生活
投稿です。
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「今日のお昼はなんだい?」
館の主人は執事服の青年に問うた。
「今、それを知ろうとするのは無粋ですよ。朝食を召し上がられたばかりではないですか。」
青年は呆れたようにたしなめる。何度繰り返されたかわからない言葉を持って。
・・・・
青年が来てから時が経ち、凍えるような寒さのブルームの時期の半ばまで過ぎた。
窓の外の樹々は、雪の重みに耐え兼ねて枝が大きくたわんでいる。その様子を横目で眺めながら、最早日課となった日記を書いていた。
「もう大分厚くなったなぁ…。あれから60近くたってるから、それも当然か。」
机の上には、燭台の上で明かりを灯した蝋燭と、文字が隙間なく詰められた羊皮紙の束、それだけだった。
この部屋の明かりは机の上にある蝋燭ただ一つのみであり、隅の方は薄暗くて良く見ることができない。
さらに言えば、部屋の端から端までは青年の五歩分しかなく、あちこちには赤黒い染みも見られた。しかし、青年は気にした風もなかった。
「この生活にも大分慣れた。自分の身体の把握も出来たし、常識も…ある程度はわかったはずだ。…うん、多分。」
青年は現状を独白していく。
「…まぁ、最悪周りの人を見れば大丈夫だろう。とすると…後は出る時期だな。」
どうやら青年は館を出ようとしているらしい。長い間外に出る事が出来なかった青年は、未知の物への興味が凄い事になっていたらしい。
計画を練っている今ですら目に異常な輝きをやどし、足はトントンと床を忙しなく叩いている。
「やはり雪解けまでは待たないとダメか…。…ああ!この感情はなんだ!なんかこう…抑えられない!…明日だ、明日にしよう。こうしては居られない、許可をもらわねば。」
そう言うと夜も深い頃だと言うのに、主の元へむかった。
・・・・
「おや、どうしたんだい?」
館の主人は歩いて来るのがわかっていたらしく、紅茶が広間の机に置かれていた。
広間の天井には球体がぶら下がっており、それが煌々と広間を照らしていた。
「主に、私が旅をする許可を貰いに参りました。」
「…へ。」
予想外だったらしい。顔には何の表情もなかった。
「…ご、ごめん。もう一回言ってくれない?」
「旅の許可を貰いに参りました。」
「…も、もう一回。」
「旅の許可を貰いに参りました。」
「…」
静寂。青年は困惑している様子だった。なんとも微妙な空気が漂う。そんな中ポツンと。
「…ダメだ。」
主が呟くように言った。
「…ダメだ…ダメだ、ダメだダメだダメだ!」
激しさを増す。
「旅になんて出ちゃダメ!あなたが旅に出たら私…」
口調が女性らしいソレに変わった。
長身で、切れ長の目だったはずの主の姿は、女の子らしい仕草と雰囲気で少し小さく見える。そんな中。
「どうやって生活すればいいの!」
主は自分が堕落した事を告白した。
「…はぁー。」
青年はため息をついた。誰だって告白されそうな雰囲気で、生活のために必要だ、なんて色気もへったくれもない言葉を言われれば、ため息の一つや二つは出るだろう。
例えるなら、クレーンゲームで狙った物の隣の景品を落とす位の残念さだろうか。おっと、失敬。
「何をすれば残ってくれる?君を残す為なら、名前だって明かすよ!」
主は胸の前で両手を握りながら言った。それに対し青年は。
「バカですか、主は。」
冷たく返した。
「大体、主が教えてくれたのでしょう?夜の眷族のルールを。」
「ぶー…。だってぇ…。」
「夜に生きる者が名を明かすのは、相手の支配を享受するとき、または隷属したときのみ。昼に生きるものに名を明かしてはならぬ。…お忘れですか?」
「…君の料理おいしいんだもん。」
主は頬を膨らませていた。
「はぁー…。しょうがないですね。では、こうしましょう。」
青年が手を叩いた。乾いた破裂音が響く。
「私は明日から一巡りだけ旅にでます。一巡りしたら、戻ってきますよ。」
「…本当?」
伏し目がちに主は青年へ問う。
「ええ。もちろん。なんなら、私の名を預けましょう。いかがですか?」
「…」
またも静寂。青年は人といるときに静かになることが苦手なようだ。落ち着かない雰囲気を纏っている。
「…わかった、それでいいよ。約束はきちんと守ってね?」
「ありがとうございます。」
緩い空気が流れる。青年がホッと一息ついた。
その時。
「あと、これから料理作って。」
「…はい?」
目を丸くして問い直すのは、今度は青年の方であった。