日常回帰 前編 図書室と司書
長くなったので前後編になります。
「蒼舞!」
「うわっ!」
自分の名前を呼ぶ大声で目が覚める。
「あっ、おはよう」
「はい、ドーモおはようございます」
変わらない日常がはじまる。
「今日ね、夢を見たの」
朝食を食べているときに、脈絡なく姫夜が話をする。姫夜は基本的に饒舌だ。
「へぇ、どんな?」
「角が生える夢。シャキンーって」
額の真ん中から空想の角を掴むように手で示している。
「シャキーン、じゃないんだ。」
「うん。先っちょが上に反っちゃって、なんかこう、ンーゥ、って感じなの」
「なんだそりゃ」
「ホント、なんなんだろうね」
同じタイミングで味噌汁をすする。
「で、どうしたの?角で」
「蒼舞をつついてた」
「は?」
「理由は分からなかったけど、なんか腹が立ってたのよ。で、それを角でぶつけてたよ」
「ぶつけるじゃなくて、刺すの間違いでしょ」
「ぶつかったら刺さるでしょ?」
「あ、そうか」
「蒼舞はそういうの見ないの?」
「え?うーん。最近は夢すら見てないかな?」
「あら、夢がないのね」
「むむむ…」
「なにがむむむよ。バカ」
他愛のない会話をしながら、僕は夢の話のことを考えていた。
そういえば、最近本当に夢を見ていない。
午後の休みを告げるチャイムが鳴る。僕らにとって至福の休み時間だ。午前中の疲れを腕を伸ばして吐き出す。
「っしゃー!」
いくぞー!と快活な叫び声をあげて翔離が教室を飛び出していく。それに続くように、舜、凰騎も教室を出る。彼らの最近のブームはバスケらしい。他クラスのスポーツ系を巻き込んで体育館で走り回っている。そのため、3限の休憩時間に弁当を平らげ、準備運動をしていたくらいだ。ガチ勢にも程がある。
翔離がいなくなったのを見計らって、仁科がさりげなく翔離の席に座り、前後にいる男友達と談笑する。女子が話すには、仁科のあの行動は、隣の席に座っている祠堂さんが目当てらしい。その祠堂さんはというと、賑やかになったクラスの中で、誰の影響も受けることなく黙々と弁当を食べている。多分、彼女は誰にも興味が湧かないのだろう。
僕は昼休みはいつも姫夜と食べている。しかしどちらの教室でもどちらかがアウェイなため、昼休みのみ生徒に解放されている家庭科室を使っている。
いつものように鞄の中にある弁当を持って出掛けようとしたが、鞄の隅にある本を見てあることを思い出した。
「返却期限は…あ、やっぱ今日までか」
一度、図書室に寄ってから、ご飯を食べることにしよう。
校内の図書室は遠い。職員室等がある端の端の最上階に存在しているため、ここを利用する人はよほどの物好きだと僕は思う。それを証明するように、図書室に続く廊下も、そして室内も、昼休みで賑わう生徒の姿はない。
「すみません、返却を…って、あれ?」
入り口近くのカウンターにいる図書委員に、本の返却を頼もうとしたときに気付いた。相手も僕の反応と同じように、あ。と口を開けて止まった。
「勅使河原さん…図書委員だったんだ」
「涼ヶ原くん…?どうしてここに?」
「いや、普通に本を返そうと…」
「えっ、あ、ごめんなさい」
我に帰った勅使河原さんは顔を赤くしながら職務に戻る。肩に当たる程度の髪は軽くボブがかっていて、肌の色は不健康に見えるほど白い。一切飾り気のないメガネも相まって、勅使河原さんは図書室の風景に馴染んでいた。
「…涼ヶ原くんって、料理とかするんだ…」
返却した本をまじまじと見ながら勅使河原さんは意外そうに呟いた。
「まぁ、ちょっとね。親がいないことが多いから」
この事は姫夜には内緒にしてある。バレたら必要ないと一蹴されそうだからだ。
「へぇ…、役に立ったかな?この本」
「うん。メモはとったから、今度やってみるよ」
「そう…よかった」
そう言って本を撫でるように触れたあと、返却用の棚にそっと置いた。
「それじゃあ。また来ると思うから、そのときはよろしく」
「あ、うん。気をつけて」
笑顔で手をふって、図書室を出る。祠堂さんとは違った、静けさのある人。物凄く図書室にぴったりだった。今度、お勧めの本を聞いてみよう。きっと色々と知っているに違いない。