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12, 答え合わせはお茶会で その1

長くなりそうでしたので、切りました。


パーティーから一夜明け、俺は朝の語らいの為に身支度を整えていた。朝に弱い方である事を自覚している身としては、かなり頑張って早起きしたつもりである。まあ、つもりなだけで、いつも通りクレイスが先に扉を叩いて声を掛けてくれたことに変わりはないのだが。


鏡で全身を確認して、よしと内心で頷く。着替えはメイドに手伝わせるのが普通なのだが、俺はあれこれと世話を焼かれるのが苦手だ。なので手伝わせない代わりに常に万全であるよう心掛けている。

だが特に今日は気合いを入れた。髪の毛のセットまでバッチリしてある。理由は言わずもがな、キャンディス姉上対策だ。

まだ慣れていない頃はアレコレと身なりから性格まで揶揄われ、非常に恥ずかしい思いをした。



「お待たせして申し訳ありません、クレイス様」


「いいえ、今日は通常よりも短い待機時間でした」



顔を合わせて、クレイスは少し驚いたように瞬きをした。

それはそうだろう。朝の語らいの時間にこんなに真面目な格好をするのは初めてだから。

対する彼女は落ち着いた紺色のドレスで、湯浴み前の髪を赤いリボンで結わえている。

思えば、来たばかりの時は肩につくくらいだった髪が伸びていた。今は鎖骨くらいだろうか。


お互いの椅子に腰掛けて、朝の語らいが始まった。



「本日は、昨晩お誘いした通りお茶会を致します。参加者は私、クレイス様、キーリス様、ナディア、そしてキャンディス姉上です。時間は午後3時。場所は庭園です。それまでは私は通常通りの業務を行います」


「承知致しました。わたくしは午前中、旅支度の為にミラエスタへ行く予定です。ナディアが、必要な物を買い揃えるようにとメリル婦人に勧められたそうで」


「クレイス様も行く必要は無いように思いますが」


「わたくしもそう思ったのですが、衣服のサイズや着心地は本人が直接選ぶべきとの事でした。ナディアが言うならそうなのでしょうから、一緒に行ってまいります」


「成る程…流石はナディアですね。よく気がつくものだ」


「それと、キーリスがミラエスタを是非見たいとの事で、共に城下町に行く許可を貰いたいそうです」


「わかりました。そちらの方は、私から父上に伝えておきましょう。朝食後にキーリス様へ迎えを寄越しますので、謁見の用意をしておくようにお伝えください」



さて、これで連絡事項は終わりだ。

だがこれでは語らいとは言えない。ただの報告会になってしまう。最初の頃はそうだったが、今はそうではない。俺達も成長してきているのだ。



「今日の調子はいかがでしょう、クレイス様。疲れは残っていませんか?」


「多少の疲れは残っていますが、大きな問題はありません。昨夜ナディアが施してくれた『まっさーじ』が良く作用をしたようです」


「それは良かった。ナディアは多才ですね」


「はい。メリル婦人に教わったと言っていました。他にも料理長、庭師、執事長のレーゼ氏にも、様々な事柄をお教え頂いていると」


「じいやにもですか。彼のお眼鏡に適うとは、驚きました。じいやは柔和なようで厳しいです。見込みがあるという話は前にされましたが、自ら訓練を施すのは滅多にありませんよ」



すげえ、ナディア。


じいやは父上がまだ皇子だった頃にここに来た、謂わば古参だ。その能力は相当なもので、今は歳もあり俺の世話役になっているが、それまでは父上の元でバリバリ働いていた。会計、調査、諸々の書類仕事から、建築や工事などの現場指揮まで、あらゆる場で手腕を振るっていたスーパーバトラーである。ついでに言えば剣の腕も相当だ。


その完璧超人は自分にも他人にも厳しく、それが主人であろうと容赦はない。あくまで執事に徹しつつ、相応の振る舞いを求めるのだ。王族に対してもそうなのだから、それに仕える同僚達となればそれは顕著になる。

あの低く柔らかくもハッキリとした声で「よろしいですか」と言われれば、メイド長のメリル婦人ですらもビクリとする程。


そんな彼が認めた者達しか、王族の世話役にはなれない決まりになっている為、ナディアは正式にこの城に入ると、クレイス様の世話役を外される可能性が高いと思っていた。

なのにどうだ。見込みがあると言われただけでなく、直接指導を受けるまでに、ナディアはじいやの期待に応えて見せている。



「ナディアは一体何者なんでしょうね…」


「彼女はモールドル国の平民でした。ある日突然、わたくしの世話役にと、連れて来られたのです」


「まだクレイス様が10歳の時だったそうですね。ですがナディアはその頃6歳ですよね?とても王族の世話役を任されるとは思えませんが…」


「わたくしは城の事に詳しくはありませんでしたので、そういうものだと受け入れていました。始めの頃は、ナディアはわたくしと口を聞いてくれませんでした。仕事も拙く、大変そうでした。ですが、突然人が変わったように働きだして…その頃でした、初めて本を買ってきてくれたのは」



クレイスの目元が緩んだ。

彼女はナディアを本当の家族のように思っているのだろう。多少羨ましいが、彼女達の間には入り込めない絆があると思う。


結局そのままナディアの話で朝の語らいが終わり、俺達はそれぞれ朝食の準備に向かった。

俺はこのままでいいが、クレイスは湯浴みをして着替えなくてはいけない。女性とは大変なものだ。


そして俺はその前に、キャンディス姉上にご挨拶をしなくてはならない。手紙でお茶会の出席に了承を得てはいるが、主催者としての礼を忘れてはまた揶揄われる。それに直前になってやっぱり参加できませんなんて冗談は本当にやめて欲しいので、今日ばかりは本気で頑張らねば。



++++++++++



キャンディス・パルキスタン・キスア妃殿下。

元キルスチア王国第ニ皇女、現パルキア王国第二皇女。

盛んな交易で栄えてきた、キルスチア王国の王族は、賢王アルスを筆頭に、その知識の豊富さで有名である。


キルスチア国はパルキア国の南東に位置しており、互いの関係も長い歴史を持つ。これが実に複雑で、それ故に度々数年前のような衝突が起こるのだ。

軍事力は、ハッキリ言ってしまえばパルキア国の方が上だ。交易で栄えたキルスチア国よりは、征服と開拓で栄えたパルキア国の方が、戦争に慣れている。

だがキルスチア国はとても戦争が上手い。被害を最小限にしつつ、相手の痛いところを確実に突いてくる。その為両者押しもせず引きもせずに和平交渉へと移るのが常。


キャンディス姉上がこの国に嫁いだのも、その和平の象徴となる為だ。なので彼女の姫としての役割は、婚姻が無事に行われた時点でもう十分に果たされている。のだが、この姉上がそんなところに妥協して収まるのを良しとしなかったのがカイル兄上だった。

キャンディス姉上の持つ知識をフル活用させて、戦後の復興だけでなく、国内の識字率の向上まで行ったのだ。

どれだけキャンディス姉上が有能かよくわかる。


そして姉上自身も、己を有効に活用できる人物として、カイル兄上に一目置いている。実質この国の頭脳はこの夫婦というわけだ。権力が必要な時はカイル兄上が。知識が必要な時はキャンディス姉上が。とてもよく噛み合っていると思う。


このようなキャンディス姉上の有能さがどこで培われたものかと言えば、キルスチア国の保有する大書庫である。

交易を行っていくうちに手に入る情報を、事細かに記した本がキルスチア国の最も重要な国宝なのだ。勿論パルキア国の事も、我が国の歴史書よりしっかりと記録されてあるそうだ。



そう、今回俺があてにしているのは、キャンディス姉上の持つ情報だ。

姉上もそれを分かっている。


ほんの僅か、深呼吸をして、キャンディス姉上の執務室の前に立つメイドに声をかけた。



「おはようございます、ルーン殿下」


「キャンディス様は?」


「中におられます。キャンディス様、ルーン殿下がいらっしゃいました」



『お入りなさって』



その声を合図に、扉が開かれる。

高く積まれた本の山、書類にまみれた机。

その中で、一際輝く赤いドレス。



「ようこそ、ルーン様。朝早くからご苦労様ですわ」



美しい扇がヒラリと揺れる。

その向こうの目が細められたのを見て、思わず目を逸らした。途端にホホホと笑われ、やはり苦手だと再認識しつつ挨拶を返した。



「姉上こそ、このような時間からお疲れ様です。西の領土の問題は解決したのですか?」


「ええ。資金が無いとほざいていたので、今年分の財政計画書を送りつけたらアッサリと。港の改築計画書の片手間に作ったのに反論の一つもないなんて、張り合いがありませんこと」


「姉上…お変わりないようで、なによりです」



少しげんなりしつつ、西の伯爵達を内心憐れむ。

だが気を取り直して、本題を切り出した。



「今日のお茶会についてなのですが、事前に挨拶をさせていただきたく思います。よろしいでしょうか」


「よくってよ。貴方からお誘いくださるなんて、よっぽど重要なご相談のようですから」


「はい。とても重要な話です」



頷くと、キャンディス姉上の目がまた細くなった。だが今度は臆することなく見つめ返す。数秒して、姉上の扇がパタンと閉じられた。



「いいでしょう。元より断るつもりはありませんことよ。貴方の次第では、お力添えをする事も考えて良いですわ」


「ありがとうございます」


「…随分と、クレイス姫に入れ込みなさってるのね?」



ニヤッとしつつ再び扇を開く。



「彼女の為ならあたくしをも利用する心構え、素晴らしいですわね。ホホホッ、朝早くから正装までして。あら?もしかして、クレイス姫にお見せする為に?あらあらまあまあ、あたくしったら早とちりを。ルーン様も、お好きな人の前では格好をお付けになるのねぇ。ホホホッ」


「…姉上」


「いいのよ、わかっていますわ。大切なのはあくまでもクレイス姫ですものね。その気合いの入れようが、まさか婚約者の為ではないなんてこと、ありえませんものねぇ。ふふふふ」



どうやらツボに入ったらしい。楽しそうに笑う姉上が、扇をヒラヒラとさせるのを見て、ため息をついた。

もう少し前の俺なら、違いますと慌てて言っていただろうが、そうすると火に油を注ぐ事になるのだ。

全く、どうしろと言うのだ。手を抜いた格好だと「あたくしに会うなんてその程度でしかないのね」と泣き真似をしつつ笑うし、ちゃんとしたらしたでこう笑う。


しかしそこは一国の姫。笑いつつも書類をひと束手渡してきた。



「これは?」


「ふふふっ、婚約パーティーによって再調査された勢力図と関係資料ですわ、ホホホッ。貴方には担当地区の勢力を把握し、ふふっ、軍事力の調整を図って貰いたくホホッ」


「…期限はいつ頃でしょうか」


「うふ!三ヶ月後でしてよ。建国祭前に勢力争いを終息させたく思ってますのふふふ」


「わかりました、お受けいたします。では失礼します姉上。朝食までにはおさめてくださいね」



逃げるように扉から出ると、ゲラゲラとあまりにも淑女にあるまじき笑い声が聞こえてきた。

釈然としない気持ちで髪を撫で下ろし、歩き出す。

そして立ち止まった。



「待てよ。どっちにも見せたのだから、どちらの為でもあるって言えたんじゃないのか!?」



思わず叫ぶと、笑い声が一段大きくなった。くそ、時間差か。やられた。



++++++++++



時計が約束の時間を指した。


席には招待された全員が揃っている。

キーリスは非常に緊張しているが、原因はどう考えても向かいに座るキャンディス姉上だ。新しいオモチャを見るような目で扇の向こうからジーッと彼を見ている。


指定した場所は、俺がクレイスに花を贈った庭だ。庭師によって常に美しく保たれている庭園には、大きめのガゼボがあり、王家の者が主催する茶会によく利用されている。

周りにはじいやをはじめとする執事とメイドが給仕のために控えているが、基本ここでの会話はオフレコだ。



「今日はお集まりいただき、ありがとうございます」



主催者の務めとして挨拶をすると、クレイスが生真面目にお辞儀を返してきた。それにつられてナディアが頭を下げ、キーリスも戸惑いつつお辞儀をする。

少し笑いかけたが、なんとか堪えて参加者の紹介をしてお楽しみくださいと締める。


俺が挨拶を終えると同時に、キャンディス姉上が扇を揺らした。



「遠回りは時間の無駄でしかなくてよ。本題に入って貰えませんこと?」


「わかりました。ではまず、キーリス様にご質問をしてもよろしいでしょうか」


「えっ!?は、はい!!」



突然自分に話が来るとは思っていなかったらしいキーリスが、軽く跳ねながらこちらを向いた。

扇で隠してはいるが、キャンディス姉上の肩が震えている。ツボったようだ。



「私は、クレイス様がどのような経緯でパルキア国に来られたのか、それを知りたいと思っています。そこでお聞きしたいのですが、私の誕生日の数日前、キーリス様はどちらにいらっしゃいましたか?」


「モールドル国の、王城にいました」


「クレイス様はいつも通りでしたか?」


「…」



キーリスが、ちらりとクレイスを見た。彼女はじっと黙ったままで、なんの反応もない。その隣のナディアが不安げに俺を見たが、目線で制した。



「…いいえ。ぼ、私が塔に行った時、姉様はいつもそこにいるのに、その日はいませんでした」


「塔には、誰もいなかったのですか?」


「いいえ、レティシア姉様がいました。それで、ぼ、私に言いました。メイド達の宿舎に行くようにと」



キーリスは思い出しながらなのか、つっかえつつその日の事を話し出した。



訳が分からぬまま、言われた通り宿舎に行くと、そこには見慣れぬ馬車が一台止まっていた。そして隠れるようにして、御者の格好をしたナディアが中にいたのだ。

驚いて声をかけようとしたが、衛兵がいたので知らぬ顔で通り過ぎ、宿舎に入った。



「宿舎には、本物の御者がいました。挨拶したら、キルスチア王国の者だと言ったので、どうしてここにいるのかって聞きました。御者は、商談に来たって言ってましたが、そうだとしたら堂々と正面にいるものじゃないかって、僕は思って…。姉様はいないし、ナディアさんは隠れてるし、変だと気付きました。でも変に騒いだら、姉様やナディアさんに迷惑かと思って、その後は部屋でおとなしくしてました」



キーリスはそこで一旦言葉を切り、今度はキャンディス姉上の顔を伺った。彼女が目を細めたのをどう受け取ったのか、恐る恐る続きを話し出す。



「それから暫く、姉様とナディアさんを見かけなくて、それで5月12日の夜更けに、伝書鳥が来て…姉様がいない事もバレて、父上が荒れて城が大騒ぎになりました。そうしたら、キルスチア国から来ていた商人の人が、パルキアにはコネがある、姉様を取り戻す為に協力するからと言って…。父上はその話に乗り、姉様とルーン様の婚姻を承諾する書類を商人の人に渡しました。でも、商人の人がモールドル国を発ってから1日もせずに、婚姻の決定の書が伝書鳥によって運ばれて来たんです。父上は騙されたと言って、レティシア姉様を連れて婚約の儀へ出席しに…」


「キーリス様、そこまでで大丈夫です。では、出国の手引きと、婚姻の手引きをしたのは、キルスチア王国の者、ということでよろしいですか?」


「は、はい!そうだと思います」



回答1だ。

クレイスを俺の誕生日の夜会へと連れて来たのは、レティシア姫とキルスチア王国。恐らくヒッソリと手を組んでいたのだろう。その詳細はきっと、キャンディス姉上が知っている。


そう思いそちらを見れば、いいだろうと言うように扇を揺らした。



「キーリス様の証言は確かでしてよ。計画を立てたのはあたくしではありませんけど、船と宿の手配をしたのはあたくしですもの。クレイス姫がパルキアの王城に迎えられる手続きが済むまで、偽の個人証明書を準備し滞在出来るようにいたしましたのよ」


「その計画の協力者は、モールドル国ではレティシア皇女だけだったのですか?」


「違いましてよ。初めにこの婚姻を打診しにいらしたのはシャリア皇女でしたもの。彼女によれば、クレイス姫以外の皇女は皆この婚姻を望んでらしたそうね。ナディア・アストリア、貴女は計画の要だったのだから、よく知っているのではなくて?」



キャンディス姉上の扇がスッとナディアに向かって傾けられた。発言をしろという合図であり、命令だ。ナディアはちらりと俺を見て、そしてクレイスを見た。

まだ迷いがあるようだ。だが俺が声をかけるより一瞬早く、ナディアは話し出した。




帰国編、開始いたしました。

ルーン様が必要としているものが何なのか。というのが、帰国編での主軸となります。彼の言動に注意すれば話がわかりやすいと思います。

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