私は、救世主-5
「殿下、お言葉ですがそれだけではこの少女が何も理解できないかと」
黙り込んだままの私にフェジーが跪いたままそう助言する。
その言葉に王子は大げさに肩をすくめた。
「分かっている。……さて、どこから話そうか」
見て分かるほど面倒くさそうな雰囲気が漂っている。
人をイラつかせるのが上手いというか、そういう性格なんだろうか。
「我がアデュール国をはじめ、この世界の人間は今、あるモノに苦しめられている。我が国では闇と呼んでいるが、中には魔物とか魔族と呼ぶ国もあるらしい。一言で言ってしまえば人を喰らう化け物だ」
人を喰らう魔物……。
そんな生き物が本当にいるなんて。
本当にこの世界は異常だ。
「最初はそれほど活発に動いていなかったんだがな……ここ数年になって急に、闇が人間を侵略しようと行動を開始した」
声は先ほどと同じく淡々としていたが、王子から感じる雰囲気はどこか怒りを含んでいるように思えた。一瞬ゾクリとする。
「数年間我らは闇と戦い続けたが、一行にこの戦いが終わる気配はない。むしろ闇に侵略された土地が増えてしまっている。そこで……我らは王族に代々伝わるある儀式を行うことにした。」
王子の瞳が私を捉える。嫌な予感がした。
「その儀式とはこの世界を古から守り続けてくれているという天子の巫女を召還するとう儀式だ。巫女といっても実質天子と変わらないらしいがな。そして昨日、我がアデュール王国の五大魔術師によりその召還の儀が行われた。そして……お前が召還されたわけだ」
ニヤリと、王子の口元が歪む。
「お前は天子だ……世界を救え、天子」
テンシ、なんて聞きなれない言葉。
その言葉が妙に耳触りに聞こえた。
というか何もかもが不快だ。
感じていた恐怖が私の中で怒りに変わっていく。
だってこの人たちには常識というのがない。
そもそも私は上からモノを言う人間が嫌いだ。見下すようなしゃべり方も気に触る。
確かにこの王子は偉いのだろうが……だからなんだとういのだろう?
私はこの世界の人間ではないし、この人に敬意を払う必要性も感じない。
天子だか闇だか知らないが、どうでもいい。
そんな理由で私はこんな思いをしているのかと思うと、本気で目の前の王子が憎らしくなった。
「馬鹿らしい」
私が言った一言は思った以上に部屋に響き渡った。
部屋はざわつき、王子の眉間に皺がよる。いい顔、と心の中で笑ってやった。
「何、だと?」
「馬鹿らしいと言ったんです。王子様」
「貴様! 殿下になんて口をっ!」
見ていた野次馬の一人が声をあげたが私は気にせず言葉を続ける。
「そもそも私がそのテンシだという証拠がどこにあるというのでしょうか」
「天子を召喚する儀式でお前が召喚されたのだ。確たる証拠だろう」
「私は何の力もない、一般人ですよ?」
「後から力が目覚めることもあるかもしれない」
「もしかしたら召喚を行った優秀な魔術師さんが儀式を失敗したかも、とは考えませんか」
「なんたる侮辱をっ」
最後に声をあげたのはまたしても野次馬の一人だった。立ち上がり私の胸倉を掴む。
「うぐっ」
襟元が首を締め上げて、苦しい。
生理的に涙が出そうになるが必死で我慢しようと唇をかんだ。
こんな野次馬ごときに負けてなるものか。
そう思って私は精一杯皮肉な笑みを見せてやる。
「怒るということは私の言っていることを認めているってことですよね」
「いい気になるなよっ、貴様など!」
「止めろ」
「しかし殿下!!」
「一応天子だ。死なれては困る」
王子にそう言われて野次馬はしぶしぶといった感じで私から手を離した。
「ごほっ……ぐっ」
少し咳き込みながらも、私は思い切り王子を睨みつける。
「そう死に急ぐな。命は大事にしろよ」
馬鹿にしたように笑いながらそういう王子に苛々が増幅する。
「いっそのこと、死んだ方がましかもしれませんね」
自分が言ったことに酷く納得してしまった。
今の話を聞く限り、元の世界に返してくださいと言った所で返してくれそうには思えない。
むしろ帰れるのかも分からないのだ。
というかこの人たちは本当に馬鹿だとしか思えない。
まるで罪人のような扱いを受けて、世界を救おうとする人がどこにいるのだろう。
少なくとも、私は思わない。
「私は、本当に天子なんかじゃない。だから元に世界に……」
「無理だ。確かにお前が天子だという証拠もないが、お前が天子じゃないという証拠もない。返すわけないだろう?」
ほらね、やっぱり聞く耳なんてもってない。
馬鹿らしい。
馬鹿らしい。
馬鹿らしい。
「もし、もし私が本当にその天子だったとしても、私は貴方達を救おうなんてこれっぽちも思わない」
私はこの場所にいる全員を睨みつけながら言ってやった。
「私に貴方達を、この世界を救う義理はないわ」