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私は、救世主-8

 

 「天子、私以外にもいたんだ……」


 セハンが帰った後、私はまたしても壁に寄りかかりながら考えていた。

 私と違い、お姫様のように大切にされていた天子様。


 「ずるい」


 思わずそんな言葉が口から漏れる。

 でも、それが正直な気持ちだった。


 彼女が民を殺すなんてことをしなければ私はこんな目に合うことなかったはずなのに。

 だが、彼女だけ恨めばいいというものでもないだろう。


 元々の原因は、この世界そのものだ。


 召還している人間には分からないかも知れないが、あまりにも身勝手すぎるのだ。

 自分たちの世界が危険にさらされて、自分たちにはどうしようも出来ないから他の世界にいる人間に頼る。その人のそれまでの生活も何もかも全部お構いなしに……だ。


 そして召還したその瞬間世界を救え、お前になら出来るはずだ。

 だって“天子”なのだからと言われたって困るだろう。当然だ。


 その後、予想外にも世界を救えるはずだった天子が何も出来ないと分かれば自分たちの酷い行いなどそ知らぬ振りをして天子だけを責める。自分たちの召還が失敗だったなどということは考えもしない。

 力を使えない天子が悪い……そんなの勝手すぎるだろう。


 本当に身勝手すぎて、ムカつく。


 「帰りたいよ……」


 少し疲れた。

 私は目を閉じる。


 起きたら、自分の部屋のベットにいたらいいななんて、そんなことを思いながら……。


***


 湿っぽい牢屋にも、かび臭い匂いにも慣れたある日。私は誰かに呼ばれたような気がして目を覚ました。瞼を開ければもう見慣れた天井がそこにある。

 私はゆっくりと体を起こすと、眠気が残る目を擦った。


 この牢屋には窓もなければ、時計もないので時間は分からない。

 だが、だいたいこの牢屋に閉じ込められて六日というところだろう。


 運ばれてくる食事の回数から私はそんな予測を立てていた。


 「娘」


 今度ははっきりと聞こえた声に視線を声の方向へと向ける。

 その姿を見て、思わず顔をしかめてしまった。


 「――貴方は」


 青い瞳に金髪の髪。40代ぐらいのその男は確かフェジーといったか。


 「何か、御用でしょうか?」


 警戒したままそう尋ねるがフェジーは答えてくれる気はないらしい。

 懐から何かを取り出すと、ガチャガチャと私の牢屋の鍵をいじりだした。よく見るとフェジーの手の中にあるものが鍵であることが分かる。


 わけが分からずフェジーと鉄柵を交互に見ていると牢屋の鍵が外れ、鉄の扉が重い音を立てながら開いた。

 本当に、何なのだ。

 不審な瞳で見る私には、フェジーは淡々と告げた。


 「出ろ。殿下がそなたを呼んでいる」


***


 誰かが近づいてきた気配を感じて視線を上げればそこにはセハンが立っていた。


 「やぁ、お嬢さん。ご機嫌いかが?」 

 「――相変わらずです」


 答えれば、にっこりと笑顔を浮かべる。

 その視線がゆっくりと私の手首の方を行くのを見て、思わず自分の体で手首を隠した。


 「また手錠かい?全く、殿下も心配性だね」


 笑うセハンを睨みつける。

 チャラリと私を拘束する手錠の音が不快だった。


 「まぁ、お嬢さんは前回殿下に暴言を吐いたという前科持ちだからね。警戒されるのは自業自得といえばそうだろう?」


 確かに、私は次あの王子に会ったら殴りかかるかもしれない。

 ふざけるっ、早く私を元の世界に返せ! くらい言ってやりたいのも事実だ。

 もしそんなことをしたら、この命は消えるのだろうか?


 その時ポワッとした光が私を包み込んだ。

 びっくりして後ずさると、その光はセハンの手から発せられている。

 この世界に来たときも同じようなことをされたのを思い出して、私はセハンを見上げた。


 「それは魔法ですか?」

 「ん? あぁこれ。そうそう魔術だよ。特に危険なものは持っていないみたいだね。殿下の所にお連れしても大丈夫だよ」


 私の質問に答えた後、セハンは控えていた侍女にそう告げた。

 すると、侍女は私の前まで来て深く礼をする。

 どうやらセハンは私の身体検査のために来たようだ。


 「では参りましょう天子様。殿下がお待ちです」


 天子様、ね。

 そんな鋭い目つきで言われても、と言いたくなる。

 少しも敬ってないくせに私のことを様づけするその侍女に虫唾が走った。


***


 王子はあの日と変わらず、堂々とした様子で椅子に座っていた。

 見下すようなその目も、周りで鋭い視線を送る野次馬達も前と変わらない。

 いや、野次馬達は少し増えたかもしれない。


 笑いたくなるほど、歓迎されていないようだ。


 「こちらの世界での住み心地はどうだ? 天子」


 しばらくの沈黙の後、王子はそう言った。


 嫌味にしか聞こえない発言に私は嫌悪感を増幅させる。

 こちらの世界の住み心地? 最高に最悪としか言いようがない。


 顔を見るのも嫌なこの王子との話を早く終わらせたく、私は自分から話を切り出した。


 「ご用件はなんですか? 王子様は多忙なのですから世間話はいりませんよ」


 そう言った瞬間、一瞬その場が静まりかえる。

 だが、すぐに部屋中にざわめきが広まった。


 「下品な娘だこと」

 「身分をわきまえるという事を知らん奴だ」

 「殿下になんて失礼なんでしょう」

 「やはりあんなのが天子のはずがない」

 「また外れだ」


 口では言ってくるが、手を出すことはない。やっぱり私が仮にも天子であるかぎり、多少の発言は許されるということだろう。

 部屋を包み込み、だんだんと大きくなったざわめきは王子が手を上げるだけで静けさに変わる。

 腐っても、王子様ということだろうか。

 王子は私を見ると、ニヤリと嫌な笑み浮かべた。


 「話が早くて助かる。天子は随分と優秀なようだ」

 「――お褒めいただき光栄です。それで、ご用件は?」

 「そう慌てるな。そうだな……天子としての力は目覚めたか?」


 世間話などいらないと言っているのにこの男は……。

 握り締める手に力が入る。


 「いいえ、全く。どうやら私は“使えない天子”のようです。王子様も分かっているのでしょう? 出来れば元の世界の帰していただきたいのですが」

 「いいや、まだ来て一ヶ月も経っていない。これから力が目覚める可能性も考えられるから帰すわけにはいかないな」


 白々しい。

 私が前回の天子と同じように何の力もなく、その力が目覚める可能性もないと思っているはずなのに……。


 「王子様、私は回りくどいのは嫌いです。用件があるのなら早く言っていただきたいのですが?」


 そう言えば、王子は私を見下したまま笑みを深くした。


 「礼儀のなってない女だ。それともそれがお前の世界の流儀か?」


 クツクツと笑う声が部屋に響く。野次馬たちは妙に静かだ。


 「まぁいい。今回お前を呼んだのは……少し提案があってな」

 「提案?」


 私は首を傾げる。


 「あぁ。お前にはこれから、闇に会ってもらおうと思う」


 王子の笑い声が妙に感に触った。


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