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「マイ、ハニー……」

滲み出した…ドMなボクの恋愛観……

 道沿いに並ぶ古いアパートの一室、ゆっさゆさと地震のような激しい振動が僕の暮らす狭苦しい六畳間を揺らしている。


 それが始めて起こったとき、もちろん大きい地震が来たぞと、身構えたし不安に思ったりもした。

 だけど…今や僕にとってこの揺れこそが、僕のあまりいいものとは言えない冴えない日常の、数少ない安逸の瞬間として機能した。


 僕は眺めている…

 カーテンを開け、窓だって全開にして…


 ブンブンブンブン…

 小気味よいリズムが部屋を鼓膜のように震わせる…

 恐ろしいくらいの巨大な黒い毒針をこちらへ向けて…黄色と黒の鮮烈なコントラストを立ち放つボーダーの更に巨大な臀部を振り続けながら…キミはセクシーなダンスを舞い続けていた……


「マイ、ハニー……」


 僕は無意識に口ずさみ微笑んだ…それはいつものことで…そして胸に甘酸っぱい血液が広がっていった……



 彼女は巨大蜜蜂。

 いつともない時刻に訪れるキミ、決まって…僕の部屋の前の道端に降り立ち、踊りだす。

 ひとしきり終えたら…恐竜の翼のようなダイナミックな羽根を広げて空の彼方へと帰っていくんだ……


 キミは本当に巨大で…それゆえにこの上なく崇高であった…

 隣に駐車してある軽自動車よりキミの体躯はおおらかだった…キミは驚異だ…この世界の…キミはほんとうに神秘なんだ……



 いつしか僕は、キミにこの身体では抱えきれないほどの、恋心を抱いていた…

 キミが僕に向かい振る尻や腰つきは…そして黒光りするその紡錘形の危険な香りは…僕の希望となり人間のオンナではもはや補えないくらいの…憧憬と好奇心と…そして欲望を掻き立てて止まらなかった!


 あの針に刺されたい…僕の頭蓋骨より巨大な…あの…大き過ぎる驚異的な恋の殺人兵器に…

 僕はキミに殺されてしまいたかった……



 以来…

 僕の生活は蜜蜂を中心に回り始めた…

 簡素でみすぼらしかった部屋が…家具や小物やポスターの、夥しい数のミツバチグッズに覆われていき…色味を増していった…

 食卓にミツバチは欠かせない…3食すべてがハチミツ関連であって…中毒してしまっていた…

 今や僕は…ミツバチよりも蜂蜜を食べている……


 僕の頭を離れない…蜂蜜や…ミツバチや…そして何より巨大蜜蜂であるキミの事を想って…

 そして…キミに遂げられた僕の死の幻想を追って……



「よりにもよって恋の相手が蜜蜂の光子さんとはねえ…」


「誰だ!」


 部屋に来客などありえない…僕には友達がいなかった…


「いやいや…下手に人間の娘に期待をするよりはいいと思うが…光子さんだってあの腰つきはただ事ではないよ…ありゃ求愛のシルシだぜきっと…」


「おい、人の部屋だぞ!どうしてどんどん増えやがる…」 


 見知らぬ来客は、あろうことかふたりに増えており、タチの悪いことにハニー論争が始まっているのだった……


「さっきからテメエら!彼女は花も恥じらう乙女だ!光子なんて変な名前勝手に付けんじゃあねえ、そりゃババアにつける名前じゃねえのか!」


「光子は高貴な名だ、君は偏見が過ぎるぞ!」


「そうだ、なら君は光子以外の名を知っているというのか?」


「いや…今迷ってる途中だよ…」


「もしかして舞羽マイハ椿姫つばきひめか?」


「何でわかった?」


「やめろやめろ!発想がキャバ嬢なんだよ、テメエの考え何ざ見え透いていて浅はかなんだよ…」


「ウルサイ!数ある中から厳選されたんだ、きっとひと周りして良さが後からじわじわ来るはずさ!」


 ガチャ…


「またかよっ」


「…失礼するよ」


「アンタらどうやって僕の家を…まさかの流出か!」


「名前なんざに目をくらますとは素人のやることさ…」


「そんなことをいいに来ただけなら帰れ、蒸し蒸ししてきたぞ!」


「beeさ…これ以上の名が、他にあるかね?」


「素人のやることじゃなかったのかよ!」


「bee…honeybee之介…」


「どっちだよ!オトコじゃねえから…」


 ガチャ!


「だから~!」


「bee之介…いいんじゃないか?」


「聞こえてたのか!どんだけ筒抜け何だよ…」


 ガチャ!


「も~う!」


「するとあれだな…」


「だ、か、ら~…」


「honeyが苗字でbee之介が名前ってとこか?」


「bee之介はまだアリとしてhoneyはただの学名だからな!それに乙女なの!オトコじゃねえし!」


「どう思う?待機しているキッズ達?」


「え?」


 ガチャ!


「わいわいがやがや…わいわいがやがや…」


「ちょっと、ちょっと、ギュウギュウなんだけど…壊れちまうから!!」


「わいわいがやがや…わいわいがやがや…」


「*****************」


 僕は床に蹲る…僕の声は周囲の喧騒に消されてしまっていた……


「わいわいがやがや…わいわいがやがや…」


「こっちにも~!!」


「ドリンクまだ~?」


「お待たせしました、はちみつレモンウォーターです!」


「ハニートーストくれよ…」


「こっちもだよ~」


「何言ってんだよ、コッチは十分待ってんだぞ」


「それを言うならコッチだって!」


「甘いな…蜂蜜よりも…コッチは二十分だ!」


「お~…パチパチパチ…」


「カレーはまだなの~?」


「はいお待ち、バーモントカレーね…」


「これよりスピーチです…」


 シーーン…


「やっと静まった、何で人んちで立食パーティーやってんだよ!」


「シッ!」


 僕は見知らぬ婦人に制止された。

 理不尽極まりなかったが、場の空気は異常に硬かった…僕は自分を殺す以外なかった……


「おほん、本日はお集まりいただきありがとうございます、本日は蜂蜜王国の創立パーティーということでして、私、議員の、ハチミツ蜂太郎がご挨拶をさせていただきます」


「どりゃあああああ」


 ゴーーーーーーーー!!!!!


 僕は火炎放射器をお見舞いした…

 人々は混乱し…逃げ惑い…部屋は燃え盛ってしまった…とうの僕は…気が狂ってしまったようだ……


 ゴーーーーーーーー!!!!!


「うあはははは、燃えろ燃えろ~!!」


 メラメラメラメラ……



 僕は当然投獄された…幸い死人は出ず、放火の罪に問われただけで、死刑は免れそうだ……


「いっそのこと殺されてしまいたい…」


 なんど獄中で首を括ろうと考えたものか…

 キミに逢いたい…逢えないこの辛さは…死以外では解決出来ない程の苦しみだ…

 大粒の涙が…冷たいコンクリを濡らしてやまなかった……



 服役…

 ようやく釈放された僕に、しかし希望なんてあるわけがなかった……

 僕の住んでいたアパートはもうなかった…

 そこは、再建のめども立たずに空き地となっていた…

 大家はとんだ災難だったろうな…

 それでも、服役を終えた僕に…一筋もの罪悪感すら芽生えてはいなかった…

 僕は…僕は…

 

 当然…僕がかつて恋をした巨大蜜蜂の姿なんて…あるはずもなかった…


 真冬だった…

 蜜蜂達は巣の中に冬眠をしているだろうか?

 彼女は…もう…寿命を経て、死んでしまっているだろうな…


 こんな僕に、生きる理由なんてない…

 夜…


 薄着で空き地に放置された僕…

 僕はただ、死に場所を探している…寒くなれ!今夜じゅうにでも…凍死してしまうくらいの…

 雪よ降れ…風よ吹け…

 僕を…僕の体温を…奪い去っておくれ……


 僕は空き地となったかつての棲家から、彼女のかつて降り立ったあの道路を眺めていた……


 ほんとうに雪が降っていた…

 寒波の影響だった…

 ブルブルと震えることすら適わなくなり始めていた…

 ようやく…お迎えのときが……


 意識は幻想に溶け合っていた…

 

 ブンブンブンブン…


 小気味よいリズムが死にかけている僕の鼓膜を揺らしていた…


 恐ろしいくらいの巨大な黒い毒針をこちらへ向けて…黄色と黒の鮮烈なコントラストを立ち放つボーダーの更に巨大な臀部を振り続けながら…キミはセクシーなダンスを舞い続けていた…


 そして…遂に…僕の頭蓋骨よりも大きなその針を…ひれ伏した僕の、ちょうど右目の当たりに頂点を向けて照準を合わせようとしている…

 その突先から…嬉しいことに、更に細やかな細長い触手みたいな黒光りしたしなやかな鞭状の毒針を…僕の右目に刺し入れた……


 猛毒が全身を走っていく…

 君は…針を失った蜜蜂であるキミは…キミが刺した相手である…僕の為に…一緒に死んでくれるのかい……?



「マイ、ハニー……」


 僕は無意識に口ずさみ微笑んだ…それはいつものことで…そして胸に甘酸っぱい血液が広がっていった……

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― 新着の感想 ―
[一言] 「マイ、ハニー……」というタイトルか~ら~の~出オチと思いきや、意外な展開! 次々と知らない人が現れるところは笑った。 ラストは綺麗に畳まれていたけど、「目に刺す」というのが微グロで、好みが…
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