白日夢の突風
未だに状況を飲み込めない僕に気を遣ってか、シドウさんは質問を受け付けると言ってくれた。
「なんでも言ってくれ。答えられる範囲で君の望みに応えよう」
また、シドウさんがクスクスと笑い出した。この人は変わった人なんだなぁ。そんなことはおいておいて、とりあえずよくわからない言葉から聞いてみよう。
「えっと、りべりおんってなんですか?」
ふむ。と、その質問が来ることを予想していたかのように、カノジョは僕の言葉を聞くと、最初に座っていた豪華な椅子に戻っていった。ショーリがその傍に立つと、それはまるで主従の関係のような雰囲気をかもし出している。
「端的に言ってしまえば、我々リベリオンは、"天を目指した者"に対して異を唱える者が集まった組織だ。といっても、君にはイカロスのことすらわからないか」
「確か、蝋の翼で太陽を目指して落下死した人ですよね」
「正解だ。しかしこの場合は不正解。イカロスという名の組織が別にあると想像してくれればそれでいいのだが…。まぁ、ワタシたちはソイツらと敵対していてね。日夜戦いに明け暮れているというわけさ」
やや自嘲気味に笑いながら御茶を飲むシドウさん。整ったスタイルで足を組みながら飲む御茶は、その優雅なスタイルをぶち壊していた。紅茶を飲んでいれば、さぞかし綺麗な画になっていただろうに…。
「戦い、ですか」
夢の中であるならば、こんなファンタジーな設定も許されてしまうだろう。夢は自分の記憶を整理する場所と聞いたことがあるけど、今の自分はどんな不満があってこんな夢を見ているのだろうか。
「そう、戦い。バトルだよバトル。君も好きだろう?」
「えぇ、まぁ。何で戦ってるんですか?」
「ん、そうだなぁ。理由は人によって様々だが、大まかに言ってしまえばイカロスのヤツらが気に食わないのさ、ここにいる連中は」
「すごい大まかですね」
「そんなものだよ。群れを作る理由なんて」
はっはっは、と事も無げに笑う。この人は明るいのか暗いのかよくわからない。
「あの、そういえばリバーシブルって――」
「ストップだ、蒼舞少年。ショーリ、そろそろノゾミを連れてきてくれ」
「わかった」
先ほどの軽快さとは打って変わって、鋭く低い声をシドウさんが発する。突然のことに面を食らって言葉が出なくなる。僕の後ろに立っていたフジとボクは真剣な面持ちで身構えていた。
「すまないな蒼舞少年。悪いがそろそろ急用が出来るもので、御茶会はまた今度にしよう」
冗談を言っているような口ぶりだが、その雰囲気は一切の遊びがない。目を瞑り、右手でこめかみをとんとんと叩きながら、カノジョは何かを考えている。その何かはわからないが、とりあえず黙っていることが正解だろうと感じた。
「ソーマ」
「はい」「ん?」
僕と同時にボクが声を上げた。シドウさんは一瞬ポカンとしていたが、状況を理解して少し笑った。
「すまない、君の事ではないんだ、蒼舞少年」
めんどくせぇ、と後ろで悪態をつくボク。あぁ、そういえばあの僕もソーマと呼ばれてたんだっけ。
「まぁいい、対策は後々考えよう。ソーマ、まずお前は全力で短崎屋まで走ってくれ。店内に入った後に追っ手が来るだろう。それをかわしてドッグアイへ行き、追っ手を撒いてサンシャインへ行け。ワタシ達が待ってる。そこで落ち合おう」
「わかった。今すぐ出るぞ」
「あぁ、イレギュラーが起きた場合は、お前の判断に任せる。印さえ残せばノゾミが気づくはずだから安心してくれ」
「おうよ」
ボクはそういうとすぐに職員室から出て行った。本当に全力で走っている、多分僕はあんなに早く走れない。
「フジ、紙とペンはあるか?」
「はい、持ってます」
「文章はこうだ。『至急集合すること。場所はサンシャイン前』」
「はい!」
フジは懸命に筆を走らせてメモを取る。よくわからないが、何かが動きだしていることだけはわかる。そんなフジの先、職員室の廊下から、この世の物とは思えないほどのスピードで誰かが走ってきた。フジと僕をすり抜けて、職員室の中央でぴたりと止まる。室内なのにまるで突風が吹いたような風が僕らを襲い、フジは書いていてメモを飛ばしてしまう。その飛んでいったメモは突風を起こした主の近くへヒラヒラと舞い、豪快に左手を振ってカノジョはそれをつかんだ。
「テュス!シドウさん、今回の伝令はこちらでよろしいでしょうか?」
底抜けに明るい声が室内に響いた。シドウさんは全く動じずにカノジョを見ている。ぼくはあまりの出来事についついカノジョの顔を覗き込むような形で見る。やはりその顔も今までの人たちと同じで、僕の見知った人と全くもって瓜二つだった。
「あぁ、ノゾミ。今回も頼む。皆が調査している場所は頭に入っているか?」
「合点!」
「そうか、なら早々に出てくれ。一刻を争うぞ」
「承知!」
そう言うと、再び突風のようにこの職員室を去っていった。
「あの、今のって」
「ん?あぁ、あれはテシガワラ ノゾミという。知っているか」
「えぇ、かなり印象は違いますが…」
「だろうな、多分、リバーシブルとはそういうものなのだろう」
さて、とカノジョはお茶を飲み干し立ち上がる。すると同時に入り口からショーリがやってくる。
「おかえりショーリ、悪いが我々もすぐに出るぞ」
「あぁ、二人でか?」
「いや、今回はフジと蒼舞少年も同行してもらう」
「わかった」
え?僕も行くんですか?
「蒼舞少年、積もる話の半分は目で見て理解してもらったほうが早いかもしれない。ここはひとつ我々についてきてはくれまいか」
「といっても拒否権はない。断るなら気絶させてフジに運んでもらうが、どうする?」
あくまでも提案してくれるシドウさんに対してショーリは普通に怖い。目が本気なのだから、なお恐ろしく、僕は思わずついていきますと答えてしまった。
「よし、ならば行くぞ。ショーリ、オマエは後方につけ。ワタシは前を行く。フジと蒼舞少年はその間に入れ」
シドウさんの号令で一斉に動き出したものの、いつまでたっても僕は状況がつかめず、ただ流されていくだけだった。