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わりとそばにある境界線  作者: 悪夢の果てに嘲うにゃんこ
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鈴の音

「なんだ、まだ寝ないのか。徹夜は身体によくないぞ?」

「仕方がないじゃないか、夕方遅くまで万引き犯人の取り調べやら現場検証やらやってたんだから。居残り残業はごめんだよ」

「何か手伝うことはあるか?」

「ない。むしろお前さんは明日帰宅するのに運転するだろ、とっとと寝ちまえ」

「そうか、まぁ確かにもう深夜2時になるしな。ほどほどにしろよ」

「あいよ」


 普段ならこの時間は警備しているスーパーの閉店業務を終えて遅番の従業員さんたちを近くの駐車場まで送り届け、その間に相棒が店内の最終巡回をしてから朝まで立ち入らない場所にセキュリティをセット。あとは朝の荷受けまでささやかな仮眠の時間を享受するのだが、今日は以前からマークしていた正札詐欺(値札を張り替えて高額商品を安価で掠めとる)男を食品部門の課長さんが現行犯逮捕してしまったがためにその後始末で必要最低限の業務以外は休憩も含めて吹っ飛んでしまう事態になってしまった。

 鑑識さんを含めてパトカー4台などという大所帯で押し掛けてきた、日頃からお世話になっている所轄の顔馴染みな警察官たちに要求されるがままに店内の監視カメラを再生し犯人の動きを追い、さりげなく簡単な取り調べの様子(警備室の休憩スペースを毎回提供している)を聞き耳たてて情報を集めてこっそりとメモしておく。こういった犯人に関する情報はまともに警察官に尋ねても個人情報だけに教えて貰えることはまずありえない。けれどもカーテン一枚隔てた向こう側で行っているその内容は聞こえないということ自体が難しいと思う。狭い警備室のなかでの作業のため、聞こえてしまうものに関しては仕方がないと以前、別件でやってきた警察官が黙認してくれたためそれ以来お言葉に甘えているのだ。もちろん、こういった情報は警備室外秘として厳重に管理するのが前提になっているが。警備員には守秘義務(退職しても義務は残る)があるので当然と言えば当然なのだけど。


「……これ本当に朝までに書き上げることができるのか?」


 今書いているのは契約先宛とスーパーの店長宛、それから本社宛の警備報告書になるのだが、情報がやたら多くてまとめあげるのに難航中である。すでに一時間経過しているのにまだ半分にも達していないのはどうかと思う。

 警備室の壁のうち一面を埋める監視カメラの映像を映すモニターに、警備員の仮眠場所としてあてがわれている小さな和室がある二階の社員食堂へと向かう相棒の姿を認め左手に持っていた漢字辞典を閉じて一息吐くことにしたのだが。


「……やけに……静かだな」


 警備室の前に設置された従業員用の冷蔵庫からお昼から冷やしっぱなしのお茶が入ったペットボトルを取り出し、蓋を開けて一気に流しこんで人心地ついたと思った時にふと、違和感を感じてしまった。

 スーパーの食品コーナーにある冷凍食品やアイスクリームなどのケースはほとんどだいたいの場合、閉店後の時間に霜取りするようにプログラムされてたりすることが多い。その際に発するモーターの音は一斉に動くせいか、閉店後の静かな店内においては結構大きな音のように聞こえたりするのだけれど、今夜はなぜか異様に感じるほどに静かだ。思わず警備室に戻って店内を映す監視カメラで該当するエリアを確認するも、冷凍ケースの状態を示す表示パネルには霜取り中を示す記号がいつもと同じように点灯しているのが見てとれる。


「なんだ、これ……」


 そうこうしているうちに今度は警備室前の従業員用の冷蔵庫まで沈黙してしまった。型が古いためか煩くがなりたてている時間の方が大半で、ついさっきまでもウンウン喧しいくらいに唸っていた冷蔵庫が、だ。


「……おいおい、勘弁してくれよ。まだシーズンじゃないだろ」


 自慢じゃないが、実は自分は本当に中途半端なレベルの霊感を持っている。よく九死に一生を得たりするような体験をした人や、普段から人の生死にかかわるような職業の人に霊感があると言われているが、自分は前者だと思っている。母の話によれば自分は死産寸前で仮死状態の、具体的には自分のヘソの緒で首を吊るかのような状態ででてきて即座に集中治療室にて蘇生処置を受けたというのだから。

 そんな自分の霊感は対象を視ることはできないが肌で感じたり耳で聴いたりは可能という、大学で知り合った友人のように視えたりしないぶん直接的な恐怖は感じないけれど、間接的に感じることも大概に怖いと思う。特に一人で巡回しているときは心臓バクバクになるのでやめてほしい、本当に。


「……くそう、頭から布団被って寝てしまいたい」


 耳がいたくなるほどの静寂に警備室があるバックヤードが包まれている。背筋にゾワリとした感覚がはしっていくのを感じて現象から逃げられないことを悟る。ふと、相棒がいるはずの社員食堂を映しているカメラを確認すればすでに電気は消えていて、どうやら相棒はすでに夢の中にいるようだ。……羨ましいぞ、こんちくしょう!ちなみに相棒には霊感はほとんどないらしい。本当に羨ましい。

 もっとも、一応恩恵らしきものはあることはある。例えば、若者たちが無分別にやらかす心霊スポット巡り。ああいう場所に行くと足が自然に止まる。動かない。入る気がまったくしなくなるからだいたいが車の中で待機している。正直な話、付き合いで同行したりはするけど足を踏み入れる気はまったくないというか、ああいう領域は土足で踏み荒らしていい場所ではないと思うんだがな。お前らだって自分の部屋や家に見知らぬ奴が土足で乗り込んできて騒ぎたて、踏み荒らしていったら激怒するんだろ?それと同じことなのになんで気がつかないんだかな。

 話が逸れた。この悪寒というか違和感というか、こういうのを感じるときはまず間違いなく“起きる”。このスーパー自体が実は内部構造的にも、設置物的にもあまりどころかかなり良くない状態で、後に強い霊感を持った知り合いに聞いた時には本気で絶句したのは記憶に新しい。数々の現象にすんなり納得できてしまうくらいにはやばい場所・構造・地域特性だった。


 シャン……シャン……シャン……シャン……


「うん?……なんだ、これ……」


 それは静かに始まった。なんとなく鈴、それも修行僧なんかが携えるような錫杖もしくは神楽などで使われるような、と想像できてしまうような鈴の音が最初は小さな、小さな音で聞こえてきたのだ。もちろんこの建物の中には自分と相棒以外に人間はいない。いたらいたでそれは残留者確認としての最終巡回で見落としたことになるから問題になるのだけど、まずこの状況ではありえない。

 というのは、この音が聞こえてきた場所が警備室前の階段を上った先の二階を南北に繋ぐ長い廊下から聞こえてきているためだ。当然のごとく監視カメラには何も映ってはいない。当たり前と言えば当たり前ではある。鈴の音は少しずつ音量を増して10分も経たないうちにハッキリと聴こえるレベルになっている。


「うーん……一体何が。取り敢えず危険という感じはしないのが救いか」


 ……とはいってもこの状況で二階に上がる気は毛頭ないけれど。君子危うきに近寄らずと言うし、こういう場合はそっとして立ち去るのを待った方がいいと、なぜかその時は自然に理解してしまっていた。音は音量の変化はあっても音程やリズムは常に一定で、その現象が終わるまでの約一時間、変わることはなかったと思う。始まりと同じように終わりも次第に小さく、小さくなっていくように感じられ気がつけばいつものバックヤード、という感じに戻っていた。その時にふと確認した時計の針は丑三つ時の終わりを示していたのが印象的だった。


「げっ、もうこんな時間じゃないか。間に合うのか俺」

「……おはよう。結局徹夜してんのか」

「ああ、おはよう。進んでないのが致命的だがな」

「おいおい……ところで、さ」


 相棒が珍しく真面目な表情で自分を見てくる。


「お前さ、鈴の音みたいなの……聴こえたか」

「……お前もか」

「マジかよ……夢じゃなかったんかいっ」

「ここ、やばくね?ていうかやばい。ゆうべのは敵意なかったけど、さ」

「……取り敢えず、あとで隊長に相談だな……」


 相棒はこれから朝の荷受け立ち会いがあるのでその準備に動いていくのを自分は見送りながら再び言い知れぬ悪寒に苛まれていくのを感じていた。

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