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23, ナギ国にて、少しの平穏

今回入りきらなかった部分を次に回すので、ちょっと蛇足があります。



雨は止まぬまま、丸一日をかけて俺達は古城に辿り着いた。

姫達を馬車から下ろし、裏門に向かう。

そこには数人の騎士と共に、利発そうな顔立ちをした女性が待っていた。

見覚えのある銀の髪、彼女がそうかと姫達の前に出れば、礼をしながら挨拶をしてくれた。



「初めまして。自分はエリシア・モルドリア。モールドル国の第二皇女です」


「初めまして、エリシア皇女。私は…」



だが答えを返すより先に、背後からナディアの声が聞こえて言葉をきる。

とっさに振り返ると、彼女に支えられたクレイスが、真っ青な顔で息を切らしていた。

駆け寄って彼女を受け取ると、凍えるように震えているのに、その体は熱い。



「申し訳ないが、先にクレイス様を休ませたい。部屋はありますか?」


「用意してあります。案内させますので、そこをお使いください」



エリシアが呼んだメイドに、ナディアと共についていく。

この城は造りがいい。崖の城に比べるとかなり歩きやすいし、見た目も綺麗だ。

緊張感が緩んでいくのを感じる。隣を歩くナディアが安堵の息を漏らすのが聞こえた。

彼女も疲労が溜まっているはず。普段通りに振る舞っているが、こちらも気にしておかなくては。



「ナディア、体調はどうだ」


「馬車で休めましたので、かなり回復しています」


「念のためにクレイス様ともう少し休んでおけ。まだ深夜だ」


「…はい。ですが、ルーン様は」


「心配するな。俺も休むから」



不安げな表情でこちらを見ていたナディアは、視線をクレイスに移す。

彼女は意識はあるが喋る体力すらないようで、ただ荒い呼吸をするだけの状態だ。

元々あまり体力がないのに、この長旅に緊張。それらの負荷が一気にかかったのだから、こうなったのも仕方がない。とにかく休ませなければ。


メイドは少し広めの部屋に着くと、ベッドの準備は済ませてあることを告げると、着替え等を用意してくると言ってその場を離れた。

俺よりも先に部屋に入ったナディアはベッドの毛布を捲ると、すかさず暖炉に火を入れ、水差しからグラスに水を注ぎだした。俺もクレイスをベッドにおろし、ぐったりと肢体をシーツに沈める彼女を少しだけ起こして支える。そこにナディアがグラスを差し出した。



「お嬢様、お水です。飲めますか?」


「…」



クレイスはうっすらと目を開けて頷いた。グラスに口を寄せ、少しずつだが水を飲む。

しかしなんとか半分ほど飲んだところで、力尽きたように意識を失った。

こぼれた水が枕に落ち、ナディアが悲鳴のようにクレイスを呼ぶ。



「お嬢様っ!」


「大丈夫だ、息をしている。眠っただけだ」



落ち着かせるようにナディアを制する。カタカタと小刻みに震える彼女の手からグラスを取り、サイドテーブルに置いた。クレイスを寝かせながら静かにナディアを呼ぶと、真っ青な顔のままポツリと呟く。



「お嬢様…汗を、お拭きしなくては…」


「それは私たちにお任せ下さい、ナディア様」



いつの間に到着していたのか、その言葉と共に先程のメイドが入って来た。その後にぞろぞろと数人のメイドが続いて入る。驚く間もないほど手際の良い動きで着替えなどの用意をしている。

固まっていたナディアだったが、いくらか気を取り直したようでさっとその手伝いに入った。

それを見て部屋を出ようとした俺を、しかしナディアが呼び止めた。



「ルーン様、どうかここに…お嬢様の傍にいてもらえませんか」


「だが…」


「お願いします」



力強い翠の瞳が、暖炉の火を映して揺れる。

メイド達は何も言わない。ナディアの言葉に異論なしと告げるが如く。

…正直気まずいのだが仕方ない。部屋の中にある椅子をベッドの近くに起き、背を向けるように座った。

ナディアは一言「ありがとうございます」と言うと、彼女を呼びに来たメイドに湯浴みへと連れて行かれた。


布の擦れる音、呼吸の音、水を絞る音。静かな部屋にそれらが響く。

俺も疲れがあったようで、段々眠たくなってきた。付けっぱなしになっていた仮面を外し、マントを脱ぐ。

全身びしょ濡れのままなのだ。流石にこのまま寝ては風邪を引く。



「ルーン様、着替えをこちらに。体もお拭きになられてください」


「ありがとう、助かる」



服を差し出してくれたメイドに礼を言い、あっと思って慌てて立つ。

濡れたままここに来たせいであちこちの床が濡れていた。

すまないと謝ると、お気になさらずと言ってくれたが、やってしまった感は残ったままだ。

どうにもクレイスの事となると余裕がなくなる。我ながら情けない。


髪と体を拭いて服を着替え、剣だけを持って座り直す。その頃にはクレイスも着替え終わっており、ようやく彼女の方を向いた。苦痛がいくらかやわらいだ表情を見て、ほっと胸をなでおろす。

やがて湯浴みを終えて着替えたナディアも部屋に戻って来た。

クレイスの隣にソファーベッドが準備され、彼女もそこに横になる。

メイド達は俺の分もベッドを運ぶつもりだったようだが、断って毛布だけを貸してもらった。



「それでは、ごゆっくりお休みください。明日の朝にお迎えにあがります」


「わかった。色々と面倒をかけてすまなかった」


「面倒などではございませんよ、ルーン様。むしろ私達がお礼をしたいのです」


「…どういう意味だ?」


「じきにお分りいただけます。失礼いたしますわ」



穏やかな微笑みを浮かべたメイド達を見送り、クレイスの方へと視線を戻す。

眠る彼女を挟んだ隣にいるナディアが、じっとクレイスを見つめている。段々と閉じられていく目を見て、眠いのだなとわかった。



「ナディア、今は安心して眠っていい。俺が見張っているから」


「…ルーン様」


「どうした?」


「…モールドル国へ来る途中、お嬢様が体調を崩された時…」


「…ゲーテルでのことか?」


「はい。その時、ルーン様に手を握っていただいたことを、お嬢様はとても喜んでおられました…」



そうだったのか。思わずクレイスを見下ろす。

そういえば、あれは珍しく彼女自身から頼まれたことだった。

手を伸ばし、彼女の手を握る。それを見たナディアは微笑んで、目を閉じた。


二人の寝息を聞きながら、視線を剣に落とす。

俺は、彼女達を守るためにここにいる。けれどこのままでは、俺自身がクレイスを傷つけることになる。

もっと、ちゃんと考えなければ。どうすれば彼女を守れるのか。

途切れ途切れになる思考の中で、クレイスを握る手に力を込めた。



++++++++++



翌朝、結局三時間ほど眠っていた俺は、自分の名を呼ぶ声に起こされた。

ハッとして立ち上がると、慌てたようにお静かにと言われ、そちらを見る。

そこには昨晩のメイドの一人が凛とした姿勢で立っていた。少し警戒心が溶け、思わず言葉に迷う。



「昨日の…」


「はい、ルーン様とクレイス様のお世話を務めさせていただきます、マルタです」


「クレイス様は」



その名に反応してベッドの方を見ると、彼女は静かに眠っていた。

顔色はかなり良くなっており、呼吸も穏やかだ。

ホッと胸をなでおろし、剣を持っていない方の手で彼女の前髪を払う。


その様子を見ていたマルタの視線を感じて振り向けば、彼女はとても優しい笑顔でこちらを見ていた。

うまくその意味を把握できずに固まっていると、小さく笑いながら「なんでもない」と言うと、俺に部屋の外に出るよう促した。クレイスを一人にすることに抵抗を感じたが、それを見越してか別のメイドと共にナディアが部屋に入ってきた。驚いて思わず二度見する。



「も、もう起きたのか」


「はい。このような時にこそお役に立てるよう、私がいるのですから」


「だが…」


「ご安心くださいルーン様。私達もナディア様のお手伝いに入りますから」


「お嬢様のためを思うのであればここは私におまかせください。起きた時にそのような顔をされていては、お嬢様は心配してしまいます」



それを言われると何も言えなくなる。

ナディアに完璧に言い負かされた俺を連れて、マルタは部屋を出た。


綺麗で小ぶりな装飾が連なる廊下を歩きながら、これから何をするのかを考える。

まずは正式に三人の皇女に挨拶をする。そして現状を把握し周知する。今後起こりうる問題とその対策についても話し合わなくてはならない。あとは今後の方針だ。

体力の回復も考えると、動けるようになるまで少なくともあと一日程度はかかる。


さてどうしたものかと思っていると、先を歩いていたマルタがこちらを振り返った。



「エリシア様からの伝言がありますので、お伝えしてもよろしいですか?」


「頼む」


「ではまず、本日は昼まで休息を。午後に談話室にて話し合いをしたいとのことです。よろしいでしょうか」


「ああ、大丈夫だ。…なら俺はこれからどこに?」


「朝食を用意しておりますので、食堂に。モルドリア皇女殿下の皆様は、まだ自室にて休まれております。朝食後はクレイス様のお部屋の隣を準備しておりますので、そちらで休まれてください」


「何から何まですまない。ありがとう」


「いいえ、当然の務めです。ルーン様は私達に希望を与えてくださりました…これは全て、私達にとって御恩返しなのです」


「…希望?」


「はい。あ、こちらが食堂です。給仕も私が承ります」



マルタに促されるまま席に着く。朝食の内容は自国のものとは違うものの中々の豪華さで、この城にはそれなりの準備がなされているのだと思った。モルドリアの王族達は、この場所を拠点とすることを決めていたのだろう。そしてそれが実行されているということは、おそらく…。


食後の紅茶を飲みながら、簡単な城の見取り図を見る。

防御の面に徹底さが見受けられた崖の城とは打って変わった、生活の動線に重きを置いている内装。雨の夜だった為に外観がよく見えなかったのだが、どちらかといえば小さめの建物だったように思っていたので、城の中での動きやすさに驚いたことを思い出す。

その見取り図の端に「シアレイト」の名を見つけた。



「この家名は…ナギ国の王家のものか?」


「その通りでございます。正式には"元"ナギ国ですが…」



紅茶のおかわりを注ぎながら、マルタが答える。その表情が少し曇ったのを見て、もしかしてと思った。



「…マルタの出身は」


「ご想像通り、ナギ国です。もっとも、私が成人する前に国はなくなってしまいましたが」


「そうか…すまない」


「お気になさらないでください。それに私達は、アクロ殿下がこの城での勤務を斡旋してくださったので、それなりの生活を送ることができております。…敗戦国の民には、奴隷として身を売るしかないほど生活に困窮している者もおりますから」



後ろ暗い様子で語る彼女にかける言葉が思い浮かばず、ただ黙るしかなかった。自分の無神経さに情けなくなる。マルタは俺が希望を与えたと言っていたが、どう考えても間違いだ。


+++


その後、湯浴みをして乾かしてあった服を着る。クレイスのことを言うわけではないが、確かに特別な行事でもない場合には庶民の服がいい。動きやすさが違う。

用意されていた部屋に通され一息つきつつ、剣の手入れをする。

無心に砥石を動かして、錆色を落としつつ光にかざして刃を確認すると、思ったよりも血の汚れは少なかった。あの時、どれくらいの人数を斬ったのだろう。…どれくらいの人が、死んだのだろう。


一通り手入れを終えて剣をしまう。まだ昼の時間まで少しある。

クレイスの様子を見に行こうかと立ち上がった時、少し性急なノックの音が部屋に響いた。何事かと反応するよりも先に、その理由が聞こえてきた。



「ルーン様、クレイス様が目を覚まされたようです」


「すぐ行く!」



マルタの声に即答して、剣を下げつつクレイスの部屋に入る。

少し騒がしく部屋の中を移動するメイド達にぶつからないよう気をつけながらベッドに近づくと、ナディアとクレイスが同時にこちらを見上げた。その緑の瞳に洞窟でのやり取りを思い出して、少しぎくりとしてしまった。



「クレイス様…」


「お嬢様、起き上がりますか?」


「はい、頼みます」



ナディアに支えられつつ上半身だけ起き上がったクレイスを見守りながら、傍の椅子に腰を下ろす。

顔色も随分と良くなった…まだ本調子というわけではなさそうだが。

ふうと小さく息をついて、クレイスはこちらと目を合わせた。



「ご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」


「いいえ、こちらこそ申し訳ない。クレイス様に負担をかけてしまうことになってしまいました」


「カーベラル皇子のことは、予測しきれない事態でした。ルーン様はあの混乱した場で最善の行動をしました。だからこそ、わたくし達は無事にここまでたどり着けたのです」



冷静な彼女の声に、しかしうまく頷けず黙ってしまった。クレイスの目の前で人を斬ったという事実が、俺の中で後悔を生み出し続けている。あの時の不安がまだ残っているのだ。

黙り込んでしまった俺を何も言わずに見つめた後、クレイスはナディアにお茶をと声をかけた。了承したナディアから代わりに支えて欲しいと頼まれ、交代してクレイスの体を抱く。


暖かな体温と、静かな鼓動が伝わってきて、感じていた重荷が少し和らいだ気がした。

こちらに体を傾けて、何も話さずただ俺に寄りかかっている彼女に、ほんの少しだけ顔を寄せる。

花と石鹸の香りがする。それがどうしようもなく心地よくて、目を閉じた。

ああ情けない。こんな時なのに、眠気が出てきてしまった。


+++


数分後、紅茶を用意したナディアは、二人を見て驚き足を止めた。


あんなにずっと気を張って、頑としてまともに休もうとしなかったルーンが、クレイスにもたれて眠っている。クレイスもルーンに体を預け、目を閉じている。

眠ってしまったのだろうかと二人に近づくと、クレイスは起きていたようで、ナディアに軽く頷いた。

このままそっとしておいて欲しいのだろう。主人に頷き返して、音を立てないよう気をつけながらサイドテーブルにカップを置いた。



「やはり、相当お疲れになっていたんですね」


「…わたくしはどのくらい寝ていたのですか?」


「馬車での移動中も含めるなら、1日半くらいです」


「そうですか…ルーン様だけでなく、貴女にも迷惑をかけました。ごめんなさい」


「謝らないでくださいお嬢様。私はお嬢様の従者として当然のことをしたまでです。それに、昨日は私もゆっくりと休ませていただきましたから、平気です」



柔らかく微笑むナディアからカップを受け取り、静かに紅茶を飲む。

暖かな感覚、甘くともスッキリとした香りに、クレイスは表情を和らげた。パルキア国で飲んだ、好きな香り。

零さないようにゆっくりと飲み進め全て飲みきった後、うとうとしてきたクレイスに、ナディアが毛布をかけなおす。


やがて二人は寄り添いあったまま眠ってしまった。


ナディアは紅茶を下げると、傍の椅子に座って二人を見守っていた。約束の時間まで…それまででいいから、この眠りが妨げられないよう、静かに祈った。




ナギ国にて、ようやく一息つきました。

騒動の核心である話し合いは次回に持ち越しです。私は次回予告をやめるべきだと思います……。


今回はかなり時間がかかってしまいました。月二回更新を目指していますが、なかなか上手くいきません。

だからこそ、待ってくださる方々に感謝しております。

完結まで見守っていただきたいと思います。今後もよろしくお願いします。

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