私は、救世主-2
目を覚ましたとき、私は六人ぐらいの人に囲まれていた。
何この状況。どうなっているの?
そのあまりにも非日常的な光景に私の脳は一瞬で混乱に陥った。
私は眠っていたらしいベットから素早く起き上げると後ずさる。しかしすぐに壁に背がつきそれ以上下がれなくなってしまう。
そんな私をいくつもの目が冷たく見つめている。
「起きたか」
最初に声を発したのは、四十代ぐらいの男性だった。
金髪の髪と深い青の瞳。色黒でがっちりとした体つきのその男挙動不審な私を冷静に見つめていた。
その瞳にまっすぐ見つめられて、思わず身が竦む。この人、怖い。
もうこれ以上下がれないと分かっていながら、私はなお後ろに下がろうと手足を動かしだ。
しかし当たり前だが壁の向こうになどに行けるはずもなく、馬鹿みたいな動きを繰り返す。
「……誰か、殿下に報告を」
「はっ」
「それから医者も呼べ」
「はい!」
男の言葉と同時に騒がしくなる部屋の中。。
男に命じられた何人かの人たちが慌しく部屋を出て行く。
しかし、その男だけはいつまでも私を見つめていた。
怖い、助けて! と思わず叫びそうになるのを必死に抑える。
何でこんなことになっているんだろう。どうしてこんな場所にいるんだろう。
私、さっきまで何してたんだっけ……。
「そなた」
そんな私の混乱した思考を遮るように、男が話かけてきた。
低いその声が脳裏に響き渡る。
「そなた、私の言葉が理解出来るのか?」
張り詰めた空気のままされた質問。
言葉? というのは普通に今話ている言葉のことでいいのだろうか。
私は相手の話している意味を理解出来ているから、この場合頷くべき?
でも、素直に言っていいのだろうか?
だってこの人たち、絶対に可笑しい。
そうは思ったが、男の威圧感に負けて私は小さく頷いた。
それに、こんなことで嘘を言っても何の利にもならないだろう。
「なるほどな」
男は私の返答に頷くと、長く細い指を顎にあてて少し考えるようなそぶりをする。
だが、その瞳は私を見たままだ。
本当に、一体何が起きているのか。
なぜ? どうして? ここはどこ? この人たちは誰? 私はどうしてこんなところにいるの?
分からないことが多すぎた。
泣きたい。私はこんな状況でも冷静でいられるほど大人じゃない。
それでもこぼれそうになる涙を必死で我慢する。
混乱したこの頭でも分かるのは、ここが簡単に弱みを見せて良いほど安心出来る場所じゃないということ。
部屋に流れるピリピリとした空気。
この部屋を出入りしていく人たちの冷たい視線。
とても歓迎されている雰囲気ではない。
今、取り乱せばどうなるか……。私はグッと自分の唇をかみ締めた。
「フェジー様」
長い沈黙を破ったのは第三者の声。
その声に反応するように男の視線が私から反れる。そのことに心の中でホッと息をついた。
手のひらにはぐっしょりと汗をかいている。
「どうした?」
フェジーというのがこの男の名前なのだろう。
フェジーは自分に跪く騎士のような格好をした男を当たり前のように見下ろしていた。
「その女が目覚めたことを王子殿下に報告しましたところ、今すぐにつれて来いとのご命令でしたのでご報告に参りました」
騎士はそう言うと最後に深く頭を下げる。
「そうか、準備が整い次第連れて行くと殿下に伝えておいてくれ」
「承知しました」
最後にもう一度礼をすると騎士は去って行った。
王子、殿下……?
聞こえてきた言葉に疑問を抱く。
そんな単語、そうそう聞けるものではない。というか日常会話で使ったこともない。
落ち着け、冷静になれ。
何度も何度も自分に言い聞かせる。
握り締めた手が、痛い。
夢じゃない。これは現実だ。
もっとちゃんと、自分がいる状況を理解しなくちゃ。
小さく深呼吸をすると私は周りに気がつかれないように視線だけで部屋の中を見回した。
見慣れない窓や扉の造り、でもどこかで見たことあるような気もする。例えばそう、お伽話の中の世界で見かけるような建物。
フェジーや部屋を出入りする人たちの服装も民族衣装のようで見慣れない。
明らかに、私が着ているジャージはこの場所で浮いていた。
まさか……と私の中で仮説が出来上がっていく。
でも、そんなことが本当にあるんだろうか。
考えながら、見た窓の外。その風景に私の中の仮説が本物として決定付けられる。
信じたくはないが、信じる他ないだろう。
空に浮かぶ赤と青、二つの三日月。
月があるということは今は夜なのだろうか?
もしかしたら月があるからといって夜だという概念すら間違っているのかもしれない。
まるでお伽話の中の世界。
この光景を見て、誰がここを日本だと……地球だと言えよう。
異世界。
夢じゃないと理解している。
でも、夢なら醒めてと心の底から願った。