瓜二つ鏡写しのポルターガイスト
目を覚ますと、僕はバス停のベンチに居た。最初に写ったのは雨避けのトタン屋根。体を起こしてあたりを見回すと、仄暗い景色の奥には、市内でもかなりの大きさを誇るデパートの短崎屋があり、左手側には駅構内に続く入り口が見えた。変な違和感のあとに、なぜこんなところで寝ていたのかと自問自答する。しかし、記憶が曖昧だ。覚えている限りでは、僕は昨日、パソコンをしたあとに布団に入り眠りについた。それ以降のことは覚えていないのだ。
どういうことだろう。今は何時だろうかと服(流石にパジャマではなかった)のポケットなどを探るが、財布も携帯も見当たらない。僕は焦った。徒歩で帰るにはここからでは遠すぎる。なんとかバスの運転手に事情を話して、乗せてもらうしかない。そう考え、最寄りのバス停へ運行する反対口のバスターミナルへ向かう。しかし、駅を横断する際に見えた文字に背筋が凍った。
”!へ牧小苫そこうよ”
最初は意味がわからなかったが、その言葉が全て逆になっていることに気づいた瞬間、あたりの看板などを見回した。
”口入”
”!祭劇演校高牧小苫”
”プッキ81春青”
おかしい、まるで教科書で見た昔の日本のような、右読みの状況、それだけならまだしも、まるで鏡に写したように文字自体が反転していた。動悸が激しくなる、そして気づく、この街は異常に静かだ。僕以外まるで音を立てていない。おかしい。おかしい。急いで階段を駆けおり、左手側にあるはずのバスターミナルに向かおうとした。だが、そこに見えるのは、この街を古くから支える製紙工場の煙突だった。
「違うよ…。あの工場はこっちには…」
そうだ、本来左手側には工場はない。それなのに工場がこちらにあるということは、つまり…世界が反転している。夢か?夢であってくれ。訳がわからないままに駅前を右往左往していると、ふと、バスターミナルの奥に人影をみつけた。すがるような思いでその人影に近寄って行くと、その人影は背の高い、見たことのある背中だった。
「不二!」
身長相応の体つき、やや長めの髪、私服にこそあまり覚えはないが、その背中はどう見ても不二だった。僕が叫びながら近づくと、不二は振り返ってこっちを見た。目が合う。その瞬間に不二は怯えた表情で僕とは逆方向へ逃げ出した。
「おい、不二!俺だって、蒼舞!」
どうして逃げるんだよと叫んでみても相手は一向に止まる気配がない。不二はバスターミナルを抜けてパーキングエリアの脇を走り、駅へと離れていく。追いかけている僕はその距離をグングン縮め、もう少しで不二に届きそうなとき、今まで静かだったこの世界を切り裂くような声があがった。
「止まれ!フジ!」
不二は声を聞いた途端に止まった。僕はといえば唐突なこの状況に対応出来ず、不二にぶつかりそうになりながらも、寸でのところで避ける。しかし、体勢を崩してアスファルトに滑りこんでしまった。
「まったく、シドウに言われたことすらできないのかオマエは」
「ごめん。やっぱ怖くてさ」
「オマエくらいだよ、この中でそんなこと言うヤツは」
声の主は不二とよくわからない会話をしている。しかし、不二はこんなことを言うだろうか。なんて考えながら、体を起こうと、声の主と目があった。
「誰だお前、ボクの真似をして、殺されたいのか?」
目の前にはボクと不二が立っていた。でも、僕は不二の隣にいるカレじゃない。
「ふぇ?」
変な声が出た。まるで夢の中で、第三者になった自分を見ているような不思議な感覚。あぁ、そういえばこれは夢なんだっけ?わからない。目の前のボクがなにか話している。しかし、まったく頭に入ってこなかった。しばらくふわふわと夢現の中にいると、急に右手がかゆくなってきた。なんとなく触ってみるとぬめりと触覚が違和感を告げる。触った左手を見ると指先には真っ赤な血が付いていた。
「ソーマ!そういうことしちゃ駄目だって!」
「うるさい!このヘラヘラした馬鹿野郎の目を覚まさせただけだ!」
痛みが襲ってくる。ジンジンとしみるような痛みが。ようやく思考も戻ってきて、僕はボクに切られたことを知る。ボクの右手には小さなナイフのようなものが握られていて、そこにわずかに血が付着していた。痛い。とにかく何か布のようなもので抑えなきゃと思い、服の袖を伸ばして傷口に当てておいた。そんなことをしている時に、何やらボクと不二は揉めていた。
「傷つけちゃいけないって言われたじゃない!何かあったらどうするのさ!」
「そもそもオマエがこんな奴に逃げまわるからいけないんだろうが!」
「そ、それとこれとは関係ないでしょ」
「第一だ、こんなクソ任務、オマエ一人でできていればボクは要らなかったんだよ」
「違うって!ソーマ一人じゃ何するかわからないからオレがついてきたんじゃないか!」
僕の顔をしたボクと、不二…なのだろうか?不二によく似たフジ、というところか。この二人は僕を無視していがみ合いを始める。まったく不思議な光景。夢であってくれ。僕は痛む右手を抑えながら、それでもなお、願わずにいられなかった。