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13, 答え合わせはお茶会で その2



「私が計画のことを知らされたのは、ルーン殿下の誕生日パーティーの招待状が届いた日です。その日はシャリア姫様が他国の皇子との見合いをする日で、バルカ陛下の近衛兵達は、そちらの方に注意を向けていました。その隙をついて、レティシア姫様が私の寝泊まりする部屋にいらっしゃったのです」



レティシア姫は声を発することなく、指示を書いた手紙を渡して来たらしい。

クレイスを、レティシア姫の身代わりにパルキア国に向かわせる事。その計画はキルスチア王国の協力によってなされる事。うまくいけば、クレイスをモールドル国から脱出させられる事。

それらも全てその手紙に書かれており、ナディアは読み終わると共に了承した。



「シャリア姫様のお見合いの相手は、キルスチア王国の第二皇子、カーベラル殿下でしたので、そこで計画の確認と決行がなされたのだと思います」


「待ってくれ、今なんと!?」



驚きのあまり立ち上がりかけた俺をキャンディス姉上が扇で制した。ナディアは目を見開いていたが、続けなさいと姉上に言われ、恐る恐る続けた。



「…私は計画の通りに行動を始めました。内容はこうです。まず、カーベラル殿下と共にやって来た、キルスチア国の商人を名乗る者に接触します。そしてレティシア姫様は私に扮し、お嬢様の元へ行きます。その間に私はキルスチア国の御者と入れ替わり、お嬢様を待ちました。レティシア姫様に言われるがままに私に扮して馬車へ乗り込んだお嬢様に、そこで計画の概要を説明し、商人と入れ替わって貰いました。後は、私は御者、お嬢様は商人として、見合いを終えたカーベラル殿下と共に城を出、パルキア国へと向かいました。途中までキルスチア国の衛兵も付いていましたが、パルキア国への商談があるからとカーベラル殿下一行と別れる事で、追っ手を振り切りました」



そこでキルスチア国の手の者が、モールドル国に参入する事ができていたわけだ。後は、商人になりすましてバルカ王を唆し、婚姻の承諾書を手に入れればいい。

後は伝書鳥にでも書類を託し、キャンディス姉上がそれを受け取れば良かった。


だが疑問がある。カーベラル王子とシャリア姫の見合いの話だ。一切知らなかった。



「姉上、カーベラル殿下とシャリア皇女は面識があったのですか?」


「ええ。シャリア皇女は長い間、キルスチア国との繋がりを強く求めていらしたのよ。そしてあたくしに、便宜を図る依頼が舞い込みましたの。ですからあたくし、そのお誘いの真意を確かめることにしましたの。そして調べてみたら…」



彼女の扇がフワリと揺れる。そして口元を覆うように開かれていたそれが、まるで躊躇うかのようにゆっくりと、閉じた。何かを考えるようにトントンと手の上で扇を打ち鳴らし、やがて姉上は「いいえ」と小さく呟いた。

何かを言うか考えて、やめた。そういう様子だったが、俺は口を挟む事はせずに待った。



「とにかく、あたくしはシャリア皇女のお誘いをお受けすることにしましたの。そこで差し向けたのがカーベラルだったというわけでしてよ。モールドル国は見合いの相手を慎重に選んでいらしたから、あたくしの名前を後ろ盾に、カーベラルに見合いを申し込ませましたの。断りにくい状況を作っておけば、彼らは受けずにはいられないとわかってましたから」


「あの…なんで、キャンディス皇女殿下が後ろ盾だと、シャリア姉様はお見合いを断れなかったんですか?」



おずおずと聞いて来たキーリスに、姉上がニンマリと笑ったのを見て、すかさず代わりに答える。



「モールドル国からは、私に見合いの申し込みがなされていました。その姉であるキャンディス姉上が推薦した見合いを断るのは、非常に悪い心象をパルキア国にまで与えてしまう事になります」


「成る程…」



感心したように呟くキーリスに、キャンディス姉上がニヤニヤする。すまないキーリス、おそらく次の姉上のターゲットはお前だ。



とにかく、回答2である。

クレイスの脱出の詳細は判明した。

キャンディス姉上が手配をし、レティシア姫とナディアが実行をした。


そして回答3。

シャリア皇女はキルスチア国との繋がりを求めていた。

その理由が何かは分からないが、キャンディス姉上はそれを承諾した。

承諾するにあたる何かがあったから。きっとそれが、繋がりを求める理由に関わっている。



「姉上、見合いの日に全てが決まったわけではないですよね。事前にその脱出計画を根回ししていなければ、このように上手く事が運んでいた筈がない」


「当然ですことよ。けれどそう簡単に種明かしをするのはつまらない。ルーン様、貴方の推理をご披露なさってはいかが?この脱出計画の中心人物がどなただったのかを」



突きつけられた扇に、内心で身構える。

ついに仕掛けてきた。

キャンディス姉上はつまりこう言っているのだ。

『お前の力量を示せ、それによっては情報を渡してやる』


ここまでの話で、全ての推測の材料は揃っているというわけか。

パーツを拾っていこう。


クレイスの脱出に関わったのは以下の人物。

ナディア、レティシア姫、シャリア姫、キャンディス姉上、カーベラル王子。


キルスチア国との繋がりを求めていたシャリア姫。


計画を立て、根回しをした謎の人物。


ここまでの話で、動きがわかった人物から、消去法でその謎の人物を考える。


まず、キーリスは除外だ。彼は事の顛末を知ることしかできなかった。

似た理由でクレイス、ナディアも除外される。彼女たちは当日まで計画を知らなかった。


キャンディス姉上は、カーベラル王子との見合いと、クレイス達がパルキアについてからの滞在には手を貸した。だが、彼女は計画を立てたのは自分ではないと言った。キャンディス姉上がヒントを出す時、そこには虚言が含まれない。よって、姉上も違う。


レティシア姫は、計画をナディアに伝え、実行させた人物。

だが全ての根回しをするほどの権力を有していない。計画を立てることができたとしても、それを実行に移すまでの用意を行える立ち位置ではなかった。彼女も違う。


シャリア姫は、キャンディス姉上と連絡を取り、カーベラル王子との対面を果たすに至った。十分に計画を立て、その根回しをする能力があるように見えるが、違う。彼女は手紙の上でしか動くことができなかった。見合いの時、近衛兵達に監視をされていたというナディアの証言から、それが伺える。

彼女も違うのだろう。



では、残るはただ一人。

カーベラル王子だ。



だが何故だろう?この違和感は。

頭の中で、何かが引っかかっている。



──罪悪感は消えましたか?



──貴女をここへと導いた者の声を、聞かなかったことにすると?




──わたくしには、己を確信できていない罪、そしてお姉様、お兄様方のお気持ちを受け止めきれていない罪、それらに心当たりがあります。




そうか。そういうことか。


顔を上げた俺の顔を見て、キャンディス姉上は満足気に顎を上げた。

その態度で己の考えに確信を持つ。全てはクレイスを中心に動いていたのだ。



「脱出の計画の中心人物は、クレイス様本人。そうですね」



クレイスが微かに目を見開いた。

ナディアとキーリスはあからさまに驚いた様子でええっと声を上げる。

キャンディス姉上は扇で口元を軽く仰ぎながら、先を促した。



「憶測でしかありませんが、クレイス様はご兄弟の方々から、国から出る事を勧められたのでしょう。そしてその脱出先に我が国を提案された。そしておそらく、貴女は言われるがままそれを承諾し、脱出の計画を立案し、キルスチア国を頼る事を決めた。自分に、協力を得るための交渉材料があると判断したから」


「でも、モルドリアの殿下の方々は、お嬢様の元へ行くことはほとんどありませんでした!一体いつ…!」


「そこまではわかりません。ですが、きっとずっと前から…ですよね?クレイス様」



俺の言葉に、クレイスは無言のまま固まった。

ナディアが心配そうに、膝の上で組まれた手を覆うと、ゆっくりとその手を握り返した。

そして目を閉じ、俯く。肯定をしているのとほぼ同意だった。


キャンディス姉上が扇を閉じた。

パチンという音にビクリと肩を跳ねさせるキーリスを横目に、姉上はクスクスと笑う。

彼女の課題はクリアできたらしい。内心ホッとしつつ姿勢を正した。



「よくってよ。あたくしの求めていた回答だわ」



そういうと彼女はカップを手に取り、ひと啜りした。

俺もそれに倣ってカップに手を伸ばす。目配せをして、皆もそうするようにと伝えた。

ナディアは心配そうな顔をしたままそっと手を離し、カップに口をつけた。


クレイス以外が紅茶を飲み、そしてなんとなく緊張していた空気が緩和する。

キーリスは恐る恐るだが茶菓子にも手を伸ばし、それに俺も追随した。美味いクッキーだ。

じいやを振り返ると、軽くお辞儀をしていた。彼の特製ならこの味も頷ける。

そうして暫く普通のお茶会を楽しみ、時間が過ぎた。



++++++++++



姉上のカップが空になった頃。メイドを呼び寄せながら姉上が口を開いた。



「ではここからは、如何にしてクレイス・モルドリア皇女をバルカ・モルドリア国王に会わせ、無事に戻るかを話し合うことにいたしましょう」


「はい」


「は、はい!」



俺とキーリスの返事を合図に、キャンディス姉上の扇が開く。



「まず、貴方がたは知っておかなければならないことがありましてよ」


「知っておかなければならない事?」


「ナディア・アストリア。貴女は知っていらして?」


「…はい。承知しています」


「よくってよ。ではルーン、キーリス皇子。モールドル国の秘密をお教えいたしますわ」



秘密?

思わずキーリスと顔を見合わせる。次にチラリとクレイスに目をやったが、彼女はまだ俯いたままだった。

そうこうしている間に紅茶のおかわりが注ぎ足され、メイドが退がる。

キャンディス姉上は扇を置き、紅茶を持ち上げながら話し始めた。



「この秘密の歴史は浅くてよ。始まりはバルカ・モルドリア国王が即位する前…彼の前の代の王が、偶々出会った娘との間に子を成した事。その子は幼い頃から、大人のような振る舞いをしていたそうよ。それだけでなく、とても子供のものとは思えない知識を用いて、様々な政策を提案し、農地改革を行い、新たな製品を開発していった。その子供は愛妾の子という立場でありながら、政治界において最上の扱いを受けたそうね。勿論、面白く思わない者は多かったことでしょうね」


「その、子供の名は?」


「…フィーリア。フィーリア・モルドリア。ご存知でしょう?」



衝撃が身体中を貫いた。


そこに、繋がるのか。バルカ国王が、血縁でありながら婚姻をした王女。

だが、兄上との会話でたてた推論では、バルカ国王は彼女の容姿を気に入っていたから、手に入れんとしたのだとなっていた。この新たな情報が入ってくる事で、それは大きく変わる。


愛妾の子で、しかも女性でありながら、政治界で大きな発言力を有する姫。

多くの国の皇子達が、彼女に注目をした事だろう。自国の発展に多大なる貢献をするであろう姫に。

バルカ国王はそれを阻止しようとしたのだろうか?

そして浮かぶのは、「モールドル国の姫は聡明な方が多い」という最近の噂話。


まさか、それは。


それは誇大表現ではなく、真実そうなのだという事なのか。フィーリア王女が産んだ子が皆、母親と同じような知力を持っていた。そういうことなのか?

だとしたらなんという脅威だろう。思わずクレイスの方を見ると、彼女はようやく顔を上げたところだった。

気を取り直すように、深呼吸をするかの如く話し出す。



「お姉様方は、確かにとても高度な知能をお持ちです。けれど、それはフィーリア陛下程ではありません。美しい容姿は皆同じでしたが、得意とする事が各々違いました」


「それは…具体的にはどのように?」


「シャリアお姉様は社交に長けていました。エリシアお姉様は研究・開発に、レティシアお姉様は政治に」


「…クレイス様、貴女は…。貴女は、何に長けていたのですか」


「…それは…」




「“軍事”」




凛とした声がその場に響いた。

声の出所へと目を向ける。彼女は紅茶を一口含むと、静かにそれを置いた。

クレイスがふっと顔を俯けた。それを逃すまいとばかりに、キャンディス姉上の視線が彼女に刺さる。


俺は、衝撃で動けなかった。

キャンディス姉上は扇を持ち直すと、ふわりとそれを開いた。

ゆらゆらと揺れるレースが妙にゆっくりに見える。感覚が研ぎ澄まされたのだ。

仕方のない話ではある。俺も一応ではあるが、武人なのだから。


ナディアが、姉上の視線を遮るようにクレイスを抱き寄せた。



「おやめください、キャンディス皇女殿下!」


「ね、姉様をいじめないでください!」



ナディアに続いて、キーリスも立ち上がる。

その慌てように、彼らが何を恐れているのかがはっきりわかった。


やっと我にかえり、ゆっくり息を吸った。



「二人とも、落ち着いてください。姉上も、揶揄うのにも限度があります」



俺の一言をきっかけに、ぷっ、とキャンディス姉上が吹き出した。

そしてふふふと細かく笑い出し、最後にはほほほと肩を震わせて扇で口元を隠した。

はあ、とため息をつく俺を、ナディアとキーリスがぽかんと見つめる。

二人に座り直すように促しながら、頭の中を整頓する。


つまり、バルカ国王はクレイスの軍事の能力を必要としていたのだ。

愛妾をたくさん迎えていたのは、フィーリア王女と同じ能力の子供を求めていたから。

フィーリア王女はレティシア姫を出産後、病死している。もっとも必要としていた軍事力を、バルカ国王に残す前に。


そうしてようやく生まれ落ちた、クレイスという少女。



「ふふっ、クレイス皇女は、ふふふっ、ふふふふっ、ほーほっほっ!ああ可笑しい!」


「姉上…」


「だって可笑しくて、ふふふふっ」


「笑いすぎです。モルドリア王国の皇子の前ですよ」


「ふふっ、そうね、ふふふっ、はーーー」



笑った笑った、とキャンディス姉上は扇を振ると、ニコニコしながら紅茶を飲む。



「ナディア、キーリス皇子、少し悪ふざけが過ぎましたわ。ご無礼をお許しくださって」


「は、はい」


「はい…」


「二人とも、すまない。姉上は昔からこうだから気にしないでほしい」


「あらいやだわ、ルーン様。あたくしもただ揶揄っていたわけではなくてよ?」


「揶揄っていたのは認めるんですか…」


「さて、これで全貌がご理解いただけまして?クレイス皇女、ルーン様」



ああできた。できたとも。

クレイスはまだ俯いている。けれど、もう何も心配はいらない。

知らないことはもうない。だからもうやることは一つだけだ。



「クレイス様」


「…はい」


「私は、クレイス様に計画の立案を委ねません」


「え」



驚いたように顔を上げたクレイスに、笑い返す。



「前にも言いましたが、私の責務は貴女を全力で守ることです。それは肉体的にだけではありません。精神的にもです。クレイス様が策を練ることは、精神的負担にあたると、これまでの会話で判明しました」


「ですが、この帰国は」


「貴女が望まれたこと。それもわかっています。ですから、婚約者として全力でサポートいたします。クレイス様は、旅行の準備に専念してください。それ以外は全て、私が手配いたします」



言い切って、キャンディス姉上の方へと顔を向ける。

彼女はわかりきっていたと言わんばかりの優雅さで目を細めて微笑んでいた。



「キャンディス姉上、彼女が無事にモールドル国へ行き、そして帰国できるように、知恵をお貸しください」


「まあ、対価はいただきましたし…こんなものでよしとしますわ」



パチン、と。扇の閉じる音が響いた。






遅くなりました。

帰国編は長くなりそうです。

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