渡される。封蝋を見れば、見覚えがあり過ぎる「C」のマークが。

恐る恐る封を開けて中を読む。目線が下に行くにつれ、カーベラルの顔色が悪くなっていった。

ようやく読み終えたそれを綺麗にしまいながら、カーベラルはスケッチの道具を片付け始めた。



「すまない、サボりがバレてしまったようだ」


「報告しましたので」


「君たちが!?ちょっと僕に冷たすぎない!?」


「仕事ですので」


「仕事なら主人の意向も尊重して!?」



そうブツブツ言いつつも素早く片付け終えたカーベラルは、上着を羽織り部屋を出た。

後ろからついてくる二人に軽く指示を出すと、真っ直ぐに城の大広間へ移動する。


カーベラルに気付いた兵士が扉を開くと、そこには大勢の人々が集まっていた。

扉が開き、カーベラルが姿を見せた途端に、一気にざわめきが消えていく。

その様子をじっくり眺めつつ、カーベラルは少々大袈裟に礼をして見せた。



「皆様、まずは自己紹介をさせていただきます。私はキルスチア王国の第二皇子、カーベラル・キルスチアと申します。以後、お見知り置きを」



その言葉に、沈黙していた彼らがわずかに騒めく。

当然だろう。突然集められ、他国の皇子に挨拶をされるなど、彼らには青天の霹靂というものだ。

若干指揮者の気分になりつつ片手を上げると、再び場は沈黙した。


「あなた方には暫くここに滞在していただきます。部屋を用意することはできませんが、必要な物資は全て手配済みです。また、妊娠中の方、特別な持病がある方、その他に深刻な事情がある方々は、これより配置される兵士達にお伝えください。私が直接対策を検討いたします」



「あ、あのっ」


「なんですか?お嬢さん」


思い切っての呼びかけだったのだろう。まだ十歳程度の少女はカーベラルと目が合った途端に真っ青になった。だがここで「なんでもない」という方が無礼に当たる。恐怖に体を震わせながら、少女は言った。



「私は、な、なんで王都(カレドデリシア)から連れてこられたんです、か?」


勇敢な少女だ、とカーベラルは感心した。この状況下でその核心的な質問をするとは。

その勇気は賛えるべきだと、あっさり問いに答える。


「単純なことです。これからあの街は戦場になりますから、一般人である皆様を避難させるためですよ」


「戦場!?」


「どういうことだ!?」

「まさかバルカ王がなにか…!?」



再び騒がしくなる大広間の様子を、カーベラルは興味深く観察した。

皆が顔を青くしているが、幾人かは「やっぱり」といった表情をしている。おそらくは王都の外の事情に詳しいからだろう。管理し切れていない広大な領地が荒れ果てている事が伝わるのもそうかからないはずだ。

あとは彼ら自身に任せよう。


そう判断し、カーベラルは大広間を後にする。そして戻ってきた二人のメイドから何かを手渡され、それに目を通しながら城の塔へと向かって歩く。美しい景色に目を細めつつ楽しげに微笑みながら。

そしてたどり着いた頂上にて、伝書鳥に手紙を持たせると、笛を吹いてそれを送り出した。



「さてさて、僕の仕事はここまでだ。後はルーン皇子とクレイス姫次第だな」


「「それでは、私達も失礼いたします」」


「ああ、後は頼んだよ」



去っていく双子のメイドを見送りつつ、カーベラル皇子は背伸びをする。

ここからはもう、自分の手から離れてしまう。だからこそ楽しみに思うのだ。

人々の選択を。そしてそれによってもたらされる結末を。

すでに選択を終えた者として、後はもう見守るしかないのだから。



++++++++++



全てが整い、後は火蓋を切るだけとなった。

慌ただしくなった城内の一室にて、俺達は重大な決断を迫られていた。

敵味方どちらも、戦いの準備は整っていない。だがこちら側にとってはそれは重要なアドバンテージ。

つまりはさっさと宣戦布告をしてしまいたいわけだ。


…だが、リヴァル皇子達と合流をしなければ、彼の名を使えない。


そう、今現在問題となっているのは、誰の名の下に宣戦布告を行うのかということだ。



「ナディア、確かリヴァル皇子の出兵は一週間後だったな。彼自身もそれと同時に動くという事でいいか?」


「はい。ですが先達する騎士団はそれよりも前には到着する見込みだと。編成に時間をかけているのは、各々の領地に属する兵士であり、王国の騎士達はすでに準備を整え待機しているそうです」



できれば今日中に宣戦布告をしてしまいたい。

クレイスの策はどちらも先手を取る必要がある。アドバンテージを失うことになるのは避けたいのだ。

そんな俺の考えを知ってか知らずか、レティシア姫が「あの」と声を挟む。



「わたくしの予想ですけど…編成は明日には完了できると思いますの。父が貴族位を剥奪した方々とは面識がございます。その中に、騎士団の管理をお任せしていた方がおられた筈。彼が兵をまとめ上げてくだされば、きっとそんなにかかりません」


「その方は今、リヴァルお兄様の元にいらっしゃるの?」



こうした事ごとに不慣れな様子を見せつつも、シャリア姫がおっとりと質問する。

彼女にええとレティシアが頷いた。



「協力を要請する貴族を選んだのはわたくしですから。お兄様が全員の協力を得られたということは、間違いなくいらっしゃるでしょう」


「それは心強い。ただでさえ心許ない戦力ですから、合流は早ければ早いほど助かります。その協力者達の兵はどのくらいの人数になるのでしょうか」


「およそ4万です。開戦後、父の兵士がこちら側に寝返ってくれれば、戦力はこちらが上回りますわ」



俺の質問に間髪入れずに答えるレティシア姫。さすがは政治に長けた姫。協力を頼む貴族の選抜も、この状況に至ることを想定して行ったのだろう。あと兵士の寝返り云々には…どうもシャリア姫が絡んでそうだ

そう思い彼女をちらと見ると、困った顔をしつつも何かを考え込みながら、クレイスとレティシア姫、そして俺を見守っている。


そんな彼女の視線が動いたのは、突然の事だった。

ゆっくりと、麗しい唇が開く。躊躇していた事を勇気を振り絞って告げるように。




「リヴァルお兄様は、間に合わない。…それならば、わたくし達の中で、反旗を掲げるのに最も相応わしいのは、彼女以外いないと思いますわ」




そうしてシャリア姫は一人の少女に身体を向けた。

それにつられて同じ方向を見る。

クレイスの目が、驚きで見開かれる。俺も同じく目を丸くして絶句した。

なんで?え?なんでそうなる?



皆の視線の先には



「………わたし、ですか?」



困惑と驚きが入り混じったような、複雑な表情で視線を受け止める、ナディアがいた。




「…どういう、こと、ですか?」



ポツリと疑問を溢した俺に続いて、クレイスも同じように質問をする。



「なぜ、ナディアを…?お姉様、なぜですか?」


「クレイス…」



悲痛な表情で俯くシャリア姫に、クレイスが詰め寄る。ジワジワとパニックを起こしているのは明らかだった。


「どうしてですか!?お願いです、理由を教えて下さい!そうでないと、ナディアを危険に晒すなんてできません!」


「お嬢様、落ち着いてください!」


クレイスの前に、シャリア姫を庇う様に立ち塞がったのはナディアだった。その瞳に見える迷いが、幾らかクレイスの混乱を落ち着かせた。


「ナディア…」


「シャリア殿下、申し訳ございません。これは私の責任です。…お嬢様…いえ、クレイス様。今まで私は、貴女に隠し続けてきたことがあります」


一瞬、ナディアが泣きそうな顔で俯いた。

けれど瞬きをするとそれは消え、代わりに凛とした姿勢でクレイスと向かい合う彼女の姿があった。

クレイスが、両手で胸元を握りしめる。俺はさり気なく彼女の側に移動した。




「……私は…私は、今は亡きナギ国の王家の最後の生き残りです。私の本当の名は、ナディア・シアレイト。…ナギ国の法律においては、女王と認められる立場にあります」




本当に、本当になんてことか。

クレイスは真っ青な顔でよろめいて、それを俺が受け止めた。けれど俺だって混乱してる。色んなことがあり過ぎて、受け止めきれない。なんで、なんでナディアが?


そしてようやく、俺は一つの事実に気づく。




── ナディア・アストリア。貴女は知っていらして?


──…はい。承知しています。



お茶会での、キャンディス姉上とナディアの会話。

ああ、本当に俺は…なんで今まで気がつかなかった!

キャンディス姉上が家名(・・)を呼んだというのに!



気づいてしまえば簡単な謎掛けだった。

アストリア、綴りはAstllia。

シアレイト、綴りはSiallat。

ただのアナグラム。キャンディス姉上が気づいてないわけがなかった。



つまり、あの時。

姉上はナディアにこう問うたのだ。



「お前の国を滅ぼしたのがクレイスだと、知っているか?」



そしてナディアは「知っている」と応えた。


ああもう、あの姉上はここにいる皆に対して謎かけをしていたのか!あの質問で、ナディアがクレイスを裏切る事はないと確信したから!


つまり、キャンディス姉上がモールドル国に必要だと思い送り出したのは…!



「ナディアが、王女だから…」



クレイスも同じ考えに行き着いたようだ。他の姫達も、そしてナディアも、各々がキャンディス姫の真意に辿り着く。



「…王女として名乗りを上げ、モルドリア王家の方々をお助けする。それこそが、私がここにいる理由だったのですね」



ナディアが透き通った瞳で、前を向いた。




帰国編も大詰めとなってきました。今回ようやくナディアの正体に触れられて、やり遂げた気持ちですが、続きます!!

そして評価・感想をいただき、本当にありがとうございます。嬉しくて胸がいっぱいです!お読みいただき本当にありがとうございます!どうぞこれからも、見守っていただきたいです。よろしくお願いします!

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