木漏れ日と強襲
「あの、どうして外に?」
校門を四人ででたあとに、僕はシドウさんに聞いてみた。カノジョは前を走ったまま答える。
「イカロスのやつらが来たのさ。先手を打たれる前に退散しようと思ってね」
「先手?」
「はっはっは。先ほど言ったかと思うが、我々がイカロスと戦っている、と言うのは決して比喩ではないぞ」
「えっと、どうしてイカロスってのは襲ってくるんですか?」
「ワタシたちがヤツらを嫌うように、ヤツらもワタシたちを嫌うのさ」
「じゃあ、いま向かっている場所ってのは」
「仲間との集合場所。君じゃない方のソーマは陽動に使わせてもらったよ」
すまんな。と謝られたものの、僕じゃない人のことなのだから気にしてすらいなかった。
「本当はワタシもこうやって、前線に出ていたいのだがね」
「馬鹿言わないでくれ。オマエを前線に出すほどオレらは愚かじゃない」
軽快に話すシドウさんに向けて、後ろを走っていたショーリが横槍をいれる。
「そうは言うがねショーリ。ワタシとて椅子に座って結果を待つのは心苦しいのだよ」
「ならばはやく後継のアヤメを育てあげろ」
前を走るカノジョはやれやれと肩を竦めておどける。なるほど、このショーリはすごく真面目なんだな。
「さて、ちょっと面倒な道からいくわよ」
バイパス通りではなく、木々に囲まれた小路に入る。総合病院側を通り行くようだ。
苫小牧は居住地が横に長い。南は海、北は活火山があるためだ。そのため、西から東へと伸びる2本の大通りが交通の生命線となっている。その一つがバイパス通りなのだ。つまり、バイパス通りは目立つと判断して他の道を選んだのかも知れない。
「ニシナ!」
小路を中程まで走った頃にシドウさんが声をあげた。僕らの先には人がうつ伏せに倒れている。あれは確かに仁科 葛の姿だ。
駆け寄って状態を起こすと、仁科の口元は布テープ覆われ、傷だらけの姿で気を失っていた。僕はその光景に思わず後ずさる。
「ショーリ!上だ!」
仁科の体を抱えていたカノジョが天を見上げながら叫ぶ。瞬間、ショーリの大きな体が動き、鈍い音が2つ鳴る。その音の方向に振り返ると、先ほどまではいなかった人の姿があった。彼らは低い呻き声をあげて、一人は腹部、もう一人は顔面をおさえてうずくまっている。
「ふん…他愛ない」
ショーリはつまらなそうに言って、二人の顔面を勢いよく踏みつけた。ゴリ。と背筋が凍るような生々しい音がなり、その二人は短い悲鳴をあげて完全に沈黙する。
「いくぞ、余裕はない。フジ、オマエがニシナを担げ」
既に仁科を担ごうとしているシドウさんにショーリが釘を指す。
「いや、大丈夫だ。ショーリ」
「…何故だ?」
「ニシナは本来ならばもっと北側、つまりは球技場あたりを担当していた。それをここまでヤツらは運んできて罠を仕掛けたんだ。この意味がわかるか?」
「…なるほど、それ以外は捕まえられなかった、と言うわけか」
「そう。少なくともここら一帯ではね。ニシナは能力面でも戦闘には向いていない。そういったヤツを釣ろうとしたのだと思う」
「では、オレらの行動が読まれているのか」
「それも薄いわね。ワタシたちを狙う罠ならこんな子供騙しは使わない。あくまでもコイツらの独断と考えるのが妥当だ」
でも、と付け加えてシドウは喋る。
「コイツらをどう処理しようと、ワタシたちがここを通ったことは相手には伝わるわ。集合後の行動にはある程度慎重にならざるを得ないな」
「わかった。いずれにせよオマエがニシナを持つ必要はない。フジにやらせろ」
「いやよ。これはワタシの責任、ワタシの重みよ。ワタシが担ぐ」
「…背負いすぎだよ、オマエは」
ガンとして譲らない態度に折れてか、ショーリは呟いていた。
「いつもすまない。フジ、蒼舞少年はショーリを前にして進め。ワタシもそれに続く」
「えっと、本当に大丈夫なんですか?」
思わず僕は確認する。シドウさんも女性としては背は高いが、ニシナも決して小柄ではない。
「なぁに、気にするな。それなりに鍛えてはいるからな」
本気か冗談かわからない笑みのまま、よいしょ、と仁科を担ぐ。それは女子の力とは思えないほど簡単にやっていた。
「さぁ、いこうか」
再び四人で走り出す。が、途端に僕は力が抜けたように地面に崩れ落ちる。
視界の先では三人が僕に向かって何かを言っているが、すべての感覚にモヤがかかっている気がしてで、なにも聞き取れなかった。
目の前が真っ黒になる。上下も左右もわからない。無重力の世界に迷い混み、僕は気を失った。
――ソシテ、カガミウツシノセカイヘ