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22, 脱出

お待たせしてしまい申し訳ございません。

少し長くなってしまいました。



ざあざあと雨が降りしきる中、馬を駆って全速力で走る。

僅かでも異変があればすぐに反応できるよう、身体の全神経で警戒したまま。

とにかく、一刻も早く、遠くへ。追っ手の確認なんてしている暇はない。


先行する馬車には、とんでもない人物が乗り合わせている。

外からでは中の様子は分からないが、緊張感だけは伝わっていた。だが、今心配するべきは、無事に目的地へ辿り着けるか否か。鬱陶しい髪をかきあげ、手綱を握り締めた。



++++++++++



時は数時間前に遡る。


無事に縄を切り終えた俺は、脱出の機を伺っていた。

見張りは扉の前に一人、少し遠い出口の側にもう一人。

なんとなくだが、彼らには警戒心がいまひとつ足りていないような気がする。有り体に言えば、ただの作業をこなしているだけ、といった雰囲気。俺が反撃するとは全く考えていないと言っても過言ではない。



(なんだこいつら)



わけがわからない。まさかとは思うが、ただの一般人なのでは?まあ、戦えないのなら俺にとっても都合がいいが。

改めて扉を見つめる。鉄製の扉。頑丈ではあるが、蝶番の部分はかなり錆びついている。

武器は没収されたのでここにはない。格闘もそれなりにできるよう訓練しているが、少し迷う。


今の自分の精神状態、体調、技術のレベルから考えると、確実に手加減ができない。少なくとも見張りの二人は奇跡でも起きない限り死ぬ。

それをクレイスはどう思うだろう。

仕方のない事だと割り切れるとは到底考えられない。

別の方法を探す。戦闘にさえならなければ、なんとかなると思うのだけれど。



そう悩んでいると、やけに甘い香りが扉の方から漏れてきた。驚いて咄嗟に離れると、僅かに桃色をした煙がじわじわ侵入してくるのが見える。

覚えのある匂いだ。確か、これは。



「なん、だ…?か、らだ、が………」



一人、そしてもう一人。倒れる音が響いた。

やはり痺れ薬かと、吸わないように口と鼻を庇う。数秒後、誰か一人が静かにこちらへ歩いてきた。

そしてアッサリと扉を開けられ、流石に驚いてポカンとしてしまった。


扉を開けたのは、布で鼻と口を覆った黒服の男だった。彼は縄を切っている俺の様子に全く動じず、静かにと言うように人差し指を立てた後、着いてこいと手招きをした。

なにがなんだか。だがここにいても仕方がない。警戒はしつつも、着いて行くことにした。



「もう大丈夫です。上階までご案内しますので、着いてきてください」


「広間の階段以外のルートがあるのか」


「はい。この城は防衛を目的とした設計なので、抜け道が多数存在します。迷ったら戻れなくなる可能性が高いので、お気をつけください」


「…そうか。それで、お前は誰だ?なぜ俺を助けた」


「説明は移動しながらお聞きいただきます。今は時間がありません」


「わかった」



地下道らしき狭い通路を、ランプで照らしながら走り抜ける。所々曲がったりしているが、似たような造りのせいで全く道を覚えられない。何度曲がったかを数えるので精一杯だ。



「私はモールドル国の騎士です。シャリア殿下のご命令を受け、貴方がたを助けに参りました。城の外には、既に脱出用の馬車が待機しております」


「シャリア姫の…?なら俺たちを捕らえたのは、バルカ王か?」


「正確には、バルカ王と協力体制にあるカーベラル・キルスチア王子です」


「な…!?」



思わず大きな声が出そうになり、慌てて口を閉じる。

改めて事実かと問えば、騎士は間違いありませんと頷き返した。

まったく、何が何だか、なんなんだ一体!内心で悪態をつきつつも、ただ走る。

今はそんなことを気にしている余裕はない。クレイスの元へ、一刻も早く。


数分程進んだところで、今度は梯子を登り、そして狭い階段を駆け上る。

先導する騎士の動きがやや鈍ってきた。長い距離をこの緊張感の中進んでいるのだから、まあ当然だろう。

彼を引き止め、数秒休もうと声をかければ、素直に足を止めてくれた。



「申し訳ございません、ここに来るまでに体力を消費しすぎたようです」


「気にするな。寧ろよくここまで来た。敵の規模はどの程度なんだ?」


「この城に配置されているのは、バルカ王の配下にある兵士が数人、金で雇われたならず者が百人程度。規模としては最小限と言えるでしょう。姫様方が脱出した後ならば、攻め落とすのも容易でしょう」


「…今はクレイス様達の身の安全が最優先か…」



自分に言い聞かせるように何度も脳内で反芻する。脱出が先。

だが抑えようとすればするほど、怒気というのは勢いを増すようで、諦めてそのままにした。

はあ、と大きく息を吐くと、騎士が若干苦笑しつつ申し訳ないと繰り返す。

情けない。ここまで自分を律せないのは初めてだ。


そこからまた数分階段を登り、ようやく城の一室に辿り着いた。

鏡の後ろから出たところで、案内に来た男と同じ格好をした人物が二人駆け寄ってきた。

若干身構えたが、すぐに「私の仲間です」と騎士が間に入ったので、警戒を解く。



「お待ちしておりました、ルーン殿下。武器はここに」


「取り戻してくれたのか!…礼を言う。大事なものなんだ」


「パルキスタン王家の紋がありましたので、扱いには気をつけましたが…」



受け取った剣を抜き、サラッと確認。傷ひとつない。

再び礼を言うと、すぐさま今後の話に戻る。

とにかく脱出を。けれど守りは硬い。策を講じなくてはならないだろう。



++++++++++



その後騎士達と分かれ、俺はひたすらに塔の階段を登っていった。クレイス達のいる部屋は、防御の事も考えてか非常に侵入し難い位置にある。崖から離れており、ベランダもない。出入り口は一つの扉のみ。

馬鹿正直に扉から入る意味はない。というわけで、崖近くの塔から、ベランダがある部屋に渡り、上からクレイス達の部屋に入る。監視されている城内を動き回るくらいなら、サッサと外からショートカットすればいい。


塔の窓を開けて、向かいの屋根に飛び移る。雨で滑ると危ないので、若干慎重に進めば、良い感じに下のベランダに降りられた。周囲を確認して、兵士がいないと判断してから、隣のベランダへ飛ぶ。


クレイス達の部屋の二つ上のベランダに辿り着いて、ようやく一呼吸ついた。城内の様子はわからないが、騎士達が兵士になりすまして騒ぎ出している筈。

途中で分かれた騎士達が、「護衛の男が逃げたぞ」とあちこちを混乱させておきますと言っていた。もうカーベラルにも騒ぎが伝わっているだろう。


まあそうでなくとも、サッサと行ってサッサと出よう。塔の中にあった倉庫から適当に持ってきたロープを結ぶ。

雨で滑るが、少しくらいの負荷なら大丈夫だろう。

仮面を一旦外して水滴を拭う。ベルトから気付け薬を取り出し、思いきりひと噛み。ツンと鼻まで刺激が走り、意識がはっきりした。



「よし、行くか」



仮面をつけ直し、ロープを掴む。少し助走をつけると、一気に下へと飛び出した。

身体中が縮まるような落下の浮遊感。グッと歯を食いしばり、狙いの窓へと勢いよく、迷いなく、まっすぐに。



そして、轟音と共に彼女の姿が視界に戻ってきた。



(あ)



否が応でも気付かされる。いつも無表情で、大人しくて、でも案外考えている事がわかりやすい、彼女が。

ナディアの腕の中で、こちらを見上げる彼女が。

…クレイスが。



(泣い、て)



それを見た途端、抑えていた感情が全て吹き出した。

怒りだったり焦りだったり…怒りだったり。主に怒りだ。

体の中に熱湯を注がれたのかと思うくらいに、カッとなって、わかりやすく言うと、ブチ切れた。


着地した直後に、すぐ近くにいた黒服の人を殴り飛ばした。それだけではどうにも気持ちがおさまらず、剣を抜いて足を斬りつける。立ち上がって来られたら多分殺してしまうので、ついでに鞘で鳩尾を殴っておいた。


ナディアがクレイスを連れて来るのがわかったが、なんか黒服達がそれを邪魔しようとしていたので、取り敢えず殴る。倒れたらすかさず足を切った。

何人くらいか倒したところで、ナディアとクレイスが来たのですかさず背に隠す。


彼女達を追って襲い掛かってくる黒服は、慈悲をかける気持ちの余裕がなかったので、切って殴る。生きていようが死んでいようが足は切っておいた。

そのうち向かってくる者がいなくなり、フと周囲に目を向けた。

そしてカーベラルを見つけた。しっかり視線が合ったので、殺しておくかと剣の血を払った時、背後の小さな息遣いが聞こえた。



その時ようやく我に返った。



急速に頭が冷えて、冷静さが戻ってくる。やってしまったという気持ちと共に後ろを向く。ナディアと共に怯えきっているクレイスを見て、サッサと逃げるべきだと思った。

嫌なものを見せただとか、反省はあるが、そういうのは全て後回し。


二人に駆け寄って、何を言うか一瞬迷い、ただ一言「逃げます」と告げた。

カーベラルに反応されるよりも早く、そのまま二人を抱き寄せて、まだ窓の外で揺れていたロープを掴む。

そのまま外へ飛び出すと、二人して必死にこちらにしがみついて来た。


あ、言っておけば良かった、と思ったが時すでに遅し。


彼女達の悲鳴と共に、崖下へと落下しながらロープを切り飛ばした。



++++++++++



雨の音が響く。水が頬を伝い落ちる感覚を煩わしく思いつつ、なんとか呼吸を整える。

着地がうまく行かなかった。ロープを揺らして壁に近づき、剣を突き立てて勢いを殺し、崖の下にあるこの洞窟に飛び込んだまではよかったのだが。

情けない話、足が滑って転んだ。抱えていた二人を庇ったのもあってまともに尻餅をついたのだ。

うん、まあ、無事だったのだから恥ずかしさくらい我慢だ。

クレイス達を離し、警戒しつつ皆でその場に座り込む。



「お怪我はございませんか」


「…わ、たくしは、ないです」


「お嬢様、泥が…」



ナディアがハンカチを取り出して、クレイスの頬を拭った。

気遣わしげな仕草に、ジワジワと後悔が胸に湧き起こる。

彼女達の顔が見られない。よりにもよって目の前で、俺は人を切ったのだ。

クレイスもわかっているからか、何も言わない。唯一ナディアがこれからどうするかと聞いた。



「この洞窟の先に、シャリア姫様から寄越された脱出用の馬車が待機しています。少し歩きますが…」


「…問題ありません。ここに留まっている方が危険でしょう」


「…クレイス様、あの…」


「ルーン様」



凛とした声に、俺だけでなくナディアまでもが息を呑んだ。

恐る恐る彼女の顔を見ると、いつもの無表情がこちらを静かに見据えていた。



「…助けてくださって、ありがとうございます。」


「…っ」


「ナディアも、ありがとうございます。貴女のおかげで、わたくしは自分を見失わずにすみました」


「お嬢様…」


「ルーン様、貴方が助けにくださった時…わたくしは、心が救われました」



クレイスは言いながら俺に歩み寄り、手を取った。彼女が汚される気がして咄嗟に離そうとしたが、それを許すまいと言うかのごとく、彼女は強く手を握る。

戸惑いと、言いようのない罪悪感と、不安が心に影を落とす。

けれどクレイスは、まっすぐな眼差しで、緑の瞳に俺を映すのだ。

なんとなく、負けたなと思った。諦めて彼女の手を握り返すと、クレイスはそっと俺の手を両手で包み込んだ。



「…貴方はいつも、わたくしを助けてくださいます。たとえそれが戦いを引き起こすことになっても、ルーン様はわたくしを助けてくださるのでしょう。…確かに、わたくしはルーン様の手が汚れるのは嫌です。誰かを殺すのも、殺されるのも、して欲しくありません」


「そう、ですか」


「けれど、そうなったからといって、貴方を責めることも恐れることも、わたくしは決していたしません」



彼女の言いたいことは、わかった。でもそれでいいのだろうか。

それが彼女の重荷になったりはしないのだろうか。

俺はクレイスを守るつもりで、逆に傷つけてしまっているのではないのか?


その考えすら、クレイスにはお見通しのようで、彼女は静かに首を横に振った。

それでも罪悪感が振り払えずに目を伏せた俺の手を引っ張ると、クレイスは行きましょうと言った。



「ここを離れることが先です。これ以上の戦いは、避けなくてはなりません」



歩き出したクレイスに、手を引かれてつられて前に進む。

ナディアは何も言わずについてきた。二人の気遣いに少し気を取り直し、クレイスと手を繋いだまま彼女達の前に出た。


洞窟の中は薄暗く、湿っていた。ランプがないので、鞘に布を巻きつけて燃やし、松明にした。

三人とも何も言わずに、黙々と歩く。追っ手が現れるかも知れないという警戒心でいっぱいだった。

数十分ほど歩いた頃、クレイスの呼吸が荒くなり、足を止めた。



「クレイス様」


「すみません、大丈夫です。お気になさらないでください」


「そうはいきません。ナディア、火を頼む」


「はい!」



ナディアに剣を収めた鞘を渡し、空いた両手でクレイスを抱き上げる。

断ろうと口を開いたクレイスは、けれど俺の顔を見て黙った。

おそらく、俺の方がひどい顔をしていたのだろう。守る相手に心配されるなんて、本当に情けない。


それからまた数十分ほど歩いて、ようやく洞窟の出口が見えた。

敵に待ち伏せされている可能性もある。クレイスを下ろして火を消し、剣を抜く。

恐る恐る外に出ると、二人の男が駆け寄って来た。武器を持っていないのを見つつ、念のために構えてクレイス達の前に出る。



「何者だ」


「我々はモールドル国の騎士です。シャリア殿下のご命令で、お迎えにあがりました」


「証拠は」


「こちらに殿下から頂いた書状がございます。ご確認ください」



手紙を受け取り、ナディアとクレイスにも見せる。

二人は確かにシャリア姫のサインと印がなされていることを認めた。

書状を返して剣を収める。武器を向けた無礼を謝ると、彼らはお気になさらずと言って笑った。


彼らの後に続いて、森の中に入る。俺は再びクレイスを抱えていた。

騎士達は代わりましょうかと言ってくれたが、クレイスを他の者に任せる気にならない。

それならばナディアを頼むというと、快く引き受けてくれた。ナディアは大丈夫だと言い張っていたが、膝が笑っているのを指摘すると、観念して大人しく運ばれることにしてくれた。


森の中を歩いて一時間程度で、ようやく騎士達に聞いていた馬車が見えて来た。

騎士の一人がその戸を一定のリズムでノックすると、間髪入れずに扉が開いた。

そしてそこにいた人物に、俺とナディアは驚きのあまり声を上げてしまった。



「しゃ、シャリア殿下!?」


「お久しぶり、ナディア。クレイスも元気そうでなによりだわ!」


「ど、どうしてここに」


「そんなのはいいから、早く乗りなさい!ルーン殿下、挨拶は後回しにしてくださいな」


「は、はい」



促されて、クレイスを馬車に乗せる。続いてナディアが乗り込むと、またしても彼女の大きな声が上がった。



「レティシア様!!??」


「皆無事でよかったわ!ルーン様も早くお乗りになって!」


「い、いえ、私は…」



いやいやいや、女性四人の馬車に男一人で乗るのはキツすぎる。

慌てて遠慮しますと首を振ると、シャリア姫が騎士の一人に声をかけ、馬を貸すよう言ってくれた。

馬車の中で固まっているクレイスを心配に思ったが、ナディアと姫達に任せることにした。


こうしてドタバタしつつなんとか出発し、数時間。

目的地はモールドル国の王子、姫達の隠れ家。元ナギ国の古城。

今はとにかく、そこを目指して走るしかない。


雨でぬかるんだ荒い道に、馬と馬車が駆ける音だけが響いていた。





ようやく脱出できました。

次回はこの騒動の核心に迫っていきます。

ルーン様の迷いにどう決着がつくのかも、見守っていただけると嬉しいです。

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