それは森の少女のように
それは夜明けを待つバラのように
フランクスという国の海岸で衣服も身に着けず記憶喪失でどう見てもワケ有りの美女が発見された。
その女性はその海岸にある工業地帯で老夫婦が営む眼鏡屋兼時計屋で働いていたが、
その息子に熱烈に強引に迫られたため、
断るにしても老夫婦と顔を合わせるのも気まずくなることもあり、
十分に給料も貯まっていたので、
最初の給料で買った時計と眼鏡を身に着けて町を出て旅に出た。
途中モンスターと出くわしたこともあったが、
モンスター達は何れも何か怯えるように去って行った。
彼女はモンスターに襲われることもなく途方もない距離を日夜止まることなく歩き続けた。
彼女は自分がなぜ疲れないのか疑問に思うこともなかった。
ただ、雨の日や晴れの日、
そのどちらかが続きすぎると体調が悪くなったような気がしただけだ。
そんな彼女が好きだった天気は天気雨、所謂狐の嫁入りだった。
皮膚という皮膚に水を感じながら、
太陽の光を浴びる。
それは彼女の悦びだった。
途中、彼女は花畑を見た。
とても広大な花畑だった。
花という花が、自身の子孫を増やそうと、広げようと、
自身の精を放っていた。
そこで何故か彼女は思い出した。
海に飛び込む前の事を。
―――――肝心なこと、自分の正体は思い出すことは無かったが。
彼女はその花畑の近くに小さな村を見つけた。
小さな村だった。
長閑な村だった。
村人たちはたった1人で町から来た御嬢さんを快く受け入れた。
しかし、皆が皆そうではなかった。
村長は村の娘に何人も手を付けている滾った中年の男だった。
村長は都会にいれば誰かの秘書という形の愛人契約をしていそうな見た目の女を一目見て気に入った。
村の素朴な娘たちにはない、洗練された都会の美だった。
その育ちの良さそうな印象からどこかの令嬢かとも思った。
――それならそれで都合がいい。
都会の名家とのつながりができればいい。
それは、村長の建前だった。
小さな寂れた田舎の支配者であった彼にとっては、
都会の華やかな人々、自分の手が届かない自由で洗練された人間たちはコンプレックスであり、
それ故に都会に憬れて村抜けしようとしたものには語るも無残な仕打ちをした。
そんな都会の象徴を自分のモノにできる。
それは彼の支配欲を満たせる実にいい餌であった。
村長は彼女を自宅に招いて宴を開いた。
村長は彼女の横にべったりへばり付いて酒を注ぎ続けた。
そして彼女の身体、具体的には女性らしさを表す丸みを執拗に揉みながら、
「愛人にならんか。なあ、ワシの女になれ。
いっぱいイイ思いをさせてやるぞ。」
要するに、植物に対してプランターに容れて肥料と水を与え続けてやる。
代わりにその果実を寄越せ。
そのような事を人間に求めたのだ。
それに対する彼女の返答は、
「お断りします、わ。貴方程度の鉢に収まって育つほど、
私の根は短くありませんの。」
だが彼女にもプライドの様なものができていた。
それが村長を受け入れなかった。
何故彼女がこのような植物的な比喩を使っていたのかは、完全に無意識によるものだった。
「なっ、ワシを誰だと思っているっ!!
ワシはこの村の村長、コヤマークノ・ツゥノォーズダ様だぞ。」
しかし、それは狭い世界で好き勝手やってこれた村長の怒りを当然買うことになる。
彼女を配下の者たちに命じ、離れのボロ屋に連れ込んで、
そこで彼女を部下の者たちとまわす事にした。
彼女の身に着けていた時計も眼鏡も金銭も奪い、
衣服もはぎ棄てて獣欲の限りを尽くした。
以前の漁村の時と違うのは、
彼女が逃げ出さないように、常に見張りが付いて、
その上彼女は鎖で逃げられないようにされていたことだろうか。
ある日、村長は取り巻きを連れず一人で来た。
その日の事が始まって数時間が立っただろうか、
満月が照っているにもかかわらず、雨が降り始めた。
雨はボロボロであるがゆえに穴だらけの家の屋根を抜けて彼女を組み伏している男の隙間を抜けて彼女の頬を濡らした。
「思い出した。」
そんな組み敷いた女の呟きが聞こえた村長は、
呟いた彼女の精神が壊れかけてきたのかと判断した。
「このワシが誰だかようやく分かったようだな。
このワシはこの村の村長。
つまりこの村全ての支配者だ。
この村のすべてはワシのモノじゃ。」
何か目の前の肉の塊、いや、養分が音を立てている。
そんな男の言葉なんてどうでもいい。
彼女は思い出した。
肝心なこと――――――――――彼女自身の本質を。
「逆に聞きたいわ?
私を誰だと思っているの?」
哀れな女?
肉便器?
それとも――――――――――――――
いえ、目の前の愚かな生き物は決してその可能性に気が付いてはいない。
その『真実』に気がついてはいない。
獣は死体となり、腐り、土となる。
虫は捕えられて、溶かされて、水となる。
それは自分の身に着けていた布切れの破片をずきんの様に被ると嗤った。
さあ、悪い獣は退治される時間よ。
「私は、華麗なる花を咲かす女王。
アルラウンのローケプヒェン。
冠った頭巾を赤く染めて、
目の前にある養分を唯々啜るの。」