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21, 不穏な話し合い



城に着いた俺はクレイス、ナディアと引き離された。

実に乱暴な扱いで地下へと連れて行かれ、牢屋へと放り込まれる。大きな音を立てて扉が閉められ、数人の足音が遠ざかっていった。残った気配はおそらく見張りの者だろう。


転びはしなかったが、扉にぶつけた肩が地味に痛い。それ以外は大した怪我はなかった。

それにしてもいいんだろうか…仮面をつけたままなのだが。

黒服の奴らは俺に興味がなかったようだし、こんな誘拐となるとクレイスに意識が向いて他が疎かになるのも無理はない…か?いや、だとしてもずさん過ぎるだろう。

考えられる原因としては、この誘拐は急遽行われたもので、情報収拾が間に合っていなかった。もしくは、そもそも狙いがクレイスのみでただ待ち伏せていただけだったから…そのあたりだろうか。


まあひとまず正体がバレなかったのならバレなかったでいい。正直言ってかなり助かった。

牢屋をぐるりと見回す。地下にあるにしては空気が軽く感じる。小さな格子窓から外を見ると、成る程ここはまだ崖の途中で、地上はもっと下のようだ。空の色が暗く、雨が降っているのも見えた。城に入る前に見た雲の様子から予想するに、これからもっと天候は荒れるだろう。

視線を戻す。扉の材質は鉄でこちらを見る為の小窓がある。しかしこの部屋自体にはなにもない。

長い間閉じ込めておくつもりがないのだろうか。まあそうだろう。ただの護衛なんぞ、さっさと始末をつけるべきだ。



(なんにせよ、脱出してクレイス達を助け出さなくては)



扉の横に座り、袖に仕込んでいた小さな刃物で縄を切る。鉄製の枷でなくて助かった。

ゆっくり、静かに。慌てずとも、クレイスとナディアに危害が及ぶ可能性は低い。

こんな城を拠点にしているのだから、十中八九相手は身分のある人物だ。何が目当てにしろ、クレイスを害するメリットはない。そうでなければ全員あの場で殺されていた。


けれども、冷静でいることと腹をたてることは別問題だ。

誰だか知らないが、いい度胸じゃないか。俺の目の前でクレイスを捕らえるとは、やってくれる。

彼女の悲痛な叫び声が、脳内にこびりついている。だんだん優しい感情を覚えてきたのに。なんで、こうも彼女の周りは不穏なのだろうか。それがとんでもなく頭にくる。

ジリジリと神経が張り詰めていく。ざわつく心を抑え、目を閉じた。



──ただで済むとは思うなよ。



++++++++++



ルーンと離され、厳重な見張りの中、クレイス達は部屋へと通された。

数階ほど階段を上がった、小ぶりな談話室。暖かな光を放つ暖炉は、緊張の中では不気味に見える。

その前に並んだソファーには、一人の男が座っていた。

クレイス達が足を止めたのと同時に、彼が手を挙げ、黒服達が引き下がる。

そして立ち上がり、振り向いたその顔を見て、ナディアは思わず声をあげそうになった。



「ようこそおいでくださいました、クレイス・モルドリア皇女殿下。少々手荒な案内になってしまいましたこと、深くお詫び申し上げます」



そう言いながら深々とお辞儀をする男を、ナディアは信じられないといった面持ちで見つめていた。

大きな窓から見える景色は暗く、重い。打ち付ける雨の音が騒めく心を掻き立ててくる。


しなやかな仕草で顔を上げた男に、クレイスは強張った無表情で声をかけた。



「何故、貴方がここにいるのですか。──カーベラル・キルスチア皇子」



ニヤリとカーベラルの口元が歪む。その不気味さに不快感を覚え、クレイスは睨むように眉を顰めた。

彼は演技がかった仕草でゆっくりとソファの周りを歩きつつ、まあお座りくださいと対面のソファを指した。暫く様子を伺っていたが、座るまで話す気は無いようだと判断したクレイスは、ナディアと共に恐る恐る腰を下ろした。



「どこから話したらいいものか…まずは、貴女が一番気にしていらっしゃるでしょう弟君のことを。彼の事は心配いりません。我々が責任を持って、王都の城へお送り致しております」



その言葉に、クレイスは僅かに安堵の息を漏らした。だがそれが信じていい言葉なのかはまだ判断がつかない。その言葉は本当かと問い詰めるようにきつい視線を向ける。

カーベラルは薄笑いを浮かべたまま、おもむろに奥の暖炉へと歩み寄り、その上に置いてあったグラスとワインボトルを手に取った。



「ご安心ください、私にとって彼は重要な存在では無い。この場にいてもらっても良かったのですが、無闇に巻き込むのは貴女も望まないでしょう。これでも私は貴女に敬意を持っているのですよ、クレイス様」


「このような仕打ちをしておいて敬意とは、よく言えたものですね!」



ナディアが噛みつくように言う。カーベラルは心外だとでも言うように肩をすくめた。



「こちらとしては、十分に気をつかっているのですがねえ。多少強引であったことは認めますが。さて、そろそろ本題に入りましょう。先程の質問にお答えしますと、私はある目的を果たす為に此処に来たのです。その目的には、クレイス様。貴女の協力が必要なのですよ」


「…協力、ですか」


「ええ。まあとにかく話を聞いていただきたい」



グラスにワインを注ぐと、それを揺らしながらカーベラルは話し始めた。



「事の始まりはつい最近です。私の元に、バルカ王から直々に手紙が届きましてね。なんだろうと読んでみれば、なんと我がキルスチア国と友好関係を築きたいとの事で。さらにそれが叶ったならば、モールドル国の宰相の座を私に譲ると仰って頂いたのですよ。いやはや、これ以上ない魅力的な提案です。何を隠そう我々もモールドル国と関係を持ちたがっていたので、バルカ王からの申し出は実にありがたかった」


「陛下が…?でも、それはシャリア姫様が、キャンディス姫様に依頼したことのはず…」


ナディアが訝しげに呟いた。


「ああ、そのようですね。けれど残念ながら、キャンディスが動いたのは私がバルカ王の提案を承諾してしまった後だったので。まあもし間に合っていたとしても、シャリア皇女達が用意できる報酬は宰相の座よりも劣っていたでしょう。実権を握れるという事の意味は、説明せずともおわかりいただける筈」



成る程、ありえない話ではない。少なくとも今この場で虚言として使うには不相応な内容と言える。

ナディアと軽く目を合わせたクレイスは、カーベラルへと話の続きを促すように顔を上げた。彼女達が話を聞く態勢をとった事にようやく満足したらしく、カーベラルは向かいのソファに座ってグラスを置いた。


空気がピリリと張り詰める。ナディアは警戒と緊張が膨れすぎて、今にも心臓が破裂しそうな心地だった。

クレイスもいまだに無表情だったが、膝の上でグッと手を握りしめていた。

一人涼しい顔のカーベラルが、何事もないかのように話し続ける。



「さて、その話を受け入れたはいいものの、そこに一つ問題が生じました。我が妹であるキャンディスは、パルキア国側の人間だったので、私とバルカ王の目論見を危険だと判断したのですよ。これにはしてやられましてね…私がモールドル国へ手を出す前に、キャンディスはパルキア国にクレイス・モルドリアという大きな駒を抱き込ませました。それも考えうる限り最良の方法で、です。いやあ慌てましたよ、なにしろモールドル国をまともに立て直すには、クレイス・モルドリアという抑止力は必要不可欠でしたからね」


「わたくしがルーン様と婚約をしたから、貴方はこのようなことをしたと仰るのですか」


「当たらずとも遠からずですね。モールドル国と私にとって大きな打撃であったのは、貴方をパルキア国の元へ嫁がせる為に、モルドリア家の皇子と皇女達がバルカ王に離反したことなのですよ。実質この国を抑えていたのはリヴァル皇子とアクロ皇子、そして皇女達でしたからね。崩壊が始まるのは時間の問題でした。そこでバルカ王は、解決策としてクレイス姫…貴方の奪還を最優先としました。そして私ともう一人の人物に、それを任務として指示したわけです。私はまあ断る理由もなかったので。クレイス様がモールドル国へと足を運ぶきっかけを作る程度の仕事はしました。その他は全てもう一人の協力者が頑張ってくれましたのでね」


「きっかけ、というのは…パーティーでのことですね」


「流石に察しがよろしい。あの場での突発的な出来事に不意をつかれたキャンディスはこれに気づかず、こちらの思惑通り少人数での帰国を計画してくれました。後は貴女を回収すればいい。護衛の者が一人しかいなかったのは、少々驚かされましたがね」



わざとらしく肩をすくめるカーベラルを見つめながら、クレイスは考える。

もう一人の協力者。それに心当たりがある。信じたくはないが、そうだとしか思えない。

グッと手を握り、息を吐く。



「…もう一人の協力者とは、キーリスのことですね」


「ご名答。ああ、ご安心ください。『赤ガラス』を動かしたのは私です。キーリス皇子の役割は、貴女を攫った『赤ガラス』と共にモールドル国へ戻ることでした。狙いはあなた方姉弟であると誤解させられれば、パルキア国もそう簡単には動けなくなりますからね。しかし、ここで予想外の事態が起きました」


「わたくしが奪還されたことですか」


「それも含めて、ルーン皇子の動きが早かったのですよ。いやはや、まさか手練れの犯罪集団を一晩で壊滅させるとは…パルキアの皇子達は想像以上に有能でしたね。弟君は咄嗟に『赤ガラス』とバルカ王に罪を被せました。彼の機転がなければ、貴女が帰国することもなかったでしょう」



その後、キーリスは帰国の日時や人数の詳細を伝書鳥でカーベラルへと伝えたそうだ。

港で待ち伏せされていたのはそのためだったのかと、ナディアは顔を顰めた。

クレイスは、ただただ黙って話を聞いていた。

カーベラルは事の真相を大体話し終えると、グラスのワインを飲み干し、にこりと微笑んだ。


話を戻しましょうか、とカーベラルが手を上げる。息を潜めて待機していた者たちが、静かにクレイスとナディアを包囲した。

ごくり、と。喉を鳴らしたナディアは、今にも途切れそうな意識の中で、なんとしてでもクレイスを逃さなければと考える。しかし、あまりにも、この状況は『詰んでいた』。

自分の不甲斐なさを、これ程までに後悔したことはあっただろうか。



「さて、クレイス姫。貴女には二択を選んでいただきたい。バルカ王の元へと戻り、我々と共にモールドル国を、そしてパルキア国を掌握するか…もしくは、この国がパルキア国に宣戦布告をする為の大義名分となっていただくか。どちらにしても、貴女の身の安全は保障しましょう。ですが、お答え次第では…弟君やそこに座っている彼女には犠牲になっていただかなくてはなりません」



切れ長の目を細めて、カーベラルは歌うように告げる。

クレイスの瞳が揺らぐ。強く握りしめた手に、ポタリと汗が落ちる。

絶望という名の鎌を持った死神が、それを振り下ろすのをいまかいまかと待ち望んでいる。そんな幻覚が見えた気がした。

さあ、と。答えを促す声がする。その声が、頭の中で反響して、記憶の中の声音に変わっていく。



──守りたければ、従え。



──お前の態度次第だ。



──お前は逃げ出してはいけない。



────さもなくば、彼らの命は…



心臓が、痛いほどに動きを増す。息が苦しくて、首を絞められているような錯覚。

隣に座るナディアが、今にも泣き出しそうな顔で、クレイスを見つめている。

選ぶ自由はない。選択肢は一つだけ。

でも、これだけは。



「…一つだけ、お聞きしても、よろしいでしょうか」


「ええ。なんなりとどうぞ」


「あの方は…わたくし達と一緒に捕まった彼は、どうなるのですか」



その言葉に、カーベラルは一瞬虚をつかれたような顔をした。

こんなことを聞くこと事態が予想外だった、と言うような。クレイスは思わず瞠目し、そして咄嗟に周囲を見回す。

困惑したような気配が広がっていく。カーベラルもこれはまずいと思ったようで、咳払いをした。

再び張りつめた緊張の中、何事もなかったかのように。



「早めに処分させていただきます。このことが外部に漏れるのは避けなければなりませんので」


「処分、とは」


「わざわざ口にせずともお分かりでしょう。ご安心ください、苦しませることはいたしませんので」


「殺すことに安心もなにもないでしょう!」



ナディアが真っ青な顔で、悲鳴のように噛み付く。

その隣で、クレイスは今にも倒れそうな程、視界が暗転していくのを感じた。

カーベラルはその様子に僅かに片眉を上げ、しかし元のように微笑んだ。

そして再び口を開き──何かに気づいたように表情を変えた。


ほぼ同時に、廊下の方から騒がしい音が鳴り出す。黒服達が一斉に廊下へと視線を向けた。

ナディアが何事かと体を強張らせ、クレイスへと手を伸ばすが、誰もそれに反応しない。

カーベラルは即座に立ち上がると、よく通る声で鋭く命令を飛ばした。



「警備を固めろ!!総員武器を構えよ!!」



クレイスとナディアを囲む黒服の者達が、一斉に武器を抜いた。

その鈍い刃の色と膨れ上がる殺意に、姫は小さく悲鳴を漏らした。

殺意の気配から彼女を守るように、咄嗟にナディアがクレイスを抱きしめる。




──瞬間、部屋の窓ガラスが轟音と共に砕け散った。




キラキラと光が反射する。欠片が派手にばらまかれ、その場の全員に降り注いだ。

クレイスはナディアの腕の中からそれを見ていた。

暗く闇に包まれた視界に、光が差し込むような、そんな光景。

仮面をつけた男が、舞い降りるかのごとく部屋に飛び込んだ。


ひらりと舞うマントには、記憶に新しい美しいブローチ。

彼の瞳と同じ、琥珀色の薔薇。ナディアと一緒に、たくさん悩んで、選んだ贈り物。

息が止まるほど美しいそれが、クレイスを現実にと引き戻した。

それはナディアも同じだった。誰よりも早く反応し、クレイスを引っ張って立たせる。



「お嬢様!こちらへ!」


「な、ナディア」



よろけながらも、なんとかクレイスも立ち上がる。

周りの黒服達がようやくそれを妨害するべく動き出そうとした。

だが。



「ぐああっ!!」


「ぎゃああっ!!?」



悲鳴が上がる。まるでボールのように、黒服達が投げ飛ばされていく。

カーベラルは呆然とそれを見て、護衛と思われる黒服達に後ろへ動かされた。

あまりにも急な展開に戸惑う黒服達の輪から、ナディアとクレイスが飛び出した。

それに気づいた仮面の男が、素早く彼女達を背に隠す。


再びこちらを見据えた男を見て、ようやくカーベラルが我に返った。

すぐさま彼とクレイス達を捕らえるように命じる。

黒服達がなんとか体勢を立て直そうと動き出すが、それよりも早く男が動いた。

目にも留まらぬ速さで、黒服を倒していく。たった一人を相手に、誰も太刀打ちできない。


1分も経たなかった。

残っている黒服は、カーベラルを護衛する二人のみ。

わずかに視線がぶつかる。殺意が混じった緊張。


だが、仮面の男はあっさりと視線を外し、窓際に立っていたクレイスとナディアに駆け寄った。

そしてわずかに一言。



「逃げます」



それだけを告げると、二人を抱き寄せ、迷うことなく窓から飛び降りた。


あまりにも突然の出来事に、カーベラルは思わず窓へと駆け寄った。

下を覗くが、もう彼らの姿はない。この崖へ身を投げるなど、自殺行為でしかない。

そう思うのが当然なのだろうが、三人は無事だという確信がカーベラルにはあった。



「カーベラル様!」



駆け寄ってきた護衛が、追いますかと尋ねる。

カーベラルは苦笑しながらその必要はないと告げた。

そして窓からぶら下がっていた、切れたロープを拾い上げて護衛に渡す。



「彼を侮っていたよ。まさか飛び降りるとは」


「申し訳ございません、カーベラル様」


「気にするな、私のミスだ。…すまないが、双子を呼んできてもらえるか?」


「承知いたしました」



命令をした後、もう一度下を見下ろしたカーベラルは、しかし何を言うでもなく城の中へと戻って行った。





遅くなってしまいました。

少し書くのに苦戦しておりますが、帰国編はまだ始まったばかりですので、最後までしっかり書き切れるように頑張りたいと思います。

いつもお読みいただいて、ありがとうございます。

次回はルーン様視点に戻ります。

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